2003年のIT業界流行語大賞といえば、やはり「ユーティリティコンピューティング」だろう。グリッドコンピューティング、オンデマンドコンピューティングなど同義語のように使われる用語も多いが、ユーティリティコンピューティングを一言で言うと、コンピューティング資源をユーティリティ(電気・ガス・水道)のように、必要に応じて必要な分だけ利用するといったコンセプトだ。
多くの場合企業のコンピュータは、処理能力の最大値を想定して構築されているため、通常利用されているコンピュータ資源は全体の半分以下というのが常である。この使われていない資源をネットワーク経由でひとつにまとめ、大量の処理が必要な場合は複数台の処理能力を統合して利用するなど、ユーティリティコンピューティングでは柔軟で効率的な処理能力の運用が実現するとされている。インターネットのブロードバンド化など、ネットワーク基盤が発展したために現実味をおびてきたこのコンセプトを実現すべく、今年は多くのベンダーがこの言葉をキーワードにサービスやソリューションを提供しはじめた。各社で打ち出す名称はそれぞれ違うが、どれもベースとなるコンセプトは同じだ。まだ各社でユーティリティ実現のための技術をすべて備えたとはいえないかもしれないが、この分野における今年1年の動きを振り返ってみたい。
IBMは「オンデマンド」でユーティリティコンピューティングを実現
ユーティリティコンピューティングへの取り組みをいち早く始めたのはIBMだ。同社は今年1月に、すでに石油の探査や貯蔵を行う米Petroleum Geo-Servicesとユーティリティコンピューティングの最初の契約を結んでおり、2月には物流サービス会社の米CNFにオンデマンド調達サービスを、海運会社の米Transmarine Navigationにオンデマンドのウェブ対応会計システムを提供するとしている。4月には 金融サービス企業の米John Hancockが、9月には投資銀行Morgan Stanleyやビジネスコンサルティング会社のHewitt Associatesなど複数の企業が同社との契約を結んでおり、さらに10月には北欧の金融サービス企業NordeaもIBMと契約している。
IBMはユーティリティコンピューティングをオンデマンド戦略の一環として考えており、オンデマンド実現に向けての開発および販促費用として100億ドルを投資するとしているが、この100億ドルの使い道を同社は明確に示している。1月に同社は、金融、生命科学、行政、自動車、航空宇宙設計などの主要産業を対象に、10種類の商用グリッドコンピューティングを発表、4月には特定業界向けの管理コンサルティングサービスの構築を発表するとともに、オンデマンド関連の広告キャンペーンを開始している。5月に発表したSAN対応ストレージ上位機種ではオンデマンド機能を強化しており、さらにユーティリティコンピューティング実現のために重要なストレージやサーバの自動管理機能を備えたソフトウェアを持つThink Dynamicsを買収し、のちに同社技術を盛り込んだ新商品、Tivoli Intelligent Orchestratorを発表(日本では11月に発表)している。
また7月にIBMは、統合化、自動化、仮想化という3つの分野でオンデマンドを支援するソリューションを発表し、8月にはグリッド機能を強化したWebSphereの新バージョンを、9月末に仮想サーバサービスを、また10月にはThink Dynamics買収によるソフトウェア技術とハードウェアをバンドルした製品も発表している。11月には次世代のオンデマンド型アウトソーシング向け中核技術基盤であるユニバーサル・マネジメント・インフラストラクチャー(UMI)を発表し、さらに同社はゲーム開発者に向けてオンデマンド機能を提供するツールも発表している。
Sunは「N1」、HPは「アダプティブ」
IBMに負けじと独自のユーティリティコンピューティング戦略を打ち出しているのはSun MicrosystemsやHewlett-Packard(HP)だ。両社はそれぞれユーティリティコンピューティング戦略を「N1」(Sun)、「アダプティブ・エンタープライズ」(HP)と違ったキーワードで売り出しているが、基本的なコンセプトはIBMのオンデマンドと類似していると言ってよいだろう。
Sunの動きとしては、3月に国内でN1のこれまでの動きを説明したことにはじまり、7月にはN1向け初の製品となるブレード仮想化製品を発表、さらにプロビジョニングソフトウェアを提供するCenterRunを買収している。9月にSunは、DaimlerChryslerやCingular Wirelessなど約60社が同社のN1をすでに導入していると発表し、10月にはコンサルティング会社の米SchlumbergerSemaとN1実現に向けたアウトソーシングサービス提供のために提携している。また同社は、N1で管理するシステム情報を他ベンダーと共有するためのN1ソフトウェア開発キット(SDK)の開発に取り組んでおり、同社の仮想化ソフトウェアを、企業がすでに採用しているハードウェアや管理ソフトウェアとより密接に連携させようと計画している。
いっぽうのHPは、アダプティブ・エンタープライズ戦略を大々的に打ち出す以前の3月に、既にユーティリティコンピューティングにおける重要な要素となるサーバの従量課金サービスを拡充すると発表しており、その後5月に新戦略としてアダプティブ・エンタープライズを正式に発表している。同5月にHPは P&Gと30億ドルの契約を結び、ITインフラ管理にHPのUtility Data CenterとAdaptive Network Architectureを使用してP&Gのニーズに応じた機能と柔軟性を提供すると発表した。6月にはアダプティブ・エンタープライズ実現に向け、同社のソフトウェアOpenViewシリーズの新バージョンや新ツールを多数発表しており、同じく同戦略のひとつとして9月にはコンピュータグリッド構築を支援するサービスプログラムを開始、自社の全ての製品ラインにグリッド機能を備えると発表している。
さらに同社は10月に、同戦略を強化する新コンセプトとして「アダプティブ・マネージメント」を発表しており、このコンセプトの下でインフラのみならずビジネスプロセスの管理までが可能になるとしている。また11月には、Unix、Linux、Windowsの各OSをひとつのコンソールから管理できるソフトウェアも発表している。
ただ、HPの掲げるアダプティブ・エンタープライズは、同社CEOのCarly Fiorina氏もわかりにくいものであることを認めており、ボストンにて開催されたフォーラムでも同氏はこのコンセプトの啓蒙活動を行っている。さらにCNET News.comが行った同戦略担当シニアバイスプレジデントNora Denzel氏のインタビューでもアダプティブ・エンタープライズとは何かについて解説しているが、果たして今後同戦略はどこまでユーザー企業に浸透していくだろうか。
その他海外ベンダーでは?
このようにユーティリティコンピューティング分野ではIBM、Sun、HPという3社の存在が際だっていたが、Dellのようにアイデアはすばらしいとしながらも、確立されたモデルとなるまでは同サービスの提供を行わないとしている企業もある。
しかしDellのような企業は少数派だ。ほかにも「ユーティリティ」、「グリッド」をキーワードに戦略を打ち出している企業は数多い。Oracleもそのひとつだ。
Oracleは今年、データベース関連製品の新バージョンOracle 10gを発表し、製品名に「g」をつけることでグリッド戦略への取り組みを明確に示した。しかし同社のグリッドコンピューティングへの取り組みは10g発表の以前から始まっていたものだった。
現にOracleは、10gの発表を待たずしてグリッド技術に関する情報をCNET News.comに語っており、米国で開催されたOracleWorldや、3年ぶりに日本で開催されたOracleWorldでもグリッドを大々的に宣伝している。同社ではデータベース製品のみならず、グリッド対応のアプリケーションサーバ製品も発表している。またOracleは、グリッドコンピューティングの商業利用に向けた標準策定を支援する業界コンソーシアムの設立も計画している。
ストレージ管理ソフトウェアで高いシェアを持つVeritas Softwareも大々的にユーティリティコンピューティング戦略を打ち出した企業のひとつだ。同社は5月にユーティリティコンピューティング向けのソフトウェアを発表したことにはじまり、6月に米国で、7月には日本でユーティリティコンピューティング戦略を正式に発表している。同社の戦略については10月に開催されたVeritas Vision 2003でも詳細が語られ、同社が12月に発表したWindows 2003向けのストレージ管理製品も同戦略の一環となっている。
Veritasとの競合製品を抱えるComputer Associates(CA)も黙ってはいない。同社は7月にユーティリティコンピューティング分野における新技術を発表しており、9月に開催された同社主催のカンファレンスでは、「今後5年間は企業内で構築した技術を共有し、システムの自動化を図る企業内オンデマンドが実現し、5年後以降は、社内の枠を超えて社外からでも自動的に社内で必要な資源を調達できるようになる」といったビジョンも語っている。
ストレージのハードウェアベンダーであるEMCも、ソフトウェア分野に力を入れ、ユーティリティコンピューティングを実現させようとしている。同社は7月に、オンデマンド型のストレージプログラムを発表したのにはじまり、ユーティリティモデルで重要な要素となる仮想化ソフトウェアを保有するVMwareを12月に買収している。
ほかにもユーティリティ、グリッドを戦略として打ち出してはいないものの、Siebel Systemsがユーティリティ型のオンラインサービスを積極的に売り込んでいたり、Intelがクラスタ性能を監視・改善するためのソフトウェアを所有するPallasを買収し、複数のマシンでコンピュータ能力を集約することを目指している。Microsoftも来年にはDynamic Systems Initiative(DSI)で、データセンター運営作業の多くを自動化しようという考えを表明している。さらに大学や研究所が共同でグリッドコンピューティングを実現させるべくGlobus Allianceという取り組みも進んでいる。
国内ベンダーの動きを探る
国内では「ユーティリティ」というキーワードを使って戦略を打ち出すベンダーは少なかったものの、NECのVALUMOではユーティリティコンピューティングを意識した自動化機能を強調しており、9月にはグリッドコンピューティングへの取り組みを積極的に行う姿勢を示している。同様に富士通も同社の提供するIT基盤TRIOLEでグリッドコンピューティングの実現を目指しており、従量課金型のアウトソーシングサービスも発表している。さらに日立は、2004年にはユーティリティコンピューティング製品を販売するとしている。このように国内ではハードウェアベンダーの動きが目立つ中、ソフトバンクもOracleと共同でユーティリティコンピューティング戦略を発表している。
結局「ユーティリティコンピューティング」って何?
多くの企業でユーティリティコンピューティングに対する取り組みが見られた1年だったが、ベンダーによっては言葉だけが1人歩きしているような印象があることも否定できない。さらに、結局のところこのユーティリティコンピューティングが何であるのか、明確な定義を語るのは難しいといった意見もある。ベンダーと顧客企業の間で認識のずれがあるという指摘があるいっぽう、Jon Oltsik氏はユーティリティコンピューティングが本格的に機能しはじめるのはまだ先だとも述べている。さらにComdexでのパネルディスカッションでも、参加者の意見が一致したのは、この用語の定義が一定でないという点だった。
CNET Japanの「エキスパートの視点」でPatricia Sueltz氏はユーティリティコンピューティングの定義についてコラムを執筆し、Philip Brittan氏はグリッドコンピューティングとユーティリティコンピューティングの違いについて述べているので、参照されたい。
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