Adobeが年次で開催しているデジタルマーケティングカンファレンス「Adobe Summit 2018」が米国時間3月27日、米国ネバダ州ラスベガスにおいて開幕した。来場者数は、過去最高だった2017年の1万2000人を更新し、1万3000人以上が世界中から集まった。
初日の基調講演で会長、社長兼CEOのShantanu Narayen(シャンタヌ・ナラヤン)氏は、まず「Summitから帰るときに、会場のみなさんやみなさんの組織の方々がエクスペリエンスメーカー(Experience Maker)になれると理解してほしい。たとえば子どもが生まれたときなど、人生での大きな瞬間を考えると、さまざまな体験(エクスペリエンス)が重要になる。想い出に残る出来事や、よい体験をしたいと切望するわけだ。このような感情が、どこにお金や時間を使うべきか、どこにロイヤルティを提供するかという選択につながる」と述べた。
たとえば、「音楽を聴いて若い気持ちに戻りたい」、「自信が持てる服装にしたい」、「安全で早く自由を感じる自動車を買いたい」といったすばらしい体験を期待し、求めており、その体験を提供できるかどうかがビジネス成長に欠かせないというわけだ。「以前は製品自体が差別化ポイントだったが、いまや人びとはエクスペリエンスを買うのであって、製品を買っているのではない。顧客の期待値はどんどん上がっているが、その顧客の心や感情をきちんととらえなければならない」(Narayen氏)。
この主張は、ここ数年のSummitで繰り返し強調されてきた。2016年のSummitでは、顧客体験を中心としたビジネス「エクスペリエンスビジネスの時代が到来した」と表現した。顧客はデジタルファーストですべての接点において企業が交流してくることを求めている。企業はその顧客の期待に応えるため、デジタルに関するすべての戦略を考え、最終的にどのようなエクスペリエンスを提供できるかがビジネス全体として競合との差別化要因になることをもって「エクスペリエンスビジネス時代」とした。そして、「これに乗り遅れることは企業の死を意味し、現状維持はあり得ない」ともNarayen氏は語っていた。
これが2017年のSummitでは、エクスペリエンスビジネスを推し進めるための原動力は「コンテンツ」と「データ」で、エクスペリエンスビジネスを一貫し継続して提供するためにマーケティングソリューション群の「Adobe Marketing Cloud」、クリエイティブソリューション群の「Adobe Creative Cloud」、ドキュメントソリューション群の「Adobe Document Cloud」という3つのクラウドエコシステムの連携が重要と説いた。そのうえで、「顧客体験を提供するための手段がそろった」として、それまで“エコシステム”としてきた「Adobe Marketing Cloud」のコアサービスやソリューション群、ツール構成、位置づけなどを「Adobe Experience Cloud」として再編成した。
こうした流れの中、今回の2018年のSummitでは「エクスペリエンスメーカー(Experience Maker)」というキーワードが何度も登場した。これは、ビジネスをエクスペリエンス主導型にすることをゴールに掲げ、そのためのチームやプロセス、テクノロジによる変革に集中的に取り組む人びとを指す。
エクスペリエンス主導型のビジネスにするためにNarayen氏は、「まず輝かしいデザインが重要だ」とした。ただ見かけがいいだけではなく、顧客とのエンゲージメントを深めるためのクリエイティビティが重要というわけだ。プロトタイプ作成最新ツールの「Adobe XD」を提供するなど、「アイデアからストーリーボード、そしてプロトタイプからエクスペリエンスを提供するまで、Adobeはこのデザインイノベーション、クリエイティブなコラボレーションのリーダーになっている」と続けた。今は複雑な世界になっており、単純にウェブページやモバイルアプリだけではなく、ARやVR、音声、タッチなど直感的で強力なエクスペリエンスデザインに注力することの価値を強調した。
2つめに重要な点として「インテリジェンス」を挙げ、さまざまなデータをリアルタイムかつミリ秒単位で分析、活用することから始まるという。そしてインテリジェンスは学習プロセスをスピードアップさせ、異常なことを素早く気づき、顧客の困っていることなどを認識できる。そうすると適切なアクションを素早く起こせるというわけだ。
最後は「エンタープライズアーキテクチャ」を挙げ、「これはアクションを提供するためのものだ」と述べた。たとえば、パーソナラゼーションの提供には何カ月も、何年もかかる場合があったり、すべてのチャンネルにおいて顧客にエクスペリエンスを提供するためには新たなコストがかかったりする。エンタープライズのITシステムはクラウドに移行し、これ自体は大きな変革だが、まだまだ足りない面があるうえ、旧システムも稼働していたり、プラットフォームの考え方が実現できずにパッチワークのようなシステム構成になっていたりすることが原因で、これは大きな課題。クリエイティブな資産を含めて、Adobe Cloud Platform上にある、Adobe Experience CloudとAdobe Creative Cloud、Adobe Document Cloudはさらにシームレスな連携を深め、今後も完全なソリューションにするために投資し、すべての企業が持続的に結果を出せるエクスペリエンスにしていくために、近代化したエンタープライズアーキテクチャのプラットフォーム(後述する次世代のAdobe Cloud Platform)を構築していくこと目指す。
「すべてのタッチポイントやチャンネル、モバイル、ソーシャル、ウェブ、オンライン、オフラインでやっていかなければならない。スクリーンがある所ではすべて一元化したエクスペリエンスを提供するということ。また、カスタマージャーニーに焦点を置き、バックエンドでもフロントエンドでもシステムを統合していく、合理化していく」(Narayen氏)。
さらに、「このプラットフォームはユーザーとともに成長していく」と語った。一元化した顧客のプロファイルを作り、共通のタクソノミー(分類)を利用することで、エンタープライズの言語や顧客のジャーニーを共通化していく。これを実現するにはAdobeだけではなく、他企業が有するシステムともシームレスに連携させ、データとコンテンツを一元化した形で提供する方針だ。また、このプラットフォームをパートナーにも解放し、システムインテグレーターや代理店間でエコシステムを拡大していく。一方で、AIと機械学習の統合テクノロジ「Adobe Sensei」も活用することで、これまで以上にカスタマージャーニーを理解してもっとスマートな検索、そしてレコメンデーションを提供する。
最後にNarayen氏は、「ブランドの後にはデジタルマーケターやブランドリーダー、技術者、データサイエンティストなどの方々がいる。これがエクスペリエンスメーカーの方々。我々のミッションはデジタルエクスペリエンスで世界を変えていくことなので、エクスペリエンスメーカーの方々と一緒に変革していきたい」と締めくくった。
次に登壇したエグゼクティブ バイスプレジデント デジタルエクスペリエンス担当ゼネラルマネージャのBrad Rencher(ブラッド・レンチャー)氏は、「今はエクスペリエンスがみなさんのビジネスになるとき。エクスペリエンスは表面的に見ればすごく簡単に見えるかもしれないが、これは非常に難しいことだ。よいエクスペリエンスが提供できなければブランドが傷く」と話した。そして、Forrester Consultingと共同で調査した「エクスペリエンスに投資することがどのようにビジネスに影響を与えるか」の結果を示した。それによると、「80%の収入の成長ができ、ブランドの認識が1.6倍上がり、そして1.5倍のハッピーな従業員が生まれる。社員がハッピーということは顧客もハッピーであるというわけだ。ただし、ビジネスでは大きな2つの課題に直面している。テクノロジをいかに近代化させるかということと、もう1つは私たちの能力をどうやって強化していくかということ」と語り、「Experience Systems of Record(ESoR、エクスペリエンスのための記録システム)」の必要性を訴えた。
ESoRは、次世代のAdobe Cloud Platformで実装される。このプラットフォームは、コンテンツとデータを統合するクロスクラウドの基盤アーキテクチャで、既述したAdobe Senseiを活用し、企業全体の顧客データを集約する新しい統合プロファイル、インテリジェントサービス、EU一般データ保護規則(GDPR)への対応などが含まれる。これらの機能により、マーケターやデータサイエンティスト、デベロッパーはそれぞれが直面する課題を解決できるようになるという。
新しい統合顧客プロファイルは、企業全体のあらゆる顧客データを統合する。バックオフィスのデータ(Microsoft Dynamics 365内のCRMデータなど)が含まれ、それをオンライン行動やデバイス利用、広告露出データなど、Adobe Experience Cloudで利用可能なデータと組み合わせることで、カスタマージャーニーにそって顧客の包括的なリアルタイムビューが作成可能だ。データは、企業全体にわたる共通データ言語であるAdobeの「Experience Data Models(XDM)」を通じて統合され、Adobe Senseiによってインテリジェントな意思決定ができる。
さらに、Adobe Experience Cloudを利用している企業はGDPRに対応できるようになった。異種システムからのデータ統合がしやすくなったことで、データサイエンティストやデベロッパーはカスタムモデルの作成と育成が可能になり、最終的には事前に構築した独自のデータモデルとアルゴリズムをAdobe Cloud Platformで使用できるようになる。
ESoRの仕組みとして最初の柱は、「データパイプラインを設定して入ってくるデータを収集して統合化するデータレイクと呼んでいるものだ」(Rencher氏)という。「ロイヤルティプログラムやCRM、EC、行動データ、すべてのインプレッション、クリック、IoTなどからたくさんの種類の膨大なデータがものすごい勢いで生成される。それぞれ1つのシステムではないかもしれない。CRMが4台あるかも、アドサーバを3つ使っているかもしれない。複雑さがせめぎあっている。何兆ものバラバラなデータを速度を持って統合したプロファイルを生成するわけだ。顧客のプライバシーも重要」と続けた。
また、Rencher氏はもう1つ重点として「集まったデータをいかに有意義なものにするかだ」とし、これをわれわれは「セマンティクスとコントロール」と呼んでいると言う。ある顧客がEメールの中ではカスタマーと呼ばれ、ロイヤルティプログラムではメンバーと呼ばれ、ウェブアナリティックスシステムではビジターと呼ばれ、アドサーバではクッキーと呼ばれているかもしれない。同じ顧客でも4つのシステムでは別の人に見えてしまってるわけだ。そのため、システム間を連携させる共通の言語XDMが必要になってくる。
「これらを異なるデータとして処理するのか、コンプライアンスに合っているのかなどを考えたことがないだろうか。データ連携と言うのは沼地のように見えて来るが、これを解決するためにはレガシーなシステムだけでは不十分で、セマンティクスとコントロールというのがエクスペリエンスビジネスの失敗を防ぐ方策だと思う」と述べた。
そしてRencher氏は、「新しいテクノロジの課題に直面したときは、人間が必要だ。エクスペリエンスシンカー(Thinker、体験について考える人)からエクスペリエンスメーカー(体験を創造する人)に進化すること。単純に新しいアプリやキャンペーンができたから祝うのではなく、すべてのプロジェクトの結果として顧客の人生や生活が向上した、もしくは改善したということを理解して祝うべき。エクスペリエンスメーカーはエクスペリエンスのチャンピオン。すべての人たちをハッピーにするミッションを持っている」と締めくくった。とことん顧客に感情移入することで顧客の立場になりきり、そのうえで顧客が求めている以上の体験を提供した結果、顧客の生活や人生が豊かになり、引いてはビジネスの成長につながるというわけだ。
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