Adobeのクラウドソリューションは、2017年3月にマーケティングソリューションを「Adobe Experience Cloud」へとリブランドしたほか、7月には代表的なクリエイティブ製品であった「Adobe Flash」を2020年でサポート終了することを発表するなど、製品ラインナップの動向に大きな変化が見られている。同社は最近の動向や今後の製品戦略についてどのような狙いや示唆を持っているのだろうか。米国Adobe Systemsの会長・社長兼CEOであるShantanu Narayen(シャンタヌ ナラヤン)氏に、マーケティング、クリエイティブ、ドキュメントという3つのクラウド製品群についてそれぞれ話を聞いた。
――まずは、2017年3月にリブランドされた「Adobe Experience Cloud」について、社内外の反響はいかがでしょうか。
ナラヤン氏:Adobeはこれまで「Adobe Marketing Cloud」で市場のリーダーシップを獲得してきましたが、その背景には私たちがビジョンを顧客企業の経営陣に明確に示せたこと、そして継続的に新たな技術を投入して顧客ニーズに応えられたという理由があると考えています。しかし、エンタープライズ・ソフトウェアの開発は「終わることのない旅」だと思います。どこに成功の可能性があるのかを考えて種をまき、そこから方向性を見出していくという作業を繰り返すわけです。
私たちはこのマーケティングソリューション製品について2017年3月に新たなビジョンを発表しました。その中で、多くの企業が抱えている「Experience(顧客体験)」というテーマの課題に対応していくことを強く打ち出しています。Adobe Experience Cloudは単なるリブランドではなく、企業のより広範囲な戦略への対応を新たな方向性として掲げたということです。
とはいえ、こうした新しいAdobeのビジョンを企業の方がたに理解していただくためには、まだまだ時間が必要だとも思います。私たちは、Adobe Experience Cloudを構成する「Adobe Advertising Cloud」「Adobe Analytics Cloud」「Adobe Marketing Cloud」という3つの製品群を引き続き提供しながら、顧客企業には私たちの製品の広い網羅性や利便性を感じていただきたいと考えています。
ご存知の通り「ブランド力」というものは非常に強力で、AdobeはPhotoshopやPDF(Acrobat)で確固たるブランドを形成し、それ以外の領域ではブランドの訴求がまだ十分ではないのかもしれません。ただ、今後こうした分野に投資をしていくことで道が拓ける可能性は大きいのではないかと思います。
――Adobe Experience Cloudでは、企業のコンサルティングを行うデジタル・ストラテジー・グループをグローバル規模で新設することを発表しました。ただ一方で、2015年にIBMと法人向けコンサルティングの分野で協業を発表しています。こうした動きとの関係はどのようになるのでしょうか。
ナラヤン氏:デジタルトランスフォーメーションを推進する企業は、戦略の立案、ロードマップの設計、そして施策の実行というさまざまな分野でビジネスのパートナーシップを形成しています。Adobeもアクセンチュアやデロイト、IBMなどコンサルティング事業の分野で市場リーダーと言われる企業とパートナーシップを結び、またさまざまな業界への製品提供を通じてユーザー体験に関する知見=ベストプラクティスを構築することができました。デジタル・ストラテジー・グループでは、こうした幅広い協業から生まれた知見を迅速に提供していけるのではないかと考えています。
加えて、製品利用に関する実態把握や顧客ニーズの顕在化をAdobeが推進し、それを戦略立案やコンサルティングの段階でパートナー企業との協業を通じて市場にフィードバックすることも非常に大切だと考えています。
――2016年にはMicrosoftとも戦略的なパートナーシップを締結し、Adobe Marketing CloudやAdobe SignなどのAdobe製品とMicrosoft AzureやMicrosoft Dynamicsなどとの連携強化を打ち出しています。その後の発表などでもAdobeとMicrosoftが緊密に連携している印象を受けますが、今後どのような関係づくりを進めていくのでしょうか。
ナラヤン氏:マイクロソフトとはビジョンの共有ができるというのが(パートナーシップを強化する)大きなポイントだと考えています。最新のテクノロジを顧客企業が活用できる形にして提供し、デジタルトランスフォーメーションの実現を後押しするというビジョンを共有できることが両社のパートナーシップの背景にあるのです。Microsoft Azure、Microsoft Dynamics、Microsoft Power BIといったマイクロソフトの製品がAdobeの製品群と絡み合うことによって、より顧客企業に良いソリューションが提供できます。こうした両社技術のコラボレーションを推進することによって、独特な良さが生まれるのです。このパートナーシップはあくまで顧客本位で考えたアプローチだと言うことができ、両社にとっても有益なものになると考えています。
――マーケティングソリューションの分野では、複数のデバイスを横断して個人に最適化されたエクスペリエンスを提供することができる「Adobe Marketing Cloud Device Co-op」を2016年に発表しています。このテクノロジの進捗について教えてください。
ナラヤン氏:この技術の意図は、マーケティングをデバイスに対して行うのではなく(許諾を得た)個人に対して行いエンゲージメントを深めていくというもので、多くのパートナー企業が参画して推進しています。現在はパイロット版という位置づけですが、米国から導入を開始し、今後のグローバル展開を目指しています。(正式な製品化に向けては)まずはクリティカル・マスに達するレベルまで検証を続けていくということになりますが、それがいつ頃になるかは現時点で話せる段階ではありません。
――次に「Adobe Creative Cloud」について伺います。大きな動きとしては、2020年に「Flash」のサポートを終了することが7月にアナウンスされましたが、この決定に至る中での経緯や製品戦略に対する考えをお聞かせください。
ナラヤン氏:ご存知の通り、Adobe Creative Cloudはさまざまなメディアタイプに対してコンテンツ制作の環境を提供するソリューションとして業界を牽引してきました。この強みというのは、どのようなメディアタイプであっても、どのようなデバイスであっても、どのようなスキルセットであっても、ワンストップで製品を活用してもらえることであり、そこから多くのインスピレーションを作品にして世の中に送り出していただくことができるのです。
どのようなメディアタイプであっても利用できるプラットフォームであるというのがAdobe Creative Cloudの価値であることから、あくまで特定のメディアタイプに紐づく形で製品を作ってきたということではなく、どのようなアウトプットができるのかという観点で製品を考えています。
特に、動画の世界では急速な変化が生まれており、4K動画への注目などメディアフォーマットのトレンドも変わってきています。ただ、アニメーションについては当初はフォーマット自体がそもそも存在していなかったということから、Adobeがそれを発明して世の中に提供してきたという背景があります。その中で誕生したFlashによって、双方向のゲームができるようになったり、アニメーション動画の流通が充実してきました。Flashはこれまで本当にいろいろなことを実現してきた技術あると思いますが、現在ではFlashに依存しなくてもコンテンツの出力・配信が可能になってきています。そこで私たちは(メディアフォーマットの開発・維持から)オーサリングへと焦点を当ててアップデートをしていきたいという考えで、さまざまななフォーマットへのサポートを充実していきたいと考えています。
――「Adobe Document Cloud」についてもお伺いします。PDFはデジタル文書でグローバルスタンダードになりましたが、実際のところ日本では「紙の文化」が根強く業務効率や生産性が改善しないという実態があります。こうした文化の変革はAdobe Document Cloudの市場を拡大させる上で重要なテーマだと思いますが、どのように考えていますか。
ナラヤン氏:PDFはデジタル化された情報をやりとりする上で非常に利便性の高いフォーマットとして世界中に認められていますが、その普及については地域性というものが大きく影響してくると考えています。非効率的な紙ベースの作業をデジタル変革するためには、地域に応じてどのような要件が必要なのかということを考えなければなりません。
「日本は依然として紙文化だ」というご意見ですが、実はそれは日本に限った話ではありません。ほかの国でも同じように紙文化が中心になっているケースはあります。一方で、日本は紙文化が中心の国でありながら、いろいろな分野でデジタル化のイノベーションを作り上げてきた国でもあります。紙をPDF化する上で重要な役割を果たす多機能プリンタも日本が生み出した発明ですよね。電子化のプロセスは日本でも進んでいると思います。
ただその中で、書類のオーソライズに捺印や手書きサインが必要な日本特有のビジネス文化については、今後人々のモビリティが高まる中でクラウドへのアクセスというニーズが進み、こうしたアナログな文書手続きの電子化が進んでいくのではないでしょうか。Adobe Document Cloudのポテンシャルはこうした部分にあるのではないかと思います。
――確かに、電子サインソリューションである「Adobe Sign」は時間や場所を問わず文書のオーソライズができる仕組みとして革新的だと思いますが、それを活用する風土がなければ普及は進みませんよね。具体的にどのように企業風土を変革すればいいでしょうか。
ナラヤン氏:おっしゃる通り、すばらしいソリューションがあっても、企業のワークフローの効率化が明確に行われるという確証を示さなければ、組織の風土を変革の方向に持っていくことは難しいのかもしれません。それはAdobeが有効性を実証していかなければならない大きなテーマだと考えています。加えて、この電子サインソリューションが法的に適切なオーソライズ手法なのだということを啓蒙していくことも重要だと考えています。この両者をAdobeとして引き続き推進していきたいと思います。
また、日本の政府関係者と話をさせてもらう中で、政府としてはマイナンバーカードによる個人認証の電子化を推進したいという政策課題があり、将来的には国民が利用する政府系サービスを電子化していくという構想があります。こうした国の動きは、企業のワークフローを電子化していく上でのいい契機になるのではないでしょうか。
――今後、Adobeのクラウド製品に組み込まれていく人工知能「Adobe Sensei」について伺います。現在の開発進捗と具体的な製品への実装スケジュールについて教えてください。
ナラヤン氏:すでにAdobe Senseiを活用した機能は各クラウド製品への実装が開始されています。例えば、Photoshopではユーザーのイメージ処理を学習していたり、Adobe SignとAcrobatではスキャンしたサインをクラウドに保存すれば自動的にOCR化したりといった機能で、このAdobe Senseiのテクノロジを活用しています。そして、Adobe Experience CloudでもAdobe Senseiによる予測機能が実装されています。過去のデータからさまざまな学びを蓄積して、Adobe Senseiを改善していきながら多彩な機能として実装していきたいと考えています。
――最後に、デジタルトランスフォーメーションを推進するAdobeが今後どのように自身を変革していくのか、イノベーションを創出していくのか。これからのAdobeをどのように成長させていきたいか考えをお聞かせください。
ナラヤン氏:私たちの考えに「現状維持」というものはなく、常に将来への課題意識を持ちながら、新しいテクノロジの投入や企業とのパートナーシップを通じてイノベーションの創出に挑んでいきたいと考えています。今後のAdobeにぜひご注目いただきたいと思います。
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