電通が考えるネット動画広告の戦略(前編)--テレビの威力衰退に異論も

久保田朋彦(アンプリア代表取締役)2014年08月22日 11時40分

 『いよいよ飛躍する「ネット動画広告」』の第4回目は、電通 デジタル・ビジネス局 植村祐嗣さんにご登場いただきます。広告代理店の視点から、今後インターネット動画市場がどのように広がっていくかについてお話しいただきます。

--米国では、全世帯の40%がインターネット接続のテレビを保有しており、その大半が、Netflix、Amazon、Huluを活用しています。米国はもともとケーブルテレビ(多チャンネル)の視聴が一般的だった、ということもあり、インターネット動画への移行がスムーズに行われているようです。一方で、日本では、インターネット動画消費、広告市場がなかなか広まっていません。その理由は、どこにあるとお考えでしょうか?

電通 デジタル・ビジネス局 植村祐嗣さん 電通 デジタル・ビジネス局 植村祐嗣さん

植村:ご質問にお答えするために、まずは、私の簡単な経歴紹介から始めさせてください。私は、平成元年(1989年)に電通に入社し、その後17年間テレビ関連の業務を経験してきました。主に、TBSやローカル局を担当しており、BS-i(現BS-TBS)が開局した際には同局に3年間出向し、編成・製作業務に携わっています。この17年を大きく分けると、当初の12年間はテレビの広告枠の販売に関わり、次にネット配信も含めたテレビ番組のプロデュースを5年間経験し、今はデジタル・メディア関連の仕事を本格的に初めて8年が経過するところです。

 まず、動画の歴史をひも解くと、コンテンツの制作と配信に関する歴史的な経緯と、その流れをくんだ契約の考え方が日米では大きく異なります。

 米国のメディア通信の歴史を語る上で欠かせない事実として、FCC(米連邦通信委員会)の定めた法令である「Fin-Syn Rule」が挙げられます。この規制は、米国におけるテレビの3大ネットワーク(ABC、CBS、NBC)が巨大化し、コンテンツ制作まで強力な影響力を及ぼすような状況を避けるために、プライムタイム(日本のゴールデンタイム)のコンテンツについて、一定量を、社外で制作することなどを定めたものです。1996年に廃止されましたが、この規制により、コンテンツ制作(ソフト)と配信ネットワーク(ハード)が長い間分離されてきました。

 その結果、テレビネットワークは「配信」に、ハリウッドを中心とした映画製作は「コンテンツ制作」に特化され、両者間での契約上の権利(ライツ)が映画ビジネスと同様に明確に定められることとなり、コンテンツの二次利用が容易な環境であると考えています。このような特性が有利に働き、インターネット動画市場も大きく拡大を続けているといえます。一方で、日本では、「配信」と「制作」の機能が、テレビ局に一体化して発展してきたため、オールライツクリアを原則とした映画ビジネスとは異なるルールが実現している、ということが日米を同列に比較できないひとつの理由として挙げられると思います。

 インターネットの影響力や広告効果について言えば、テレビ局各社もよく分かっており、TwitterやFacebookなど新たなツールを使用した番組告知などの取り組みも行っています。一方で、インターネット動画市場においてどの程度の投資対効果が期待できるのか、懐疑的な見方があることも事実です。当然資金を投入する以上、その効果をよく検討しなければならず、慎重姿勢も見受けられます。

 現状を打破していくためには、良い意味で、前例を気にせずに突っ走るようなプレーヤーも必要なのかもしれません。例えば、キー局の中では、日本テレビがHuluの日本事業を傘下に収め、地上波コンテンツのインターネット配信事業に本腰を入れてきています。こうした動きが続くことで、競合他社からもフォロワーは出現し、市場の拡張もスピードアップしていくのかもしれません。

--日本と米国のコンテンツ消費のあり方の違いを、もう少し具体的に教えていただけますか?

植村:米国では、通信(販売、編成)と制作が分離しています。つまり、コンテンツ消費という観点からすると、流通経路がどうあったとしても、ひとつのコンテンツが、すべての流通経路合計で、どの程度収益をあげたかが重要になります。一方、日本は他業界の例も踏まえて考えると、ユニクロを展開するファーストリテイリングが代表するようなSPAモデルで、製販が一体化している事業形態でこれまでやってきましたので、自社以外の流通経路確保への動機付けが低い状況です。もちろん、米国の製販分離モデルが絶対的に優位ということはなく、それぞれにメリット・デメリットがあります。

 日本の製販一体型のメリットとしては、商品力さえあれば、ユーザーを獲得し、リテインもできる、また値崩れしにくい、販売ルートを絞ることによりブランド価値を維持しやすい、といった利点が挙げられます。一方で、デメリットは、流通経路が細ってしまった場合、他のチャネルへの販売が難しい点が挙げられます。

 現状、日本では放送局が自身の系列チャネルのみで放送・配信するということが基本になっています。つまり、コンテンツ単位での価値を訴求していく発想と契約形態が醸成されていません。インターネット動画についても同様です。テレビのリアルタイム視聴者数だけに捉われず、オンラインも含めて、トータルでコンテンツビジネスを考える必要もあります。放送局がGyaOにコンテンツを提供するなど、新たな取組も徐々に見られていますが、資本関係に基づく協力という側面もあり、こうした動きはまだまだ限定的です。

--視聴者の嗜好性に関して、日米の違いは見られますか?

植村:日本の市場を考える上で、視聴者である日本人の特性をよく理解する必要があります。私個人としては、「自分が好きなものよりも、みんなが見ているものを見る」というカルチャーが多チャンネルの浸透が進まない理由のひとつではないかとも思っています。日本人は、自分が何を見たいかということ以上に、周囲の空気に合わせたコンテンツを消費するといった傾向が強いと思います。

 実は、多チャンネル化が進んでいる米国でよく驚かれることは、なぜ日本では視聴率ランキングがこれほど話題になるのかということです。米国では周囲の視聴状況を気にしてコンテンツを探すということが少ない。米国で消費者にアピールするためには、「絶賛発売中」といったコピーではなく、「あなたにとってベストであるということ」を伝えていく必要があります。

 一方、日本では、みんなの共通言語が「テレビ」から生まれています。「リアルタイムでコンテンツを共有できる」テレビの特性が大きいと感じます。ソーシャルメディアの普及が進んでいますが、根本的には、周囲とコンテンツを共有するという意味で、テレビ番組の話題を仲間と話すというコンテンツの楽しみ方自体は変わっていないと考えます。LINEやFacebookなどに、共有する手段が変わっていても、同調的な消費行動に根本的な変化はないでしょう。

 ただし、このリアルタイムの考え方はコンテンツによって大きく異なります。まさに、その視聴中にもチャットを通じて話題になる、ニュースやスポーツ番組のような一瞬をリアルタイムと捉えることが重要なコンテンツもあれば、翌朝や数日以内に学校や職場で話題にするまでの数時間から数日の賞味期限のものもあります。例えば、毎日放送されているコンテンツであれば、そのコンテンツを話題にする期間という意味でのリアルタイムは、24時間以内かもしれません。週1回放送されるようなテレビドラマであれば、放送後7日間にもなり得ます。

 日本の市場を考える際に、こうしたコンテンツ自体の面白さと同様に、あるいはそれ以上に「共通の話題になる」という要素が生み出す正のループは、重視すべきだと思っています。大半の視聴者が多様な選択肢を目指さずに地上波キイ局に留まっていることも、SNSやキュレーション、ランキングが重宝されることも、コンテンツを周囲と共有することが重要だということが根底にあるからだと思います。特定のテレビドラマの人気が一定のしきい値を超えた時点で、さらに急上昇していくのは、まさに「みんなが見ている」という事実が正のループを作り出しているからではないでしょうか。

--米国の例で、数年前に流行したテレビドラマの視聴者数が2000万人と推定されている一方、現在ケーブルテレビの視聴者だけをカウントすると1000万人程度のため視聴者数が減少しているように見えるが、タブレットなど他のデバイスでの視聴を合計すると、トータルでの視聴者数が、実は増加していたという話があります。半面、「テレビが昔のように面白くないので、視聴されなくなった」という話もよく聞きます。この点については、どうお考えでしょうか?

植村:視聴率の低下に関しては、統計のマジックもあるでしょう。現在の日本では、1人暮らしの世帯が増加しており、世帯数は増加する一方、1世帯あたりの人数は減少傾向にあります。簡単な例になりますが、視聴率の考え方として、ある3世帯のうち2世帯が視聴していれば、割合は3分の2(約67%)になります。ただ、この3世帯のうち1世帯が2世帯に分かれ、テレビを持たない1人暮らしの世帯が増えたとします。この場合、合計の世帯数は4世帯となり、テレビを視聴している世帯は2世帯なので、視聴率は2分の1(50%)に低下します。

 しかしながら、この場合において、テレビの視聴人数自体は変わっていません。こう考えると、現在の視聴率が低下している一因には、日本という社会の人口動態の変化も挙げられるのではないかと思います。また、PCによるリアルタイム視聴はカウントし始めましたが、スマートフォンなどモバイルのデバイスシフトや、DVDなどのタイムシフトによる視聴はカウントされていないことも、その一因になっていると思います。また、「三冠王」などで対象となる「全日視聴率」は、6時から24時までの平均であり、日本人の生活が深夜にシフトしてきたことを反映出来ていません。

 さらに、特に若者のテレビ離れについても疑問に思っています。自身の学生時代を振り返ってみると、若い頃にそれほどテレビを見ていたわけではなく、勉強やスポーツ、サークル活動などに精を出していたように思います。視聴率というデータの受け止め方、またコンテンツ制作と配信の方針に改善の余地はあるかもしれませんが、視聴率の低下はイメージ先行という印象も受けています。視聴率の低下がどれだけ主張されても、LINEやTwitter、Facebookについても、話題のネタはテレビが最も多いと思いますし、IT企業がこれほどまでもテレビ広告を活用し続けることを見ても、テレビメディアやテレビ広告の威力は衰えているとは言い切れないでしょう。

後半に続く。次回は、電通が考えるインターネット動画広告戦略の詳細についてお伝えします。

久保田朋彦
◇ライタープロフィール
久保田朋彦(くぼたともひこ):アンプリア 代表取締役、GCAサヴィアン マーケティングオフィサー
日米のメディアおよびデジタルメディア分野のM&Aアドバイザリーを専門に担当。直近では、日本テレビ放送網によるHulu日本事業の買収、博報堂による海外企業との戦略的資本業務提携、NTTドコモによるマガシークの買収、グリーによるFunzio買収、DeNAによるngmocoの買収、電通によるInnovationInteractiveの買収、SixApart Inc.の日本法人の売却、電通によるインド子会社の完全子会社化といった案件を、米国チームとともに成功に導くなど、日本企業と米国のテクノロジベースのデジタルメディア企業との橋渡しを実現。
その他、メディアおよびテクノロジー業界でのカンファレンスにも多数スピーカーとして参加。AMPLIA創業前は、GCAサヴィアン、ソニー、UBS等にて、M&Aアドバイザリー業務、経営企画業務等に従事。

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