資生堂が推し進める世界に勝てるブランド強化--JCMO 音部氏

別井貴志 (編集部)2016年11月21日 07時30分

 国内最大手の化粧品企業である資生堂は、世界で勝てる「日本発のグローバルビューティーカンパニー」を目指して中長期戦略「VISION 2020」に取り組んでいる。その実現のため、「マーケティング」と「イノベーション」の要素を掛け合わせてブランドを強化することや、実行力の高い人材育成や組織変革を大きな柱として、さまざまな取り組みを展開中だ。

 具体的にはどのようなブランド強化やマーケティングを手がけているのか。資生堂ジャパンの執行役員 マーケティング本部長(JCMO:ジャパンチーフマーケティングオフィサー)である音部大輔氏に聞いた。音部氏はP&G、ダノン、ユニリーバなどを経て2015年に資生堂へ入社し、ブランドマネジメントやマーケティング組織育成を指揮している。

――「ブランド」をどのようにとらえていますか。

資生堂ジャパンの執行役員 マーケティング本部長(JCMO)の音部大輔氏 資生堂ジャパンの執行役員 マーケティング本部長(JCMO)である音部大輔氏

音部氏:これまでは、「資生堂のエリクシール」、「資生堂のHAKU」など、「資生堂の○○」といったかたちで、「資生堂ブランド」の下にいろいろな商品が入っている仕組み、構造を取ってきました。しかし、われわれは「ブランドは“意味”」だと認識しております。だとすると、「資生堂の○○」と言ってしまうと、意味を持ちにくくなってしまいます。これまで培ってきた「資生堂」としての安心だとか、マジョリティだとかいう意味は確立できるかもしれませんが、たとえば「資生堂のHAKU」となると「資生堂の美白のもの」と言った具合に、意味が簡単に希薄化してしまいます。「資生堂の」という意味が「昔からあって安心」だとすると、「昔からあって安心な美白のもの」となり、まあこれでもいいのかもしれませんが、HAKUであるが故の固有の意味というのが確立しにくくなります。つまり、ブランド化できないというわけです。

 ブランド化できれば、資生堂の下に10個持っているよりも、資生堂を外した10個のほうがより広い意味をカバーできるので、広い面、広いニーズに対応できます。資生堂を冠してしまうと意味は1つだけになってしまいます。そのため、資生堂ではなく、各ブランドごとの意味づけを重視しています。「資生堂」自体のブランディングは、企業として前に出て行く必要があるとき以外は特段訴求していません。

――では、各商品のブランディングはどのようにしていますか。

音部氏:先ほど申し上げたように意味の確立なので、いろいろなタッチポイントを通じて意味を確立させています。ブランドマネジメントを積極的にやっていないと、単純に「モノの名前がブランドで、そのモノを売るんだ」という認識を持つ人もいると思いますが、Philip Kotler氏が「モノを売るためにマーケティングをやるんじゃなくて、売れるモノをつくることがマーケティングだ」と言うように、モノを作って、そのモノに名前を付けて、その名前がブランドだということではないのです。モノそのものがコミュニケーションツールだと認識しています。店頭での経験や利用体験など、さまざまなタッチポイントを通じてブランドを作っています。ブランドは概念存在なので、そこにどう意味を付与するか、そのためにどういう経験をガイドしていけばいいかということです。

 タッチポイントの話になると、よく「ペイド、アーンド、オウンドメディアをどう分けていますか」という質問をされますが、これはあくまで媒体別のアクティビティのことで、それぞれテクニックとしては存在しますが、本当は一連の作業だと思います。たとえば、料理をするときに、「鍋と包丁とまな板をどう使い分けていますか」と聞かれるような感じです。それぞれ使い方はもちろん違いますが。あとは「鍋とやかんをどう使い分けてますか」と言われても、一連の流れの中で使うものなので、「鍋をどう使おうかな」という考え方はあまりしないですよね。目に見える部分では気になるかも知れませんが、考え方としてはあくまでも「消費者の認識がどう変化するか」という部分に執着していて、そのために「何を使うか」ではないでしょうか。もちろん、技術としては、鍋の手入れの仕方があるように「どうアーンドメディアを使うか」というテクニックはあります。でも、アーンドメディアをどう使うかが大事ではなく、どうやって包括的にタッチポイントのプログラミングをするかが大事で、そのためには消費者の認識を中心に考えるということです。

――資生堂の顧客体験とは何を指しますか。またその体験のフィードバックはどのように対応していますか。

音部氏:ブランドに関与することすべてです。SNSの書き込みをする、読む、テレビを見る、テレビの話をする、雑誌を見る、友達が使っているのを見る、店頭で商品を触ってみる、買ってみる、店員さんと話してみる、商品を使う、使うのをやめる、昔の資生堂の口紅を引き出しで見つけるなどなど、これがブランド体験です。

 フィードバックについては特別なことはしていないと思いますが、ソーシャルリスニングをきちんとして、SLI(全国女性消費者パネル調査)やSRI(全国小売店パネル調査)といった調査データ分析、オフライン、オンラインで量的、質的な調査を実施、あとはカウンターで化粧品などを販売しているビューティーコンサルタント(BC)からのフィードバックもあります。BCは直接顧客体験を提供する重要な立場なので、BCからの意見は非常に大切です。定期的に情報があがってくる仕組みを構築しています。

――店頭販売だけでなく自社でECの取り組みもしていますが、デジタルをどう活用していますか。データマネジメントサービスの「トレジャーデータサービス」を採用していますね。

音部氏:トレジャーデータは、われわれのDMPを一緒にやってもらっています。DMP活用の根幹のひとつは、化粧品や美容についての質問や悩みに答える資生堂の総合美容サイト「ワタシプラス」のデータです。ワタシプラスにおいて、どういうユーザーがどういう行動をしたかを把握します。さらに、BCがいるカウンターは非常に重要なタッチポイントなので、メンバーシップカードを通じて店頭とワタシプラスでのユーザーの動向を紐付けた分析もしています。ブランドはいかに意味を付与するか、ということを先に述べましたが、その意味を付与するためにどういう経験をしてもらうかが重要ですので、こうした分析をより理想的なブランド体験をしてもらうために役立てています。

 1つのブランドで1つの意味を確立しようとしていますが、たとえばエリクシールの中には何十ものSKU(Stock Keeping Unit、同じブランドでもアイカラーや口紅の色番号の違いなどアイテムより小さく分類する単位)があって、これらは少しずつ機能の仕方が違うんです。しかし、ベネフィットは1つなんです。ベネフィットが違うのならば別のブランドにすればいいのです。何かいいプロダクトが出来上がって、そこにたまたまエリクシールというブランドがあって、じゃあこのプロダクトをエリクシールで出しておこう、というわけにはいかないのです。

 もう少し具体的に話すと、エリクシールブランドが約束している意味は美しい肌のしるしである「つや玉」です。これがエリクシールのいうところのきれいな肌、美しい肌の定義づけなのです。ブランドマネージメントとはカテゴリーやマーケットにおいてどう定義づけるかなのです。「いい肌、きれいな肌とはつや玉があること」と定義づけているわけです。エリクシールは、すべてのプロダクトの機能がつや玉につながっているのですが、「なぜつや玉がほしいんですか」という動機付けや、「何があればつや玉ができるんですか」という仕組みは、人によって違います。「睡眠不足だから私にはつや玉がないんだ」と思っている人もいれば、「高齢になったから」、「日に当たりすぎたから」などさまざまです。こうしたインサイトは1つではありません。人それぞれ違うため、1つのプロダクトにベネフィットは1つですが、インサイトは2、3個、ひょっとしたら10個ぐらいないとだめかも知れません。こうしたインサイトの違いそれぞれすべてに本当は適応したいのです。

 これは、何十年も前からマーケターがやりたかったことなんです。でも、現実は無理だと。なぜならばプロダクトごと、その各インサイトごとにたとえばテレビCMを100本も作れないからです。だからといってデジタルが出てきて新しい違うマーケティングが始まったわけではありません。こうした昔からやりたかったもののツールがなくてできなかったことが、デジタルによって可能になってきただけの話です。これと同時に、「ユーザーが好意的に広めてくれればいいな」とは昔から思ってきて、デジタルになる前にもそれを実現する手法はありましたが、やたら手間がかかりました。これがいまや、一般的の人びとがデジタルでエンパワーメントされて、発信力を持ち、発言力を持ち、メディア化するようになってきたことで、製品やサービスに満足した顧客から家族や友人、知人など、その製品やサービスの見込客に伝達されるいわゆる「ワード・オブ・マウス」がドライブしやすくなったのです。

 デジタルをどう使うのかと問われたら、「DMPを使ってバナーを最適化します」「ペイドメディアの最適化に活用します」などというのも重要ですし、それはやるでしょう。でもそれは「よく切れる包丁はどれですか」と聞かれているような話で、それは包丁の専門家がやればいいのです。肉を切るにはこれ、野菜を切るにはこれ、といった感じで。「どの包丁がいいですか」ではなくて、むしろマーケターは包丁を選ぶ人に「これを切ります」「こういう料理をしたいです」と言うべきなのです。「塊の肉を骨ごと切りたいです」や「1ミリでスライスしたいです」と言わないで、いきなり「肉切ります」と言われても困るわけです。マーケターは、こういうことを正確に言えないといけません。ついつい「いい包丁をくれ」と言いがちになってしまいますし、言われた方も社内であれ社外であれ「わかりました。考えてみます」と言ってしまいがちですが。

 まとめると2つあって、1つはブランドを訴求する場合にベネフィットは1つだけれどもインサイトが多数に分かれているときに、デジタルを活用すればそれぞれを最適にできます。もう1つはデジタルによって消費者がメディア化しているので、それをうまく促進するようにアプローチすることがデジタルにおける重要な点だと思います。

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