ファッションの世界――きらびやかな憧れの世界。有名デザイナー、カリスマモデル、スタイリストやファッション誌のカリスマ編集長が闊歩する華やかな舞台。
一方、限られた人々の中でビジネス関係が完結する、閉鎖的で排他的な世界。ファッション業界には、永らく変わらずそんなイメージがつきまとう。
しかし今、そんなファッション業界の保守的なマーケティングやPRに、変化の兆しが訪れている。そこには、大きな2つの潮流があるように思える。ファッション業界自体の進化と、ファッション業界ノウハウの他業種への「転用」だ。
ファッション業界におけるマーケティング変革は始まったばかりだ。数年前からデジタルシフトを大胆に進めるバーバリーは、2016年から春と秋のコレクションをひとつに統合すると発表した。
シーズンごとのファションショーを起点にしたマーケティングは、時代遅れになりつつある。プレスやバイヤー向けの特別感のある場よりも、インスタグラムなどのSNSで消費者とつながる重要性が増している。
また、単なる商品PRのパブリシティだけで興味を喚起することも難しくなってきた。なぜそのブランドが注目に値するのか、戦略PRのような手法でムーブメント喚起や空気づくりを行うケースも増えてくるだろう。
他方、「閉ざされた特別な世界」の中で永らく醸成されてきたファッション業界特有のノウハウは、(ある意味皮肉なことに)他業種への転用に大きな可能性を見出せるはずだ。それは例えば、どの業界よりも卓越した「ブランドの世界観を構築する」ノウハウだったり、人々のエモーションに訴えかけるプレゼンテーション・ノウハウだったりする。
家電大手のパナソニックは昨年、自社のスチームアイロンの新規顧客開拓にあたって、ファッションPRの専門家に助言を求めた。ねらいは「スチームアイロンをどれだけファッションのプロに使ってもらうか」。その結果、ひとつの動画が製作された。
ファッションショー本番前の緊張感あふれる楽屋で、スタイリストがモデルの衣装にスチームアイロンを使う。ポイントは、それが実際のファッションショーと人気スタイリストのドキュメントフィルムになっているところだ。「舞台裏」に映し出されるスチームアイロンは、家電量販店で見るそれとは別物のように見える――こうした演出ノウハウを必要としている「非ファッション」ブランドは少なくない。
背景には、「ブランドのありかた」の変化がある。これまでのブランドは、どちらかと言えばブランドの強固な世界観に消費者を「招きいれて」いた。「こっちに入っておいでよ。どう、素敵でしょ?」というわけだ。消費者にとっては、その世界観に浸りきること=「ブランドの消費」だった。
しかし、これからの時代はちょっと違う。消費者はますます、そのブランドが「自分のライフスタイルに対してどんな意味を持つか」を求め始めている。さらに言えば、そのライフスタイルとやらは画一的なものではなく、ひどく多様なものだ。
もはや、ブランドは「招き入れる」ことをやめてそれぞれの消費者に「寄り添って」いかなければならない。「あなたにとってこういう意味がありますよ」という風に。こうなってくると、より感情に訴える多様なブランド・エクスペリエンスの設計が求められるわけで、そこにファッション業界のノウハウ転用の余地があるというわけだ。
こうした流れを受けて、世界の広告PR業界でも買収や提携の動きが起きている。2016年に入ってから、1月には広告世界大手オムニコム傘下のBBDOが高級ファッション専業のウェンズデー・エージェンシー・グループの株式を取得。同じくオムニコム傘下の戦略PR会社、我々ブルーカレントも、日本のファッションPRのパイオニアであるワグ社と2月に業務提携を発表した。
そもそも参入障壁の高いファッション業界だからこそ、そのノウハウの価値は高いといえる。まだまだこの領域の変化は続きそうだ。
この記事はビデオリサーチインタラクティブのコラムからの転載です。
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