Motorolaの買収に見るGoogleの苦悩

栗原潔 (テックバイザージェイピー)2011年08月16日 13時02分

 GoogleがMotorola Mobility(2011年1月に分社化したMotorolaの携帯事業会社)を125億ドルという巨額で買収する意図を発表した件が話題になっています(参照記事)。Motorola Mobilityの時価総額を考えると60%のプレミアムを支払っての買収であり、Google自身も認めるように特許ポートフォリオを固めるための買収というのが一致した見方です。

 Googleは、ここのところ、AppleとMicrosoftによるAndroid携帯機器メーカーに対する訴訟、および、OracleによるGoogle本体への訴訟を初めとする特許攻撃に悩まされていました。ちょっと前にも書いたように、裁判において特許侵害が認められると、実施を完全に禁止するか、ライセンスするかの選択は特許権者の裁量なので訴えられた方はかなり不利になります。侵害が確定した時点で訴えられた側が取れる最善の選択はクロスライセンス、つまり、自分の所有する特許を訴えた側にライセンスする(あるいは訴えた側を逆に訴える)ことで交渉を有利に進めることです。しかし、このためには、自分が強力な特許を所有している必要があります。

 企業にとって充実した特許ポートフォリオは他社を訴えるという攻撃目的にだけではなく、他社から訴えられた時の防衛目的でも重要です。

 しかし、Googleの所有特許数は700件強で、1万件を大きく超えるAppleやMicrosoftと比較して明らかに不利な立場にありました。

 ということで、Googleは、破産したNortelへの特許オークション参加(ただし、Apple/MS連合軍に競り負け)、IBMから1000件以上の特許権購入(参考ブログエントリー)、パテントトロールのInterDigital社の買収検討等、着実に自社特許ポートフォリオ構築の努力を積み重ねてきました。しかし、問題が起きてからあわてて対応するのでは遅すぎるというのが一般的見方です。

 特許が欲しいだけだったらIBMのケースと同じように特許権だけ買えばよいのであって、会社ごと買う必要はないのではないかという意見もあるかもしれません。しかし、Motorola側もおいしいところだけ持って行かれるわけにはいきませんので、特許権のみの売却は拒否した可能性があります。なお、会社ごと買収してしまった場合には、会社所有の特許権は会社の資産ですから、否応なしに特許権も買収されてしまうことになります。

 会社ごと買収してから特許権だけ残して事業会社をスピンアウトしてしまえばよいという意見もあるようですが、時間もかかりますし、そもそも両社間の契約により禁止されている可能性もあるかもしれません。

 いずれにせよMotorola Mobilityの所有特許件数は1万7千件と言われていますので、この買収が成立すれば少なくとも数の上ではGoogleの特許ポートフォリオはかなり強力になります。とは言え、課題がないわけではありません。

 第一に、GoogleはMotorola Mobilityを独立した事業体とすると確約してはいるものの、携帯機器メーカーから中立な立場でオープンなモバイルOSを提供するというAndroidのそもそもの思想が損なわれてしまうことになります。HTC、Samsung等の他の機器メーカーがWindows Phoneに流れる可能性もあります(と言いつつ、MSとNokiaの今後の関係が今以上に強くなる可能性も十分にあるので何とも言えませんが)。かといって、Google+MotorolaでAppleのような強力な垂直統合型ビジネスが展開できるのかというと、これまた難しいと思います。

 第二に、Motorola Mobilityの所有特許は確かに数としては十分ですが、本当にApple/MS/Oracleに対する抑止力になるのかという問題があります。もし、なるのであれば、Motorola自身もAppleやMSから特許攻撃を受けてきた時にもっと有効に使えているはずわけですから、その時に使っているはずではないかというロジックです。
11/08/16訂正:すみません、書き方が不正確でした。MotorolaはMSとAppleに対する訴訟はしています、ただし、今のところ両社からの訴訟の抑止力にはなっていないのではないかという話です)。

 ということで、不確定要素は多いですが、現時点での私の感想を一言で述べるならば、Googleの対応は遅すぎたということです。どんな買い物でもそうであるように、買い手が弱みを抱えた状況であわてて買えば、ほぼ確実に高値づかみをすることになります。

 Googleが最近よく述べているように、現在の(特に米国の)特許システムがイノベーションを阻害しているのではないかという意見には一理あります。しかし、だからといって他社からの特許攻撃対策をとらなくてよいというわけではありません。そもそも、Google自身もスタンフォード大のPageRank特許、そして、Overture社のAdWords特許のライセンスがあってこそ成長できた会社なので、特許システムを軽視することはダブスタだと思います。

 いずれにせよ特許問題がここしばらくのGoogleの最大の悩みの種になることは確実でしょう。ここから先は私の「邪推」になってしまいますが、2011年4月のEric Schmidt氏のCEO退任もこういう事態を見越しての引責辞任(あるいは「勝ち逃げ」)であったのかもしれません。

CNET Japan編集部:本稿はブログ「IT+知財:TechVisor Blog」からの転載です。執筆者の栗原潔氏は、株式会社テックバイザージェイピー代表で弁理士。IT分野に特化した知財コンサルティングを提供しています。

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