キヤノンMJ、CVCで挑む事業変革--販売会社の強み生かし「飛び地」開拓へ

 CVCの取り組みと課題を紹介していく連載「CVCの現在地--共創と新規事業を生み出すための新たなアプローチ」。今回は2024年1月に「Canon Marketing Japan MIRAI Fund」を立ち上げた、キヤノンマーケティングジャパン 企画本部 R&B推進センター 投資担当マネージャーの三宅了太氏にご登場いただいた。社内における事業ポートフォリオの転換をきっかけに立ち上がったCVCの役割や、販売会社ならではの強みを生かしたスタートアップとの共創について、スパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏が聞いた。

キヤノンマーケティングジャパン 企画本部 R&B推進センター 投資担当マネージャーの三宅了太氏(右)、スパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏 (左)
キヤノンマーケティングジャパン 企画本部 R&B推進センター 投資担当マネージャーの三宅了太氏(右)、スパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏 (左)
  1. 経理からR&Bへ、転機になった中国出向
  2. R&DではなくR&Bを組織名に採用した理由
  3. チーム全員のベクトルを合わせる「Willマップ」
  4. 既存事業部とスタートアップをつなぐクロスファンクションチームとは
  5. 求められているのは「転換」、社内にマインドや文化を根付かせる

経理からR&Bへ、転機になった中国出向

岡氏:まず、R&B推進センターや投資担当マネージャーという三宅さんご自身の役割について教えてください。

三宅氏:R&B推進センターは、企画本部の配下にあり、大きくは持続的なポートフォリオ転換を目的とし、新規事業開発とCVCという2つの機能を持っています。両機能がコンビを組み、スタートアップや新しい技術との接点を持つことで、新規事業を生み出し、それをスケールさせていくことが使命です。私自身は、2022年に経営企画に異動し、今回のプロジェクトを担当していますが、それまでは長く経理畑にいました。

岡氏:経理からの異動はご自身の希望だったのですか。

三宅氏:16年ほど経理を担当したうち3年間ほど、中国に出向し新規事業の推進や支援、販売体制の改革といった経営企画的なミッションを担いました。その時に会社経営を適切な方向にドライブさせていく、経営企画のような仕事に高い関心を持ちました。

 日本に帰国してからも経理を担当していましたが、当時の上司や経営層から「いいミッションがある」という話があり、それが今回の異動につながっています。

岡氏:かなりよいタイミングでの異動だったわけですね。現在所属しているR&B推進センターはかなり特徴的な組織だと思いますが、立ち上げの経緯というのは。

三宅氏:正式に部署としてできあがったのは2024年1月です。2021年度の後半から、社内で「事業ポートフォリオ転換プロジェクト」が走り始め、転換していくためにはゼロイチで新規事業を立ち上げるための種を生み出し続けるような機能が必要だろうという議論になりました。ただ、スポット的に作るのではなく、ずっと回り続けるような仕組みが必要であると考え、その1つの機能として立ち上がったのがCVCでした。

岡氏:当初はCVCというより、スタートアップの探索をメインにしていたように感じました。

三宅氏:そうですね。スタートアップにはこれまでも出資してきましたが、うまくいくものとそうでないものがありました。うまくいかなかった原因を考えた時に、試行回数を増やすことと再現性を高める必要があるのではないかと。たまたま良いご縁でご紹介いただいた時だけの単発の出会いのみならず、継続的にスタートアップと知り合える環境が必要で、そのためにCVCは不可欠だろうという結論に至りました。

R&DではなくR&Bを組織名に採用した理由

岡氏:R&B推進センターは、事業開発と投資の機能を持つ冠組織というイメージでしょうか。R&Dはよく聞きますが、R&B推進センターという名称はユニークですね。

三宅氏:将来的にはR&B推進センターが、持続的に事業ポートフォリオを転換していく役割を果たしていきたいと思っています。現在約35人のメンバーがいて、主にCVC運営に関わるのは私も含めて5人。そのほかのメンバーが主に新規事業開発を担っています。

 名称については、社長の足立(キヤノンマーケティングジャパン 代表取締役社長の足立正親氏)が命名しました。Research&Business Developmentの略称で、私たちは販売会社なので、開発機能を持たない。一定の技術に軸足を置かずに事業を新たに作り出していくことがミッションである。ResearchだけではなくBusiness Developmentを起点としていくべきだろうという意味から名付けられました。

 これがベースになっているため、共創先を探す時も、新規事業開発のためにこういう技術を持っているスタートアップはないか、あるいは今あるこの事業に必要な要素を持っている組み手はどこかといった、Business Development主導の探索が中心になっています。

 ただ、これでは経験値や知見がないところにはなかなかたどり着けません。そのため、Research主導で、いまだ顕在化していないような将来の技術や市場へのアプローチも同時に取り組んでいて、第2、第3のパイプラインを作っていこうとしています。

岡氏:リーチしたい領域は社内的に明文化されているのですか。

三宅氏:ある程度はできていますが、この取り組みは収束していくものではないため、明文化している部分のみやっているわけではありません。20年後、30年後の事業ポートフォリオを見据えて継続的に転換し続けるものだと思っています。

 もちろん、スタートアップなどとお話していく中で興味深い技術やサービスに出会ってそこから事業構想をふくらませて出資するケースもありますが、基本的に「飛び地」の新規事業開発を行っていくために、私たちに足りないものを探す目的で取り組んでいます。スタートアップが持つ技術やサービスを見て「何か作ろう」という感じだけではなく、自分たちがやりたいもの、欲しいものを探しに行くのがメインです。

チーム全員のベクトルを合わせる「Willマップ」

岡氏:ソーシングなどの具体的な探索は、各担当者にまかせているのでしょうか。

三宅氏:担当者が独自に動いていますが、それ以前に数年間メンバーが集まって、思いを書き出したものが起点になっていますので、全員のベクトルは合わせています。この書き出したものを私たちは、Will起点の「Willマップ」と呼んでいるのですが、経営陣とディスカッションする中でもWillマップを基に話しており、思いをベースに取り組むことの重要性を実感しています。

岡氏:Willマップはとてもよいアイデアですね。新しい取り組みと現業の関係性はどのように捉えていますか。

三宅氏:現在、いわゆる「キヤノンプロダクト」と「ITソリューション」の2つの柱でやってきましたが、それに加えて第3、第4の柱を作る認識でいます。

岡氏:事業ポートフォリオの転換という成長戦略をはじめ、振り切っている感じがします。このあたりは販売会社であるからこそでしょうか。

三宅氏:そうだと思います。少なくともキヤノンMJには研究開発チームがないので、「この技術は自前でなければだめ」といった概念がありません。会社としてもキヤノンプロダクトの販売、マーケティングというミッションを遂行する一方で、独自の事業を生み出していくことをずっと生業としてきました。

 一つ特徴的な例があって1980年代にはキヤノンMJ(当時の社名はキヤノン販売)が日本におけるアップルの総代理店を担っていました。外部のよい商品を取り入れて販売するというマインドが会社のベースに長くあります。キヤノンプロダクトという軸足はありながら、新しい物を常に探し続けています。

岡氏:御社と共創先、さらにキヤノンとのコラボレーションという展開も考えられますか。

三宅氏:基本的に独自で進めていますが、場合によっては合流やコラボレーションというケースもあるかもしれません。共創のためにはスタートアップの方が一番心地よい状態を作ることが大切だと思っています。

既存事業部とスタートアップをつなぐクロスファンクションチームとは

岡氏:新たな取組みを進めるにあたり、採用方針なども変えているのでしょうか。R&B推進センターとして、キャリア採用などもやられていますか。

三宅氏:私たちとしては飛び地である未知の部分を開拓していこうと思っているので、プロパーの社員だけだと会社への思い入れが強く、難しい部分もあるかもしれません。そうした考えから、最近はキャリア採用も視野に入れ、実際に多く仲間に入っていただいています。

 ただ、プロパーの社員は社内の連携に優れ、多くの仲間を集められるなど、社内で事業を立ち上げる力がある。プロパーの社員とキャリア採用の社員を融合させていくことが必要だと思っています。

岡氏:投資先であるスタートアップと既存事業部との関わり方はいかがですか。

三宅氏:社内に「クロスファンクショナルチーム」(CFT)という組織を持っていて、ここには既存事業部やグループ会社のメンバーを選抜して集めています。このメンバーで中長期的な戦略を考えていますし、その中で、今進めている案件でこういうことがやりたい。スタートアップの力を借りたいといった話しも進めていますので、パスは常に作っています。

岡氏:CFTは、プロジェクトを共有し、足りない部分を補いあえる素晴らしい組織ですね。やはりスタートアップがキヤノンMJに期待するのは販売代理店的な役割を果たしてくれることだと思うので、CFTが今後とても大きな付加価値を生み出すのではないでしょうか。

 一方で短期的な取り組みについてはいかがですか。リターン設計などについて教えてください。

三宅氏:正直、走りながら取り組んでいることもあるので、財務のKPIは現時点で明確には描いていません。経営層から今求められているのは新規事業開発つまり戦略リターンを獲得するためのCVCの推進です。ただ、私個人のミッションとしては課している目標値もあります。この取り組みを強力に先導し、新規事業開発の推進に重きを置いてくれている経営層へ報いるためにも、そしてこの取り組みを持続させるためにも一定の財務リターンは確保したいと考えています。

 また、私の解釈になってしまいますが、事業を立ち上げて、さらにそれをスケールさせるのが大きな目標になっていると思います。この目標を達成するために、スタートアップとは基本的には中長期でのお付き合いになることが前提になっています。

求められているのは「転換」、社内にマインドや文化を根付かせる

岡氏:まさに推進中のCVCですが、今後についてはどのようにお考えですか。

三宅氏:私たち自身が今変革を求められている時期だと思っています。売上や社員の構成もそうですし、歴史的な部分を含めて転換が求められています。当社グループは1月に、マーケティングの力で未来を創る「未来マーケティング企業」を宣言しました。そして、グループパーパス「想いと技術をつなぎ、想像を超える未来を切り拓く」を制定したことも、その変革意識の何よりの表れです。

 同時にR&B推進センターとしては組織を作り、立ち上げることで、経営層から後押ししてもらえるまでになってきましたが、一方で各事業部にいる社員からは「何をやっている組織だろう」と思われている部分があることは事実です。

 今のR&B推進センターのメンバーが船頭役となり、結果を出していくことで社員が未来にワクワクできるような会社に変わっていって欲しいという思いが強いです。

岡氏:販売会社であるというキヤノンMJの特徴を逆手にとって、飛び地に攻めていかれる動きは非常に興味深いですね。かなり複層的にプロジェクトを編成し、CVCだけ、社内起業だけではなくて、全体を有機的に進めていることがよくわかりました。スタートアップと長く付き合い、事業を生み出し、育てていくという世界観が実現できるのではないかと思います。本日はありがとうございました。


岡 洋


岡 洋


スパイラルイノベーションパートナーズ General Partner


2012年にIMJ Investment Partners(現:Spiral Ventures)の立ち上げに参画。その後、MBOを経て2019年にSpiral Innovation Partnersを設立、CVCファンドの運営を開始。2014年頃から投資実務の傍ら、コーポレートベンチャリングを軸とした企業のオープンイノベーション支援を行っており、アクセラレーションプログラムや社内ベンチャー制度の企画運営など幅広くサポート。


CNET Japanの記事を毎朝メールでまとめ読み(無料)

-PR-企画広告

企画広告一覧

このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]