事業会社が自己資金でスタートアップなどに出資するコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)がここ数年増加している。異業種への参入や新規事業の加速など、本業以外の事業を手掛ける際、有効な手立ての1つとされるCVCの設立。しかし、うまくシナジーを生み出せない、リターンが得られないなど課題を抱える企業も少なくない。そうした数々の課題をともに悩みながら解決し、社内の新規事業、CVC、VCと立場を変えながら大手企業スタートアップの双方と接してきたスパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏にCVCの今について聞いた。
――スパイラルイノベーションパートナーズ(スパイラルキャピタル・グループ)でGeneral Partnerを務める岡さんですが、ウェブサイトの構築などを手掛けるアイ・エム・ジェイでキャリアをスタートされたそうですね。
ウェブやモバイルサイトの構築、さらには映画などの制作も手掛けていたアイ・エム・ジェイに新卒として入社しました。当時はものづくりがしたいという思いが強かったですね。入社して数年は企業のウェブサイトやECサイトの構築などを行っていましたが、徐々に事業開発をしたいという思いが強くなり、自社事業の中でも成功していたアフィリエイト事業の部署に異動させてもらい、ブロガーや広告主の開拓に従事しました。その後、スマートフォン事業の買収に伴いスマートフォンアプリの事業開発などを手掛けました。
――いわゆる社内の新規事業を担当されていた。
実際やってみるとかなり大変でしたね。リソースが限られた中での運営でしたし、マイナーチェンジするたびに役員会での承認が必要で、当時の状況にかなり悩んでいました。そんな時に米国に拠点を置くシードアクセラレーターのYコンビネータの存在を知り、投資しながらリーンに事業開発をする手法に感銘を受けました。
ちょうど同じ頃、アイ・エム・ジェイが投資前提でシードアクセラレーションプログラムをスタートするというリリースが出ました。それをみて「これだ」と感じ、すぐに役員にメールをし、その部署に異動を願い出ました。
――当時、シードアクセラレーターをやられていた企業はかなり少なかったと思います。異動はすぐにかなったのですか。
担当役員の秘書が同期だったこともあり、すぐにつないでくれて、1週間ほどで無事に異動できました。当時は投資をしながら事業開発をするのがあるべき姿、と思っていたので、事業開発をしっかりやりたいという思いが強かったですね。
あの頃としてはかなり珍しい動きだったと思いますが、今のような規模ではなく、300万~1000万円の資金をスタートアップに投資して、一緒に事業を作っていくという感じでした。実際やってみると、事業を作るのは本当に難しくて。アプリ全盛の時代だったので、かなりそちら側に振り切った投資をしていたのですが、まずプロダクトを作りきれない。ローンチができても売れない、資金が足りなくなる、チームが解散してしまうなど、本当にいくつも大変なことが起こりました。
投資に加えてオフィスを提供していたので、スタートアップ内にかなり入り込んでいたのですが、最初の頃は私1人だけアイ・エム・ジェイ側のスタッフとしてオフィスにいて、日夜ディスカッションしたり、開発やデザイナーの社内スタッフを紹介したり、一緒に悩みながら進めていたという感じでしたね。
――自ら新規事業を担当されていた時と、投資してスタートアップとともに新規事業を立ち上げていた時の違いは。
圧倒的にスピード感ですね。当たり前なのですが、スタートアップは開発リソースがあるので、自分たちでなんでも作れる。アイ・エム・ジェイで新規事業をやっていたときは外注先を探すところから始めていました。なのでやり取りの時間が発生してしまいますし、予算取り、指示出し、確認ととにかく時間がかかる。
スピードに加えて熱量も全く違う。スタートアップの方は、常にユーザーを研究し、プロダクトがよくなることだけを考えている。私自身、新規事業を担当していた時はもちろん本気で全力を尽くしていましたが、スタートアップの方たちの熱量を目の当たりにして、これは違うなというのが本当によくわかりました。
この違いがわかったことからも、新規事業の立ち上げを経験していて良かったと思いました。また、以前取り組んでいた企業のウェブサイト構築などのクライアントワークの経験も実はこの時かなり役立ちました。要件や仕様を決め、マイルストーンを作って、だれにでもわかるように説明する。これはクライアントワークをやっていると当たり前のことですが、スタートアップの方からみるとかなり新鮮だったようです。勢いだけで進んでしまいそうな時に、調整役になって、ロードマップを作ってみようと提案をできることは、プラスに働いたと思います。
――一緒に事業を作ってきたメンバーとして思い出深いスタートアップはありますか。
思い出深いというか、印象に強く残っているのはビジョナルですね。Spiral Capital Japan Fund1号の初投資先だったのですが、南さん(ビジョナル 代表取締役社長の南壮一郎氏)は当時からものすごい起業家がいると噂の人物で、そのダイナミックな成長を間近で見ながら、日本の歴史に残る起業家とお仕事できたことは貴重な経験となりました。そのほか、事業を売却したり、会社を畳まれた方もいらっしゃいますし、それぞれの道を歩まれています。その1社1社が思い出深く、転職されて上場を果たしたなどと聞くと、とてもうれしい気持ちになります。
――逆に辛いのはどんな時ですか。
本当にたくさんあるのですけれど(笑)、協調投資をしている株主から投資先が訴えられたこともありますし、4人で起業したスタートアップで、創業者の3人がいなくなったこともあります。何か起こると、私が間に入ることもあるのですが、流れ弾も結構ありまして、もうその時は嫌われ役を買って出るしかないなと。時には言いにくいことも言わなくてはならない立場なんです。
こうした辛い経験があるからこそ、うれしいときは泣けるぐらいうれしい。私たちの仕事は表に出づらい側面があって、ニュースになるのはファンドレイズや投資した時、後はイグジットの時ぐらいですよね。でもイグジットまでには多くの場合7~8年はかかりますし、その間は山、谷、谷、谷、山と谷の期間がとにかく長い。それを乗り越えてのイグジットなので、本当にうれしいです。
――今のお話からも多くの危機を乗り越えられていると察しますが、岡さんご自身の忘れられない経験とは。
こちらもたくさんありますが、前述のシードアクセラレーションプログラムの立ち上げ時に、他の役員の方にこれは本当に成功しないぞと、かなりストレートに言われたことがあります。ただ、私には、これからはスタートアップが市場を引っ張る存在になるという強い信念があったので、見ていてくださいと心の中でお返事して、ここまでやってこられたと思っています。
――現在はスパイラルキャピタルグループというVCの中でお仕事されていますが、VCとCVCの違いはどのあたりでしょうか。
CVCは本業がある中で戦略的リターンを追う、違いはこの1点だと思います。VCはキャピタルゲインが最大の目的なので、ピボットもOKですし、当初とは全く違う会社になってもいい。ここまで割り切れるので、大化けするかもしれないと感じる起業家にフルスイングで投資できます。
どちらも経験してきて、各々の良さを感じますが、今はCVCの面白さが強いかもしれないですね。元々人がやらないことをやりたいタイプなんです。アイ・エム・ジェイでCVCを始めた頃は、事業シナジーも生まれず、時間がかかる割にリターンがでないという厳しい時期もありました。その中でも腐らず、目の前のことに真摯に向き合う中で、各社のCVC立ち上げをサポートするに至りました。
私自身、CVCの運用を通じて本当にいろいろな経験をしてきましたし、ノウハウもかなり溜まっていますので、この知見を世の中に還元していきたいという思いがあります。その経験を経て、私だから作れるCVCがあると思いますし、今やるべきなのはCVCという思いが強いですね。
――かなり混沌としていた時代からCVCの動きを見られていたと思います。当時と今で変わった部分というのは。
スタートアップファーストの考え方が浸透したことだと思います。以前はやはり主従関係というか、スタートアップは下請けという見方をする大手企業の方もいらっしゃいました。現在は、スタートアップの価値をみなさんが感じていて、事業共創が前提で、大手企業側から提供できることは何かないかという目線で接してくださいます。
ここまで変化した背景にはスタートアップの成功が大きく寄与しています。さまざまなスタートアップの成功を目の当たりにする中で、これはやらざるを得ないという空気になってきた。加えて、KDDIのような大手企業がスタートアップを後押しする動きが出てきたこともプラスに作用したと思います。
――CVCを運営する上で、必要なことはなんでしょう。
最近感じているのは、自分たちの利益だけを考えていると、最大の利益は得られないということです。業界全体に波及するエコシステムを考え、スタートアップとの連携を最大化しないといけない。そのために必要なのが、CVCでありながらも、極力自社の色をつけないというスタートアップファーストな思考です。事業連携やシナジーだけを追い求めず、エコシステム全体に投資するくらいの気持ちで取り組むのが、本来のCVCの姿ではないかと思っています。
日本のCVCの状況は大きく改善されてきましたが、米国に比べると違いはまだ大きい。米国では、スタートアップとどう対話していくかを戦略上盛り込むことが当たり前ですが、日本では、本業とCVCの戦略がリンクしておらず、関係が希薄なケースも多く、そのため、社内での理解も得られにくい。また、IR上投資予算を確保してもそのうちの何割かしか投資していないというケースも多くみられます。
こういうことが起きるのは、スタートアップエコシステムに対して、まだまだ疑心暗鬼な部分があるのではないでしょうか。日本のCVCはもっとダイナミックに動くことが必要ですし、自社の戦略に即した形で適切なリスクテイクをして欲しいと思っています。
――日本のCVCがさらに成長するためには米国市場を学ぶことが必要なのでしょうか。
真似たからといってできるものではなくて、やはり時間をかけて長期目線で取り組むことが必要だと思います。日本のCVCには、長期目線で体制を構築するといった感覚を持っている方がまだ多くないので、この部分を強化する必要はあるでしょう。社内で育成していくべきだと思いますし、それだけでは足りないので、外部の人材を活用するなど、手立てを打つべきだと考えています。そのために、当社のようなベンチャーキャピタルがありますし、お手伝いができればと思っています。
ちょっと宣伝になってしまいましたが(笑)、自前でやることにこだわらず、世の中にあるノウハウを使っていただければ、最短ルートでCVCを構築できると考えています。
――これからどんなスタートアップと出会いたいですか。
私はCVCファンドをメインミッションとしていることもあり、ユニコーン・デカコーン企業だけを追い求めている訳ではないんですよね。もちろん大きく成長する企業を生み出したいのは大前提で、加えて大企業とともに社会を変えていくスタートアップに投資したいという気持ちがずっとあります。この会社に投資したら、社会的なインパクトを生む、価値を感じてくれるユーザーが必ずいる、という地力を持ったスタートアップと出会いたいですね。ジャンルでいうと、物流は面白いと思っています。インフラとして広がっていくような事業が私自身好きというのもあるのですが、例えば、商用車の自動運転は今の日本で待たれている技術ですよね。それが広がると物流施設も変わってくるし、メンテナンスをする事業も変化が必要になってくる、というように、産業を超えた事業の広がりにも期待しています。
出会いたいスタートアップと知り合うためには、常にオープンマインドでスタートアップの方がいる場所にとにかく足を運ぶようにしています。この仕事を始めた当初は向こう1カ月、カンファレンス、ピッチイベントなど全てに参加していました。そこで、少しずつ顔を売って、そのうち人づてでご紹介がいただけるようになりましたね。
あともう一つ重要なのがSNSの活用。苦手という方も多いかもしれませんが、最低限「Facebook」と「X」は取り組むべきです。スタートアップの方はSNSで情報収集しているケースが多いので、アプローチしたいなと思ってもらった時にどこにも情報がないのはもったいないですよね。
スタートアップの方との縁はわらしべ長者的につながっていくものだと思っているので、最初の一歩を作ること、そこから広げていくしかないので、入口は広いほうがいいと思います。
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