セイノーHD、スタートアップ連携で物流革新へ--社会課題解決に挑むCVCの取り組み

 CVCの取り組みと課題を紹介していく連載「CVCの現在地--共創と新規事業を生み出すための新たなアプローチ」。今回は「Value Chain Innovation Fund」を運営するセイノーホールディングス 執行役員 オープンイノベーション推進室室長 兼 事業推進部ラストワンマイル推進チーム担当の河合秀治氏にご登場いただいた。スタートアップと組み、すでに実証実験などにも乗り出す案件をいくつも生み出している同社のCVC設立の背景から、現在抱える課題、人材育成などについて、スパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏が聞いた。

セイノーホールディングス 執行役員 オープンイノベーション推進室室長 兼 事業推進部ラストワンマイル推進チーム担当の河合秀治氏(右)、スパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏 (左)
セイノーホールディングス 執行役員 オープンイノベーション推進室室長 兼 事業推進部ラストワンマイル推進チーム担当の河合秀治氏(右)、スパイラルイノベーションパートナーズ General Partnerの岡洋氏 (左)
  1. 急成長する宅配便需要の中、浮き彫りになった「ラストワンマイル」問題
  2. 「バランスを崩している」投資は失敗する
  3. スタートアップとのチーム作りに必要なのは「カルチャーフィット」
  4. オープンイノベーション推進室を社内の「登竜門」にしていきたい
  5. 物流や流通の課題を感じた時に「いの一番」に思い浮かぶ会社でありたい

急成長する宅配便需要の中、浮き彫りになった「ラストワンマイル」問題

岡氏:河合さんとは「Logistics Innovation Fund」に続き2023年設立の「Value Chain Innovation Fund」でもご一緒させていただいていますが、今、手掛けている事業について改めて教えていただけますか。

河合氏:セイノーホールディングスのオープンイノベーション推進室を管掌しているのと、ラストワンマイル推進チームを担当しています。オープンイノベーション推進室は新規事業、M&A、事業承継ファンド、CVCと4つ事業を展開しています。関連して、9つの事業会社の代表取締役を兼務、うち4つの会社で社長を務めていて、経営と投資、新規事業を同時に見ている感じですね。

岡氏:かなりのボリュームですね。もともと事業も投資も両方手掛けたいという思いがあったのでしょうか。

河合氏:2011年に社内で起業させてもらい、3年程度は事業にフルコミットし、4年目を迎える頃には黒字化が見えてきました。新規事業自体は大きく広がってきたという手応えがあったのですが、会社全体の事業ポートフォリオを見たときに、今までの路線混載事業だけではなくて、新たな領域への取り組みが必要だと考えました。ちょうどその頃、コールドチェーン領域の事業を始めたのですが、こうした新しい領域へのチャレンジが必要だなと。新たなチャレンジをするためには仲間を増やさなければと思い立ち上げたのが、オープンイノベーション推進室です。

岡氏:当時、事業自体はかなり好調だった印象ですが、なぜラストワンマイルにも注力しはじめたのですか。

河合氏:新型コロナウイルスの影響もあり、宅配便の需要自体は伸びていましたが、宅配クライシスという言葉が出始めた頃で、ラストワンマイルの重要性を強く意識しました。本業自体はもちろんとても大事ですが、その先の事業を作ることも重要で、ラストワンマイル領域にさらにアクセルを踏んでいこうという思いが強かったですね。

 その頃には当初3人だったオープンイノベーション推進室も10数人へと拡充してきて、周りの方にサポートしていただける体制も整ってきた。そこでラストワンマイル領域のM&Aを立て続けに実施するなど、新しい領域に踏み出しました。

岡氏:立ち上げ当初に比べてオープンイノベーション推進室の立ち位置も変わってきましたか。

河合氏:ものすごくパワフルになっていますね。加えて社内外の認知度が高まりました。今まではチーム内だけという動きだったものが、チームメンバーとスタートアップの方など、外部の方とチームを組めるようになってきた。加えて「あのチームは何かやっているな」というレベルだった社内認知が、仕事の中身まで理解してもらえるようになってきました。これは最近特に強く感じますね。

岡氏:社内での認知拡大は、継続して実施されている「Open Innovation SUMMIT」の貢献も大きい気がします。

河合氏:そうですね。オープンイノベーション推進室が主催しているOpen Innovation SUMMITは、CVCやM&Aの活動で得た知見を社内に共有する場として実施しています。スタートアップの方に登壇していただいたり、岡さんにもお話いただいたりしていますが、社内からは90社ほどあるグループ会社の経営陣が参加しています。オンラインで開催しているので、北海道から沖縄まで、さらにはインドネシアの現地法人のトップも見ていて、参加者は120人くらい。ただ、次回からはここに社外の方も参加していただけるような形に変えていく予定です。

岡氏:登壇させていただくと、お伝えしたいことが多すぎてついつい話が長くなってしまいます。

河合氏:みなさん熱のこもったお話をいただけるので、全体的にスケジュール通りには進まなくて、運営担当者は大変そうです(笑)。

「バランスを崩している」投資は失敗する

岡氏:オープンイノベーション推進室として幅広い事業を手掛けられる中で、CVCについてお伺いしたいのですが、設立の経緯というのは。

河合氏:まず2016年設立のスパイラル1号ファンドに、Limited Partner(LP)出資という形で取り組んでいます。この形を採用したのは、サポートしていただいたスパイラルキャピタルグループにスタートアップの方がいる場所に導いてほしかったからです。あの頃は、今でいうDXに近い意味合いだと思いますが、クロステック領域が注目されていて、私たちもそこに課題感を持っていました。

 実際、スパイラルキャピタルグループとご一緒させていただき、本当にいろいろなネットワークを築かせていただきました。加えて私たち独自でもネットワークが作れるようになってきた。スタートアップの方とつながっても、新しい価値を生まなければ意味がありません。例えば、スタートアップの方が開発したアプリを私たちが使うだけではだめで、私たちが主体性をもって、一緒にプロジェクトを作るような取り組みが大事だと思っています。その時のプロジェクト予算を、投資という形でスタートアップに預ける。これがやりやすいのではないかと思い始めました。

 それまでも、R&D予算のような形で投資していたのですが、なかなか進まず、プロジェクトが作れるような枠組みがいるなと。その答えの1つがCVCでした。もちろん自分たちだけで手掛けるという選択肢もありましたが、投資を先行している企業の事例を参考に今の形に帰結し、2019年に「Logistics Innovation Fund」を設立しました。

岡氏:以前は直接投資もやられていて、御社内で完結もできたと思います。あえて外部に委託した理由というのは。

河合氏:戦略的にいうと複数社へ投資していくなかで、取りまとめて結果が見られる形が、私たちのやり方に合っていると考えました。また、内部の人間だけで取り組むと、サイロ化して外部の意見が入りづらくなる。外の意見もしっかりと入れ込む仕組みはあったほうがいいですよね。

 ただ、「あとはお任せ」という形ではなく、私たちもきちんと主体性をもって関わることが今のスキームにつながっています。最終的に自分たちもプロジェクト作って新しい価値を生み出す、ここにはフルコミットしようと考えています。

 得意な領域であれば、自社内でできる可能性もありますが、苦手な領域はきちんとお任せして、外部の冷静な視点を入れることが大事だなと。投資の失敗案件というのは概ねバランスを崩しています。「業務的にこれはかなり面白そう」という思いが先行してしまって、事業計画などが後回しになってしまう。語弊があるかもしれませんが、プレゼンが上手な起業家に出会うと、この人と組みたいと思ってしまいますよね。そうではなくて、バランスを見ることが重要だと思っています。

岡氏:直接投資だと、やはり一社一社の勝敗的なものも求められますね。

河合氏:それも大きいですね。リスクヘッジという意味でも10割バッターを目指すことが求められますが、現実的には大谷(ドジャースの大谷翔平選手)さんでも3割なわけですし(笑)。

岡氏:どのような基準でパートナーとなるVCを選ばれているのですか。

河合氏:実際、多くのVCの方にお会いしました。やはり大きいのはカルチャーフィットかなと。ご一緒させていただくと10年というロングスパンでのお付き合いになりますし、お互いの一体感が出せるのは大事だと思います。資金面はVC、事業面は運営会社という感じになると、スタートアップの方も混乱してしまいますし、逆に資金面だけを見続けるのであればCVCでなくてもいいかもしれません。外から見ても岡さんと私がいいチームだと思ってもらえることが大事だと思っています。

岡氏:おっしゃるとおりで、私自身セイノーの社員だという心持ちでいますし、そう思ってもらえるような関係が良いと思っています。

河合氏:あとレスポンスが早いのも助かりますね。問い合わせに対して3〜4週間も返答がないと不安になりますが、岡さんはメッセンジャーやLINEですぐに回答がいただける。そのあたりも大きい気がします。

スタートアップとのチーム作りに必要なのは「カルチャーフィット」

岡氏:2019年からCVCを立ち上げて、すでに実績も積み上げていらっしゃいます。印象深いプロジェクトなどはありますか。

河合氏:初期に大きな実績として出せたのはミナカラと共同開発した物流センター内の調剤薬局「セントラル調剤薬局」です。倉庫内に薬局機能をもたせるのは考えられないことではありませんが、セイノー単独では絶対にできなかった事業です。物流はもちろん重要ですが、サプライチェーンを俯瞰的に見てソリューションを考えないとインパクトは薄い。上流域からミナカラと一緒に組んで、下流域を効率化する。これは社会に求められていたとても大きなイノベーションだと思います。

 また、エアロネクストとのプロジェクトも非常にいいチームになっていると思います。山梨県小菅村をはじめ、北海道上士幌町、福井県敦賀市、茨城県境町と多くの自治体と連携していただいていますが、地域の物流課題を解決するため新しいインフラ構築を行っており、ドローンも活用する取り組みになっています。

 私たちのメンバーとエアロネクスト側のスタッフが1つのプロジェクトをともに取り組んでいる姿勢がとてもよくて、投資先なんだからとか、セイノー側がもっとこうやってくれといったやり取りではなくて、ゴールに向かってそれぞれの役割を全うする形で進んでいます。過疎地域の物流課題は、テクノロジーを物流の中に入れ込み、解決したいという思いがずっとありましたが、具現化できていませんでした。それが、エアロネクストとのプロジェクトで、ドローンを取り入れる、共同配送を始めるなどのきっかけ作りになったと思います。

岡氏:エアロネクストとのプロジェクトはオープンパブリックプラットフォーム(OPP)の事例としても意義深いですね。ラストワンマイル問題ということで、河合さんの直接管掌であるラストワンマイルチームと組めたことも大きいのではないでしょうか。

河合氏:地域に対しても非常大きなメリットを提供できていると思うので、地域と物流、双方の課題が解決できていると思います。結果的に良いチームが築けていますが、スタートアップの方とのチーム作りも、やはりカルチャーフィットが重要です。スピード感をもって取り組まないといけませんし、ロジスティクスの専門性がないと対応が難しいなど、このあたりの意思疎通できるかが大切ですね。

 特に意思決定の迅速性は、プロジェクトの初期段階で非常に求められていて、スピード感を持って動けるチームづくりを心がけています。

岡氏:だからこそグランドデザインが描けるのですね。社内を見渡して、良いチームを作れるのは、事業に理解があるオープンイノベーション推進室がハブとして機能している証拠だと思います。

河合氏:最近思うのは、セイノー側が進めたいと考えている課題に対して、スタートアップ側が持っているソリューションがフィットすると進みやすいということ。あえてやることを作り、では一緒に始めましょうというよりは、戦略にフィットさせるのがポイントなのではないかと思います。

岡氏:そういう事例はスピード感もありますよね。ミナカラとの「セントラル調剤薬局」はローンチまで半年程度だったのではないでしょうか。

河合氏:そうですね。スタートアップの方は仕事がはやいんですよね。まず、薬剤師の方をアサインして、と思っていたところに、アサインしました、という連絡がきたり。そのスピードにきちんと連携することがセイノー側に求められている部分でもあります。

オープンイノベーション推進室を社内の「登竜門」にしていきたい

岡氏:スタートアップのスピード感に対応できる人材も育ってきていますか。専門知識を持つ外部スタッフを入れるという選択肢もあると思いますが。

河合氏:必要に応じて外部の方に入っていただくなど、オープンにやっていきたいと思っていますが、オープンイノベーション推進室が、社内の人材を育てる役割も担いたいと思っていて、外部の方に入っていただいても、その方に任せっきりというよりは、社内のメンバーも一緒に入り、その方から学ばせてもらうという感じになるかなと。

 最近、この部署を社内の中で通らなければいけない部署の1つにしたいと考えています。外部の方と組む、事業計画を作る、お客様の課題を解決する、こうした仕事を手掛けられるのは先々のキャリアを考えた上でも重要だと思っています。ここで新しい知識を得て、経営層になっていくかもしれませんし、別の事業会社にコンバートしていくかもしれません。スタートアップへの出向というのも考えられます。いろいろな方向性が考えられるようになるといいなと思っています。

岡氏:ビジネスパーソンとしてのキャリアを考えると非常に良い経験を積めると思いますが、せっかく育った人材が流出してしまう可能性もありませんか。

河合氏:難しい問題ではありますが、本人次第ですね。ただ、囲い込んだり、足かせをはめたりすることは絶対にしたくない。ただ、出戻りOKみたいな雰囲気は常に出しています。

物流や流通の課題を感じた時に「いの一番」に思い浮かぶ会社でありたい

岡氏:CVCとしてスタートアップと知り合うことは重要な仕事の1つです。河合さんご自身はこの部分をどうやって広げられてきたのでしょう。

河合氏:最初の頃は、地方も含めすべてのイベントに出席していました。ありとあらゆる場所に顔を出していましたが、ここ最近はありがたいことに認知もいただいて、ご紹介いただけることも多くなってきました。

 私たちとしては、物流や流通の課題を感じたり、関連する実証実験を実施したいと思った時に、いの一番に思い浮かぶ会社でありたい。物流なら(セイノーHDのロゴマークである)「カンガルー」が浮かぶようになりたいです。

岡氏:すでになっているような気がしますが、この認知を拡大するには、投資、事業連携といった活動を増やしていくイメージですか。

河合氏:そうですね。あと「とにかく一緒に一度考えてみよう」という姿勢を見せ続けることも大事かなと。実は、私たちの物流の現場に来てくださる外部の方は結構多くて、なにか課題があった時に「では、一度うちの現場で話しましょうか」というケースが増えているんですね。これは全国各地に現場があり、リアルな場をお見せできるからこそのメリットだと感じています。

 こんな荷物があり、こういう運び方をしている、トラックの大きさはこのくらいなど、リアルな現場を知ってもらえる会社だと認識していただきたいです。

岡氏:現場でお話ができると一気に親密になりますね。その現場感を通して、カルチャーフィット的な部分も理解できそうですね。

河合氏:そうなんです。実際に配送のトラックに同乗される方もいらっしゃいます。「いずれ行きます」というようなお返事だと事業も進まない。そういう現場のノリを共有できることはカルチャーフィットできるかどうかを知る上でも大事ですね。

岡氏:しっかりと現場を巻き込んで進められているのですね。この先、CVCを手掛けられていく上で課題を感じている部分はありますか。

河合氏:社内における活動は、実績を積み上げてきたと思うので、今後は業界、社会の課題に向き合っていかなければいけないと思っています。これができてこそ、業界にインパクトを与えられると思いますが、これはスタートアップにとっても、私たちにとっても1社では難しい。

 エアロネクストと自治体、私たちセイノーで取り組んだ過疎地物流が近しい事例だと思いますが、スタートアップとセイノーにもう少しプレーヤーを加えて、世の中にインパクトを与えるものを作らなければと感じています。

小菅村、エアロネクスト、NEXT DELIVERY、セイノーHDがドローンを含む次世代高度技術の活用による地方創生に向けた包括連携協定を締結
小菅村、エアロネクスト、NEXT DELIVERY、セイノーHDがドローンを含む次世代高度技術の活用による地方創生に向けた包括連携協定を締結

岡氏:そのような意味からも、「Value Chain Innovation Fund」というファンド名にセイノーという社名を入れていないのでしょうか。

河合氏:そうですね。名前の通り、バリューチェーン全体にイノベーションがないと、この分野の課題は解決できないと思っています。今思うと壮大な名前をつけたなと思いますが(笑)、だからこそ、幅広い投資ができると思っていますし、知り合ったメンバーの方とともにバリューチェーンのイノベーションに取り組んでいきたいと思っています。

岡氏:他社や業界などあらゆる方を巻き込んでの展開を期待しています。本日はありがとうございました。

岡 洋

岡 洋

スパイラルイノベーションパートナーズ General Partner

2012年にIMJ Investment Partners(現:Spiral Ventures)の立ち上げに参画。その後、MBOを経て2019年にSpiral Innovation Partnersを設立、CVCファンドの運営を開始。2014年頃から投資実務の傍ら、コーポレートベンチャリングを軸とした企業のオープンイノベーション支援を行っており、アクセラレーションプログラムや社内ベンチャー制度の企画運営など幅広くサポート。

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