ただ、それよりも大きな懸念は、その先のこと――中国再参入がうまくいった場合に、Googleに対して新たにどんな要求が突きつけられるかわからないという点だろう。
2つの動画に出てくる監視カメラと顔認識技術は、社会信用システムの不可欠な構成要素(さらに最近では、顔認識の代わりに、人の身体的特徴と歩き方で個人を特定できると謳った技術まで発表されていた)。ただ、そういう技術がどの程度の精度に達しているかは不明で、上掲の動画(いずれも2017年公開)ではすでにきちんと稼働しているようにも見えるが、実情はまだまだこれから……そんなことを思わせる記事を最近目にした。
「バスの車体に描かれた広告中の女性の顔を本物と間違え、本人が赤信号で道路を横切ったと勘違いして、近くにある電光掲示板に見せしめの警告を表示した」というのがWeiboなどで話題になっていたそうだ。この女性は大手家電メーカーを経営する董明珠氏であり、しかも26年間で1日も仕事を休んでいないことで知られているというから、その顔がいきなり街角の掲示板に表示されたら、誰でもすぐに間違いに気付くに違いない。
そういう精度の技術を、使い物になるレベルに、しかもなるべく早急にもっていきたい。そう考える立場の人間からすると、Googleの持つ人的リソースや知的財産はたいそう魅力的なものに見えるはずだ。Googleといえば、Geoffrey Hinton氏(機械学習の専門家)がおり、また少し前までFei-Fei Li氏(画像認識の専門家)がいた会社である。
そうした分野での協力要請が出てきた場合に、Google経営陣はどうするのか。あるいは、Googleの技術も取り込んだ国民監視用システムが実用レベルに達し、ソフトウェアからハードウェア、通信インフラまでひっくるめたパッケージ=包括的ソリューションとして中国から他の国々に輸出されるといった可能性がもし具体的になった場合にどうしようと考えているのか。さらに言えば、「中国でできていることが、どうして自国内でできないんだ」と米国当局から協力するよう圧力をかけられる可能性が出てきた場合にどうするのか。
Snowden氏の暴露で明らかになったNSAの大規模データ収集活動の一件のように、為政者が国民を管理・制御したいと欲するのは、なにも現代の中国に限った話ではない。冒頭に挙げたGoogle従業員の抗議のブログのなかにも、「われわれがDragonflyに反対するのは、その対象が中国だからではない。力のある者が弱い立場の人たちを抑圧するのに使われる技術(の開発)に反対しているのだ。(中略)中国にDragonflyを投入すれば、現在の不安定な政治状況のなかで危険な前例ができてしまう。そんな前例がいったんできてしまうと、ほかの国々から似たような譲歩を要求された場合にGoogleが拒否するのはもっと困難になる」との一節がある。
Appleなどとは違い、Googleは幸いにも、いまのところ中国政府との利害関係が殆どない。アリババやテンセントのように、中国政府のお墨付きを得て巨大になった企業、つまり政府への協力を前提にしなくては存在できないわけでもない。14億人の市場をこのまま指を加えて見ているわけにはいかないとDragonflyプロジェクトを進めている人たちは考えているのかもしれない。だが、いまの状況で動けば将来(中国だけでなくほかの地域にも影響を及ぼしそうな)大きな禍根を残すことになりかねない。そんな危ない橋を(従業員からの抗議や、あるいは自国政府や議会の突き上げにあいながら)わざわざ渡る価値がそれでもあるというのだろうか……。
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