デジタルトランスフォーメーションの推進には、テクノロジの戦略的活用が不可欠であり、結果としてIT部門に寄せられる期待や果たすべき役割は、今日非常に大きいものとなっています。一方で、いまだ多くの企業においては、IT部門が二次的な役割に甘んじている、十分な権限が与えられていない、など推進上の大きな壁となっているのが実態です。
本稿では、マーケティング部門とIT部門の構造的な違いに着目しつつ、どのように両者が協業を果たし、デジタルトランスフォーメーションの実現を目指すべきか、電通デジタルの方法論を紹介していきます。
デジタルトランスフォーメーションの担い手は誰であるべきか。電通デジタルがForrester Consultingに委託し実施した調査(株式会社電通デジタル委託 Forrester Consulting社 ソートリーダシップ報告書 2017年8月「日本におけるデジタルトランスフォーメーションおよびデジタルマーケティングに関する実態調査(2017年度)」)によると、それはCIOであるべきという回答が約40%とトップであり、CMO/CDO、ひいてはCEOといった回答を大きく上回る結果が得られました。
回答者の所属をIT部門以外の事業部門に絞っても、CIOはCMOと同等に重要と考えられている存在であり、デジタルトランスフォーメーションに際して、CIOとその率いるIT部門が大きな期待と責任を寄せられている状況が伺えます。
しかし実態はどうでしょうか。
私たち電通デジタルには、デジタルトランスフォーメーション実現に向けた、主にシステム化を巡る課題や悩みが、日々多く持ち込まれています。そしてそのようなコンサルティング案件の多くで共通するのは、マーケティング部門とIT部門の分断・見解の相違であり、全社横断的な取り組みを阻んでいるという実態です。
「IT部門は、その寄せられている期待と責任に対し、現実には十分に応えきれていない」
電通デジタルでは、この状況を、デジタルトランスフォーメーションを阻んでいる大きな課題の一つと捉えています。この課題をいかに乗り越え、マーケティング部門とIT部門が協業・連携を果たすかが、多くの企業に求められている処方箋になるでしょう。
なぜIT部門との連携が難しいのか。IT部門の視点も取り入れることでこの理由を考えてみましょう。
(1)企画内容が、システム化に踏み出すには不十分
驚くほど多くのプロジェクトが、システム化に踏み出す前に足踏みをしており、IT部門に企画を受け取ってもらうことに苦労しています。デジタルトランスフォーメーションはゼロベースで企画されることが多いため、既存の業務運用やシステムを前提に考えるIT部門には、なかなか理解が難しい傾向にあります。また、マーケティング部門にとっても、企画の意図や理由を説明することが難しいテーマです。そのため、説明が不足した、打ち手ありきの企画に見られがちであるということにも気を付ける必要があります。こうした理由により、企画はまだ“やりたいこと”を示せていない、システム化は尚早と判断されるケースが多くみられます。
(2)決めた内容が変わるため、なかなかシステム化できない
プロジェクトの混乱や長期化も非常に多く聞かれるようになってきました。システム化とは、変わらない“型”があることが大前提です。しかしマーケティング部門にとっては“変える”ことは業務の本質といってもいいでしょう。プロジェクトが動き出しても、環境が変わればやりたいことが変わっていくのは当然です。とはいえ、要件を次々と変化させていけば、必然的にプロジェクトは長期化し、出口が見えなくなってしまいます。こうした結果を防ぐためにも、IT部門は全貌が見えてから効率的に進めていこうと考えます。そこで、スピーディーにシステム化を進めてほしいと考えるマーケティング部門との間に軋轢が生まれるのです。
それでは、どのように連携の糸口を見出していけばよいでしょうか。私たちは、コンサルタントの視点から、適切な進め方をとることで、両者の壁を乗り越えることが可能だと考えています。以下に、電通デジタルが考えるデジタルトランスフォーメーションのフレームワークを示します。IT化の取り組みは、顧客理解に基づくマーケティングの実現、さらに適切なPDCAを駆動させるために極めて重要なプロセスです。
そしてその推進には、従来のシステム開発で行われる構想フェーズと計画・開発フェーズの中間に、PoBと呼ぶ検証フェーズを設けることが重要であると考えています。PoBとはProof of Businessの略であり、製品・技術のフィジビリティスタディを指すPoC(Proof of Concept)とは異なり、デジタルトランスフォーメーションに向けた戦略構想および企画の検証を指します。以下に、電通デジタルが関わった事例を踏まえて、ポイントを解説します。
(1)実効性検証:システム化の意義はあるのか?
デジタルトランスフォーメーションは未踏領域へのチャレンジです。構想フェーズで効果を可視化し、投資の意義を担保することは困難といっていいでしょう。そのため、IT部門を巻き込む前に、テストマーケティングなど実地のトライアルを行い、企画の確からしさを検証するプロセスが必要です。
メーカーA社では、マーケティング部門が立てた企画が、既存チャネルに影響を与えかねない、ビジネスモデルに踏み込んだものであるため、役員間でも意見が割れ、着手できない状態が続いていました。当然ながら、構想フェーズで市場調査を行っていましたが、懸念を払しょくすることはできなかったのです。
そのため、実際にトライアルサービスを開発し、市場に投入してみることで、自分たちの企画の価値を証明することにしました。単なるモニターキャンペーンではなく、そこにはユーザーに対する責任も生じます。かといって、賄うスタッフもシステムもなく、推進したマーケティング部門は手作業も余儀なくされる苦しい取り組みでした。しかしそれでも、実際に“やってみた”という効果は大きく、一連の仕組みの実効性が証明されたことで、社内の合意形成に成功したのです。
(2)現実性検証:なにをシステム化するのか?
細部まで練りこまれた現実的な企画となっていなければ、企画を受け取ってもらえないばかりか、構想フェーズがやり直しとなるリスクがあります。そのために、マーケティング部門が業務や機能検討まで踏み込み、ステークホルダーへの影響を可視化する必要があります。必要に応じて簡易なプロトタイプを作成して、テスト運用してみることも有効でしょう。
流通B社では、立案した企画内容が、店舗スタッフの働き方や、歴史のある基幹システムの実装とあまりにもかけ離れていたため、プロジェクトが長期にわたり停滞する状態が続いていました。マーケティング部門は企画を受け取らないIT部門にいらだつ一方で、IT部門にとってはアイデアにしか見えない企画だったのです。そのため、マーケティング部門からIT部門の領域に踏み込んでいくことで、企画を現実的なものに仕上げていきました。具体的には、業務フローやシステム機能検討までをマーケティング部門で実施し、課題や論点を浮き彫りにして、企画をIT部門が受け取れるレベルに軌道修正していったのです。
(3)安定性検証:システム化できるのか?
企画を、「すでにやっていて、効果が出ている」という状態に持ち込むことで、システム化に向けたハードルはとても低くなります。そのために検証は一定期間行い、何度でもやり直していくことが必要です。壊し、作り直すことで企画は成熟していきます。
サービスC社では、「速やかに成果を出したい」というマーケティング部門と、「システム化には拙速は避けるべき」というIT部門の、相反する主張により、プロジェクトが暗礁に乗り上げようとしていました。この解は、検証プロセスをテストマーケティングという名目で、1年以上という長期にわたり行うことでした。
本格的な検証プロセスで得られた果実は、実地のマーケティング成果だけではありません。戦略仮説は何度も壊され、新しい企画にブラッシュアップされ、それによって、実は当初想定されたほどのシステム化は必要ないことが証明されたのです。結果的に、すぐに開発着手するよりもはるかに効率的にシステム化を完了させることができました。
従来、プロジェクトは変化や手戻りを避けることが効率的であるという前提に立つわけですが、これはデジタルトランスフォーメーションに特徴的な進め方と言えるでしょう。
このような進め方をとるには、マーケティング部門がシステム、テクノロジに対する正しい理解と専門性を持っていることが必要になります。そのためハードルは高いですが、自ら足を踏み出すことなくして、壁を壊すことはできません。そしてそれは、結果的にIT部門の姿勢の変化を促すことにもつながっていくでしょう。こうしてマーケティングとテクノロジの融合が生まれます。
マーケティング部門が、IT部門の領域に積極的に踏み込んでいくことにより、両者間に存在する壁を壊し、デジタルトランスフォーメーションの実現に大きく近づくことができるはずです。
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