最近、マーケティングやシステム周りで「AI、IoT、チャットボットや音声認識」などのトレンドワードが頻出している。つい2、3年前は「ビッグデータ」で騒がしかったが、AI技術の進展で、ビッグデータの活用が進化し今に至っているのである。
またAIについては「将来的には人の仕事を奪ってしまうのではないか?」という議論もあるが、当面は何でもこなせる「オールマイティ型」のAIよりは、スマホ写真での顔認識や、自動翻訳など「領域特化型」のAIが、日常のあらゆる生活に溶け込んで使われる世界がまず来ると言われている。しかも、その領域特化型AIは、ちょっとしたプログラミングの知識があればオープンソースなどを使って誰でも簡単に、低コストでプロトタイプを作ることが出来る。つまりAIを活用したサービスは、将来的に誰でもアイデアさえあれば、色々試せる環境にあり、たとえ自社がやらなくても、ほっとくと競合他社の誰かがやり、新しいサービスで、自社の顧客を奪われる可能性も高くなるのである。
しかし、日本ではまだAIを活用したイノベーションが次から次へと生まれるような状況にはなっていない。なぜか? 日本ではデジタルイノベーションによる競争環境の変化に関する危機感がまだまだ小さいからである。日本企業の多くは、たとえばマーケティング領域では、デジタル広告の効率運用、パーソナライズのマーケティングオートメーション型のシステム導入で十分満足している状況なのである。つまりデジタルの活用を「短期的な効率化」の側面でしか捉えておらず、現業の数%の改善に満足している状況である。しかし、一見効果が出ていて有効と思われる効率化やパーソナライズにも落とし穴がある。
効率化は、1日1%の改善を365日続けると1.01の365乗で、37.8倍になるという話もあるが、現実的に毎日の売上が1%改善する業界は少なく、デジタルの効率化も上手くいって毎日0.1%の世界で、1.001の365乗で、せいぜい1.44倍である。それだけでも十分な企業もあるかもしれないが、もっと恐ろしいことは、1年間その現状の延長線上を効率化し続けることで、思考停止に陥る可能性が高いことにある。目的/目標達成のルートは沢山あると思わないと思考停止に陥り、ますます危機感のない企業組織になっていく。人間を思考停止にさせる改善活動こそ、これからは領域特化型AIにやってもらえばいい。
また、マーケティングやビジネスの世界において、一人ひとりのお客様に最適なレコメンドをするパーソナライズ化も、実は長くは続かない施策である。最適レコメンドは過去の購買履歴や行動履歴によってなされるので、偶然の出会いが排除され、顧客の選択の幅を狭めてしまう可能性が高く、さらに人は飽きる生き物なので、想定通りのレコメンドだと、お客様にとっては驚きもなくつまらないものとなり、だんだん飽きてきて反応が鈍くなるのである。短期的な合理化が、新しい出会いの可能性をなくし、長期の機会損失になり、本当の意味での最適化を遠ざけてしまう恐れがある。従って最適レコメンドシステム導入に満足せず、常にお客様と商品・サービスの新鮮なサプライズの関係を考えていく必要がある。
このように、現在日本で行われているデジタル広告の効率化、パーソナライズ化では、長い目で見るとお客様を満足させることはできなく、新しい提案のためには、従来通りの思考の延長線上ではないイノベーションが必要になる。
しかし一方で、イノベーションの必要性に気付いている企業にも、大きな宿題が残っている。アイデアさえあれば誰もが先駆けて新サービスを作れる時代に、「どのようにして他社に先駆けてイノベーションを起こせるのか?」ということである。進化のスピードの速いデジタルの時代で厄介なのが、イノベーションの先回りは計画的には出来ない、完璧な予測の上で出来ないということである。
『昨今ではテクノロジーに詳しい経営者や投資家自身でもこの先のテクノロジーの進展の予測がわからないぐらい変化のスピードが速く、テクノロジーが複雑になっていると言われている。(※ディスカヴァー・トゥエンティワン社「未来に先回りする思考法」佐藤航陽著参照)』
それでは将来が予測しづらい中、イノベーションを先取りするにはどうすればいいか?答えは「先に失敗するしかない」といことである。Googleの20%ルールはまさにそれに近い発想だが、新規事業のほとんどは失敗すると言われている。しかし、そのうちどれか1つ成功すればいいというスタンスである。
『人は「必ず成功するように」と言われると従来のやり方に縛られる。「失敗しても構わない」と言われることで、過去を否定し、これまでとは違うやり方にジャンプし、跳ぶ発想も出来る。「失敗してはいけない」と思うと、どこかで旧来のものを守ろうとする意識が働いて、過去の延長線上から飛び出すことも出来なくなってしまう。(※プレジデント社「わがセブン秘録」鈴木敏文著参照)』
テクノロジーの進化が予測しづらい中、「失敗しても構わない」という発想が、結果的に従来の枠を取り払ったイノベーションの発想をもたらすのである。日本企業のイノベーション推進室や新規事業室では、いっそのこと失敗することを奨励した方が、結果的にどれか当たって成功を収めるのである。
しかしこの発想は、実際には、業績に余裕がある時にしか出来ない。倒産寸前で「失敗しても構わない」発想はもはや手遅れである。デジタルマーケティングの効率化で、収益が改善している体力がある内にやらないといけないのである。これは、経営トップ層によるコミットメントの問題である。現状の改善だけに満足せず、新しいテクノロジーであっという間に顧客を競合他社に奪われるのではないかという『危機感』と、「失敗するリスクを許容する」という『アソビ』の余裕がイノベーションの成功には必要なのである。そしてこのデジタル時代、その失敗を許容するアソビのコストも、オープンソースを活用したプロトタイプの制作や、オープンイノベーションで下がってきている。
次回は、その失敗コストが低い、『「強い大義」と「弱いオープンイノベーション」』について取り上げる。
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