カスタマージャーニーマップに必要な質の高いインプット

大地崇 (電通デジタル)2017年05月19日 14時43分

エクスペリエンス・デザインにおけるカスタマージャーニー

 前回は、「エクスペリエンス・デザインが期待されていること」を取り上げました。今回は、エクスペリエンス・デザインを実践するために、中心となるカスタマージャーニーの捉え方に関して説明します。

 実は、数多くのプロジェクト経験の中で、私たちが重要だと思うことは、顧客理解をするための事前調査などのインプットの質です。この質が低ければ、既知の表層的な問題だけが議論され、ジャーニーマップを作るために投じた時間が無駄になってしまいます。一方、すでにマップのまとめ方について解説している良書は多くあるので、今回は、この質の高いインプットの手法を中心に説明したいと思います。

 カスタマージャーニーマップは、顧客の行動と気持ちを一連の体験としてマップで俯瞰で捉えたものです(図1)。このマップを作る理由はいくつかあります。まず、自分たちの顧客の理解です。お客様がどんなルートを辿りどこで逡巡しながら最終的に自社商品を買ってくれているのか、もしくは他社商品に逃げているのかを正確に捉えることはなかなか難しく、実際には断片的な調査や分析がいろんな部署で行われているというのが現実だと思います。

図1:カスタマージャーニーマップ例 図1:カスタマージャーニーマップ例
※画像を保存してご覧ください

 この顧客体験が俯瞰出来ると、つぎにどこに対策を打つのが良さそうなのかという議論が可能になります。これは、施策の優先順位を付けることが出来るということです。そして、その際に、対策として何をやればいいのかというアイディアを考える材料になります。

そもそも、なぜカスタマージャーニーマップを作るのか

 カスタマージャーニーマップは、ジャーニーのどこのステップで検討者が離脱しているのか、逆に、ゴールとなる購入やリピートにたどり着いてくれた顧客はなぜここまで来れたのかを理解して手を打つことです。

 これを改めて強調しておく理由は、カスタマージャーニーマップの持つ見た目の力強さによって、マップを作ること自体が目的化しそうになるケースがあるからです。我々が制作をサポートするカスタマージャーニーマップも含め、世の中で事例として公表されているものの多くは、最終的にエディトリアルデザイナーという専門職の手を経て、そこに含むべき情報とノイズを慎重により分け、見た目にも美しく仕上げているものがあります。

 これはこれで、社内で伝えたいことを一瞬で浸透させるために必要な作業なのですが、それはいわば最後の仕上げであって、戦略の意思決定をする上で必須ではありません。カスタマージャーニーマップは、顧客動線の最大化・最適化のための顧客体験を作るためのたたき台であり、実はファネル分析の進化形だということを理解しておいてください。

カスタマージャーニーマップはファネル分析の進化形

 ファネルとは、漏斗(じょうご/ろうと)のことで、入り口が一番大きく、だんだん径が絞られていくものです。これをマーケティングに当てはめ、まずたくさんのお客様に自分の商品をまず知って頂き、つぎに購入の候補の一つに入れていただき、サイトやお店に訪問しものを確かめ、納得頂き、最後に一定数の方に買って頂く、さらにリピート頂くという流れを概念的に表しています。

 このステップを細かくしたり、ステップとステップの間の歩留まり率に注目するのがファネル分析ですが、ジャーニーマップを作る際にも、まずこれを整理することから始めるのをおすすめします。 AISASやAARRRなどあまり一般化されたものを使わず、まずは自分のビジネスに即したものを作ってみてください。(図2)

図2:旅行予約のファネル例 図2:旅行予約のファネル例

 サイトのログ分析や来店・購買データを使ったマーケティングダッシュボードのデータを見ながらどのステップとどのステップをまとめるべきか、どこに大きな断絶(コンバージョンの低い箇所)があるのかを考えながら作ります。

 ここから二つの疑問が出てくると思います。一つ目は、途中で離脱した人の理由はなんだろうか。二つ目は、離脱せずに次のステップに進めた人の理由はなんだろうかということです。この2つを明らかにすることが、カスタマージャーニーマップのシンプルな目的です。

いきなりデータ分析をしない

 離脱した人の理由となる体験をペインポイント、次のステップに進んだ人の理由となる体験をゲインポイントと言います。

 人が感じるペインやゲインを明らかにして、経験者数が多い部分から対策を打っていけばいいということですが、これをデータ分析だけで議論すると行き詰まりがちです。なぜなら、ログ分析やアンケート分析は、項目や設問選択肢の妥当性の問題に左右されるからです。選択肢には限りがあるので、そこで何を選択肢に入れるかという検討をした瞬間に、自分の想定する枠の外にあるものが抜け落ちてしまいます。また、どのくらい項目を“丸める”べきかという問題もつきまといます。たとえば、ホテルの検索・予約サービスのペインの選択肢を作るときに、単に「検索が使いにくい」とするのか、「レビューの多い順で探せず不便/昇順降順でのソート切り替え機能がなくて不便/……」などと細かく出していくのか、これも悩ましいところです。

 これは、いわゆる悉皆(しっかい)調査の底なし沼にはまらないということです。悉皆とは“ことごとくすべて”という意味で、カスタマージャーニーマップを作る上では、良いことのように思われるかもしれませんが、そうではありません。費用と信頼性の問題に加え、深掘りすべきポイントが見えないまま薄い分析をやってしまうと、ノイズだらけの分析になってしまいます。

まず周りに聞いて最初の仮説を作る

 さて、こうした問題に現実的に対応するには、ある程度の割り切りが必要です。 最初は身近な人へのヒアリングによる仮説出しです。その商品やサービスを過去に検討したことがある家族、友人、知人、同僚などに聞いてみることです。

 これが習慣になっている人は意外に少ないのですが、2つの面でおすすめです。まず、あやふやな質問が許されるということです。まだ質問が整理されていなくても良いし、根拠のない思いつきもぶつけることが出来ます。もうひとつは、率直な意見がもらえる可能性が高いということです。手厳しい意見はなかなか赤の他人には言ってもらえないものです。

 ここで聞くことは、3つです。人は行動をどのようなステップで区分して認識しているのか。そのステップごとに、何が次に進む決め手になったのか。途中離脱したならその理由は何だったのか。 これが、カスタマージャーニーの最初の初期仮説になります。ここでのゴールは、次に範囲を広げてインタビューをするときの質問を具体的にするということです。

極端な人に聞く(エクストリームユーザー調査)

 一度もそのサービスを使ったことがない人や、そのサービスのことが大嫌いな人、もしくは、大好きなヘビーユーザーに聞いてみるということも必要です。ヘビーユーザーの場合は普段接している典型的な顧客とは少し違った利用方法を独自に編み出していて、こちらが思ってもみなかったヒントがもらえるものです。また、使ったことがない理由を深掘りしていくことで、その人たちをどう取り込むのかというヒントがもらえるかもしれません。これを、エクストリームユーザー調査と言います。

 実務で長く関わっていると、顧客を想定するときに平均的なお客様を想定しすぎて、すでに社内でも十分に認識されている課題ばかりに目が行きがちです。 新しい課題を発見するというのであれば、プロジェクトの早めの段階で自分の発想の幅を広げるということを意識的にやっておくべきです。

現場を観察する

 観察による発見は、クレイトン・クリステンセンとマイケル・レイナーが著書「イノベーションの解」(翔泳社)で紹介したエピソードが有名です。ここにそのエッセンスを引用しておきます。

あるレストランチェーンが、ミルクシェイクの売り上げを改善するプロジェクトを立ち上げた。最初は、ファミリー層を中心とした既存顧客を性別や年代の属性によって細分化し、その属性ごとに調査パネルを集め、シェイクをもっとどろっとさせた方が良いのか、はたまたチョコレートを加えた方が良いのか等の検討を進め、そこで得られた評価をもとに市場に投入していった。
しかし、どの施策も売上を大きく伸ばすことが出来ない。つぎに、新たなチームが招集され、全く別のやり方を試みる。新しいチームは店頭で18時間かけて、どんな人がミルクシェイクを買っているのかをつぶさに観察した。
そして、当初想定していなかった出勤前の会社員がテイクアウトで購入するというパターンに気づく。彼らは、ミルクシェイクを通勤の車内で朝食代わりに購入していたのだ。ドーナツやベーグルのように食べかすが車内に落ちることもなく、片手一本で長時間かけてゆっくり飲めるシェイクは便利な食事として利用されていた。

 このように、観察では属性だけでは発見できない、誰がどんな課題を解決しようとして商品やサービスを利用しようとしているのかということを理解できる可能性があります。 現場を観察するときには、あるまとまった時間をかけてください。これは、目の前で起こっていることが一時的なものなのか、繰り返し起こっているようなことかを判別したり、パターンを認識するために必要です。

 複数のプロジェクトメンバー人間で見に行くこともおすすめします。ここで共通の一次情報に触れておけば、ジャーニーマップを作成する段階で「共通のイメージ」を持って議論を進めることが出来ます。

 オンラインサービスの場合も、できるだけ直接を観察してみてください。たとえば、海外旅行に行くためのツアーを探すなど、過去にその人がやったことのあるシーンを再現してもらい、それを背中越しに観察する方法などを用います。ここで重要なのは、一次情報となる現場に触れることで、メンバーと発見の共通理解を作ったり、ディティールの肉付けをすることです。

顧客接点を洗い出してみる

 集まった情報をもとに、複数のメンバーで意見を出し合いながらマップを作ります。 横軸はファネルのステップです。大まかに出して粗い議論になるのを避けるため、最初は出来るだけ細かく出して、あとでまとめるというやり方です。縦軸は、ターゲット、経験・行動・操作、接点(ツールなど)、次のステップに進む理由になったゲインポイント、そこで離脱したペインポイント、課題・機会といった要素を書き出していきます。

 これは、ある程度大人数でやった方が、いろんな視点で気付きが生まれやすいということです。その際に、いろんな部門の人を混ぜるというのもポイントです。たとえば、普段顧客に接する機会が多い営業部門もいれば、企画やエンジニア部門もいて、コールセンタースタッフもいるというような形です。

KBF(キー・バイイング・ファクター)で人とジャーニーを分ける

 カスタマージャーニーマップを作るとき、誰を想定して作るのかという問題があります。 性別・年代で分けたり、エリアで分けたり、それは課題に応じて作り分け、決まったやり方があるわけではないのですが、ジャーニーマップと馴染みやすいのは、KBF(キー・バイイング・ファクター)で分けるやり方です。

 KBFは購入重視点、平たく言うと「その人が解決したいことは何か?」ということです。 ミルクシェイクの場合は、出勤前の会社員は「朝食の代替」でした。無理矢理性年代で分けことは難しいので、であれば、そもそもジャーニーマップを作る理由を逆から考えて、その人はどんな「解決したいこと」を持ってこのジャーニーのステップに入ってきたのかをシンプルに捉えて人を区分すべきです。

顧客接点での現実と理想のギャップを見つける

 このカスタマージャーニーマップを作る理由は、ファネルの改善です。 顧客のステップを分解しながら、どんな人たちがそこでどんな体験をしてくれれば、より次のステップに進み最終的には購入やリピートに繋がるのかを検討します。

 そのためには、実際の行動をひもときながらペインポイントと呼ぶ良くない体験を解消したり、ゲインポイントという良い体験をさらに磨く必要があります。また、それは、人によって重視するポイントが違うため、場合によってはセグメントごとに対応を変えることも必要です。

 私たちのプロジェクトでは、マップを作りながら課題発見と解決アイディアを促進するために、人の重視するポイントによってセグメントに分けたり、そのステップごとで期待すべきことを洗い出すための発想のツールを活用していきます。また、複数の人が協力し合いながら様々な視点でジャーニーを検討するために、ワークショップ形式で議論を活性化するためのファシリテーションプログラムを提供しています。

 次回は、実行可能な戦略に絞っていくための方法について解説いたします。

田中猪夫
◇著者プロフィール
大地 崇(おおち たかし)
株式会社電通デジタル デジタルトランスフォーメーション部門 ビジネス/UXデザイン事業部 部長
リクルートにてインターネット分野の事業開発、R&D、テクノロジーマネジメントに関わったのち、06年から電通に参加。以降さまざまな業種において、マーケティング戦略、ブランド戦略、新規事業・商品開発支援の経験を有する。
現在は、クリエイティビティとビジネスを結びつけた顧客体験の刷新をテーマに、エクスペリエンスデザイン、ビジネスデザイン、ビジネスデベロップメントなどのプロジェクトをリードしている。

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