カスタマーエクスペリエンス(CX)が重要視され始めた昨今、注目を集めているのがCMO(チーフマーケティングオフィサー)の存在だ。CXとは、単なる商品に対するユーザー満足度ではない。サービスや商品の中身だけでなく、ユーザーがどのようにして商品を選び決定するのかという購買行動まで含めて、ユーザー体験を最適化するという考え方なのだ。
そんなCXに力を入れて取り組んでいる企業の1つが、日本航空(JAL)である。日本を代表する航空会社であり圧倒的な知名度を誇る同社は、どのようにして顧客が求めているものを分析、理解しているのか。路線事業企画部事業マーケティング戦略グループの深田康裕グループ長に聞いた。
--御社がCXに力を入れ始めたのはいつ頃のことでしょう。
深田氏:顧客に対する取り組みを本格的に始めたのは2012年4月です。社長に就任した植木(義晴氏)が、「JALは本当に顧客を向いているのか」という疑問を我々に投げかけてきたのです。我々は「世界で一番お客さまに選ばれ、愛される航空会社」になるという目標を掲げています。それでは本当にお客さまが求めていることは何なのかを改めて見直しました。そうすると、今まで我々が50年以上信じ続けてきた、信じたいと思っていた「ウソ」に気づき始めたのです。
たとえばお客さまが航空会社を選ぶ基準です。これまでは、お客さまは機内食の内容や椅子の広さなどの具体的、機能的な理由で航空会社を選ぶものだと考えてきました。ところが、マーケティングの結果はそうではなく、実際には「何となくその航空会社が好きだから」という感情面が最大の理由になっていることがわかりました。「何かわからないけど昔から好きなんだよね」とおっしゃる方もいますし、「小さいときに乗った飛行機がJALだったから」という方もいます。そして、一度乗り始めると、頻繁に利用する航空会社を変更するお客さまは少ないということもわかってきたのです。
--マーケティングはどのように実施していますか。
深田氏:ウェブアンケートでお客さまをセグメントしながら実施しています。各航空会社に対するイメージに点数をつけてもらって、お客さまの行動との相関で分析しています。自由記入ではなく、アンケートによるスコアリングが中心です。また、ソーシャルリスニングは毎月実施し、どういった内容がつぶやかれているかなどをチェックしています。基本的には2012年に実施したアンケート結果をベースとして、各要素がどのように上下したのかを見ています。
--「何となく好き」というのは難しい要素ですね。その分析をどのようにPRに生かしているのでしょう。
深田氏:たしかに「親しみ」というのは曖昧な言葉です。そこへどのようにアプローチするのかは難しい問題ですが、最近では羽田空港にあるJALの整備工場で工場見学会を実施してお子さまに来ていただいたり、各地の学校で航空教室を開催させて頂き、社員が学校に赴いて話をさせていただいたりしています。そういった体験型で親しみを作る方向に力を入れています。
--飛行機に乗る顧客だけを対象にするなら、機内食の充実や椅子の快適さを追求してアピールすべきかもしれませんが、先ほどの「何となく」や「親しみ」の面から考えると、飛行機に乗ったことのないお子さんにこそ、そうした体験を提供すべきというわけですね。
深田氏:面白い話があります。「航空会社のお仕事」というJALを題材にした漫画冊子を作って機内に置いたり学校に配布したりしているのですが、社員が授業参観で学校に行ったときに後ろを見ると、生徒が描いた飛行機の絵が貼ってあったそうなんです。それだけなら漫画冊子を作った甲斐があったということなのですが、よくみるとその飛行機が青かった、と(笑)。これを赤くするのが我々の目標です。
--飛行機に直接関係しないところから顧客とつながりを持つべきなのですね。
深田氏:そういうところが重要だと考えています。たとえば地元の盆踊りに協賛するなら、スポンサーとしてロゴを出すだけではダメ。もっと踏み込んで、盆踊りを盛り上げるにはどうしたらいいのか地元の方と一緒に考える、一緒に汗をかく、などして関わっていくことが大切なのです。
--ウェブに関してはいかがでしょう。現在はさまざまなチャネルがあり、ウェブを通して顧客に接する機会も多いです。たとえばトリプルメディア(オウンド、アーンド、ペイド)の位置づけについてはどう考えていますか。
深田氏:IT系のチャネルの使い方については途上であり、まだまだ十分に進んでいない部分です。どのメディアをどのように活用していくのかは、お客さまのクラスタや接するメディアを分析しているところです。ソーシャルメディアについてもまだまだアカウントのラインナップは貧弱ですね。というのも、「顧客接点」という言葉の捉え方について社内認知が十分ではないのです。
顧客接点という言葉自体は昔から社内でも使われています。今までの考え方ですと「接点」は、予約の電話をいただくところになってしまうのですね。予約をする、あるいは空港に来ていただく、ここを「顧客接点」だととらえる社員はまだまだ多いです。ところが、予約や空港に来ていただくまでの話が出ない。現在ではウェブやソーシャルといった世界こそが顧客接点になっているのに、そのことがまだ社内全員に認知されていない状態です。ここは弊社が次のフェーズを迎えるための課題だといえるでしょう。
--一方で、「親しみ」や「何となく」で航空会社を選んで予約した顧客は、そのあと実際に空港に来て飛行機に乗るわけです。この部分のCXについてはどのように考え、取り組んでいますか。たとえば最近、機内でインターネットがつながるようになりましたよね。
深田氏:ええ。しかし、機内でインターネットがつながることが価値ではありません。その先にどういう価値を提供できるのか。それこそが重要なCXだと考えています。そもそも衛星通信がよほどブロードにならないと、機内で地上とまったく同じようにインターネットに接続することはできません。しかし、イントラネットであれば可能ですから、充実させていく必要がある。総合的に見て「機内で何ができるのか」を考えていかなければなりません。
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