近年、日本のコンテンツマーケティングやデジタルクリエイティブは、世界各地で開催されるさまざまな広告賞で高い評価を受けているが、一方で「日本のクリエイティブにはどのような強さがあるのか」という点について、日本のマーケターは明確な自己分析を持っているだろうか。
日本発のクリエイティブが持つ、世界に誇れる強みとは何か。この点について、ブルーカレント・ジャパンの代表取締役である本田哲也氏は、2015年6月に開催されたカンヌ国際広告祭(Cannes Lions 2015)に公式スピーカーとして登壇し、「OPENING THE KIMONO ON KILLER JAPANESE CREATIVITY」と題した講演の中で、日本のクリエイティブが持つ“3つの強み”について語った。実際に現地でどのような講演を行いどのような反響を得たのか、本田氏に聞いた。
本田氏は、米国のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人副社長を経て、2006年のブルーカレント・ジャパン設立時に代表取締役に就任。以来、多くの企業や団体のマーケティング戦略立案やコンサルティングに携わっている。また2015年6月には、香港で開催されたPR業界で権威ある賞のひとつ「PR WEEK AWARDS ASIA 2015」において、これまでのPR業界への貢献が評価され「PR Professional of the Year」を受賞している。
--まず、講演のテーマのポイントと、その背景にある考えについて教えてください。
本田氏:今回私は、「日本のクリエイティブの秘密」のような内容がカンヌの興味、世界中のクリエイターの興味に応えるのではないかと考え、コンテンツを提案して登壇させてもらうことになりました。その理由のひとつは、単純にクリエイティブがグローバルで「旬なテーマ」なのではないかという点。そしてもうひとつは、「おもしろい」、「カッコいい」といった表面的な評価から日本のクリエイティブに対する理解をもう一歩深める必要があると感じていたという点です。
立場上、グローバルで広告・PRの世界に携わっている人やクリエイターと交流してきた中で実感するのは、実は「日本のクリエイティブはなぜクールなのか」「なぜ日本のクリエイティビティが世界を変えているのか」ということにあまり理解がされていないということです。日本人ならではの考え方や感性の特徴があって、世界で認められるポップでおもしろい作品、クレイジーな作品、クールなクリエイティブが生み出されているのだということは、あまり語られていないのではないかと思うのです。そこで、アニメや広告作品といったアウトプットを生み出している「背景」に対する洞察を紹介したいと考えました。
ただ、私はこの講演をただ日本の文化を紹介するセッションにするつもりはありませんでした。なぜなら、世界から評価されるクールなクリエイティブが生み出されて世の中が豊かになるのであれば、クリエイターは必ずしも日本人である必要はないからです。日本のクリエイティブにある深層やノウハウがグローバルで共有されて、世界中で多くのクリエイターによって実践されれば、世界はもっとおもしろくなるのではないでしょうか。世界中でクリエイティブに携わる人たちの共有財産にしたいという考えで講演しました。
ちなみに、「どの国がクリエイティブか」ということを欧米5カ国で聞いたある調査によると、日本は世界でナンバーワンに選ばれていて、都市別に見ても東京がニューヨークを上回って1位に選ばれています。しかし、その一方で日本人に同じ質問をすると、多くの人が「米国が最もクリエイティブだ」と答えています。つまり、日本のクリエイティブは世界から称賛されている一方で、自分たち自身が自信を持っていないわけです。東京オリンピックの開催に向けて日本が世界から注目されている中、日本人自身の中でもクリエイティブに対する自信を持つ機会になればとも考えました。
--では具体的に、「日本のクリエイティブはなぜクールなのか」という問いにどのような答えを披露したのでしょうか。
本田氏:私はこの問いの答えとして、世界のクリエイティブに活かせる日本のクリエイティビティの本質として、3つのポイントを挙げました。
ひとつめは、「Perfectly Rejecting Perfection(PRP:完璧を完璧に否定する)」ということです。日本は、東海道新幹線の年間平均遅延時間がたった36秒であることが驚かれるように、世界からは「完璧主義」、「ものごとに厳格」というイメージを持たれています。しかし実際のところは、「わび・さび」や「粋」といった文化にあるように、ものにあえて歪みを持たせたり、自然なままの状態をよしとしたりするなど、「ゆるさの美学」を持っているのではないかと。神道にある「人は自然と共にある」という思想に代表されるように、「完璧ではない存在である自然をリスペクトして完璧すぎないものを愛でる」という日本人の根底にある考え方が、完璧なものから少しだけ避けたところに美しさを見出すという、日本のクリエイティブの奥底にあるものに繋がっているのではないかと思います。
例えば、日本の女子高生は「完璧」であるはずの制服を少しだけいじって個性を演出したり、「ゆるキャラ」もあえて意図的に少し抜けたキャラ設定をしていたり、「ゆるさの美学」のノウハウを駆使しています。携帯電話の絵文字やLINEスタンプといったものは、日本発のPerfectly Rejecting Perfectionに裏打ちされたクリエイティブが世界に浸透した好例ですよね。スタンプは日本人の「ゆるさの美学」から設計されたもので、それによって言葉では伝えにくいニュアンスが伝えられる新しい感情のコミュニケーションが生み出されるようになりました。
今の時代は、世の中に情報の洪水が起きていて、人々の耳に入る情報ノイズも多いと思います。その中で、マーケターやクリエイターがいかにして世の中の注目を得るかという命題に対して、完璧すぎるものを生み出すと人びとの目に留まらないでしょう。世の中を見ても、少しだけズレたものや、「え?これって何?」と思われるものが注目されています。Perfectly Rejecting Perfectionは日本の文化から生まれたものではあるものの、この情報過多の時代において「少しだけズレたものを生み出す」という考え方は世界的にも意味のある考え方になると思います。
本田氏:もうひとつは、「Inner Child(秘めた幼児性)」という発想です。日本人は世界から「真面目で規律正しい」というイメージを持たれていますが、実際には日本人は四六時中きちんとしているわけではなく、時どきものすごく羽目を外したりします。日本人はポジティブな意味で幼児性・子ども心(Inner Child)を内に秘めていて、それをどういう場面でどんな形でどの程度まで表に出すかということを、システマティックにできる能力を持っているのではないかと思うのです。日本から世界的な文化になった「カラオケ」などがその代表です。このInner Childが日本のクリエイティブの根底にあるのではないでしょうか。
例えば、今年のCannes Lionsでも賞を受賞したカゴメの「ウェアラブルトマト」やNTTドコモの「3秒クッキング」などは、とても緻密に企画・設計された企画である一方で、Inner Childがなければ絶対にあのようなアウトプットは生み出せないでしょう。ヒカキンさんやはじめしゃちょーさんに代表される日本発の世界的なYouTuberもそうです。こういった一見するとバカバカしいけれど世界から称賛されるような日本のクリエイティブは、日本人の奥底にあるInner Childから生み出されるおもしろい発想をクールなテクノロジーが支えることで生み出されているのではないかと思うのです。自分の中にある遊び心を持った「子供っぽい自分」と、真面目に考えて綿密にものづくりをしようとする「大人の自分」が対話することで、日本のクリエイティブは創り上げられているのです。
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