IBMは米国時間8月7日、同社が世界初のニューロシナプティックコンピュータチップと呼ぶものを発表した。人間の脳が持つ計算能力と出力効率を模倣したプロセッサだ。
「TrueNorth」という名のこのチップは、スーパーコンピュータ並みの性能を切手サイズのマイクロプロセッサに詰め込むことも可能になるかもしれない。現在のプロセッサのように総当たり方式の数学的計算によって問題を処理するのではなく、状況を理解し、あいまいさにも対処して、コンテキストに応じた処理をリアルタイムで実行できるように設計されている。さらに、コンピュータ史上最も電力効率が高いチップの1つとなり、新しいタイプのモバイルアプリやコンピューティングサービスを実現する可能性も秘めているという。IBMの研究責任者兼シニアマネージャーのDharmendra Modha氏はインタビューでこのように述べた。
人間の脳を参考にしたTrueNorthチップは、IBMのチップとしては最大となる54億のトランジスタを使用しており、プログラム可能な100万個のニューロンとプログラム可能な2億5600万個のシナプスを備えている。1000億個のニューロンと100兆~150兆個のシナプスを持つ人間の脳には遠く及ばないが、たとえば事前に津波警報を発令する、石油漏れを監視する、あるいは海洋航路の規則を執行するといったデバイスを稼働させるには十分だとModha氏は言う。それがすべて、わずか70mWという補聴器ほどの電力消費で実行される。
TrueNorthチップは、「SyNAPSE」として知られるIBMのコグニティブコンピューティングプログラムの中核となる要素だ。
他に考えられる用途としては、小型の捜索救難ロボットに搭載する、視覚障害者の安全な移動を補助する、会議中に参加者の声を自動的に識別して各自の発言内容を正確に書き起こす、などがある。
IBMはこの技術を雑誌Scienceの論文で発表した。
同チップはまだ研究段階であり、7日の発表はその設計の第2世代について説明している。IBMが第1世代を発表したのは1年前のことだ。現在も試作段階だが、それも最初の商用利用からわずか2~3年かもしれない。専門家は、SyNAPSEのTrueNorthのようなイノベーションによって、フォン・ノイマン型アーキテクチャの処理能力の限界を超えられる可能性があると考えている。このアーキテクチャは数学ベースのシステムで、1948年以降に製造されたほぼすべてのコンピュータの基盤となっている。
米エネルギー省バークレー研究所のディレクターで、コンピューターサイエンスの専門家であるHorst Simon氏は次のように述べた。「拡張性と低消費電力という点で画期的な成果だ。IBM SyNAPSEプロジェクトは、今後10年間で起きるその変化を示唆するものである」
Modha氏は8年間にわたり、米国防高等研究計画局(DARPA)から5350万ドルの資金提供を受けながらSyNAPSEプロジェクトの開発を率いてきた。IBMは、このチップがいつの日か「視覚、聴覚、そして多感覚への応用によって科学、技術、ビジネス、行政、社会を変革する」ものと期待している。
IBMの発表は「真の大事件」である。こう語るのは、テクノロジアセスメントとリサーチの企業であるEnvisioneering Groupのリサーチディレクター、Richard Doherty氏だ。今回の成果をIEEE Spectrumのような専門技術誌ではなく、Scienceで発表するというIBMの決定は、同社がこれを科学と技術における重要なブレークスルーと見なしている証拠だとDoherty氏は言う。
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