組織の透明力

経営を劇的に改善するキーワード「真実の瞬間」とは - (page 2)

斉藤徹(ループス・コミュニケーションズ)2013年10月28日 08時00分

 そう考えたカールソンは、15秒の間に最善の顧客サービスを「提案、決定、実行」できるよう、現場への大胆な権限移譲を断行した。管理職が不要だというわけではない。現場社員の監督者ではなく現場社員の支援者として、管理職の職務を再定義したのだ。指導、動機づけ、後方支援。そしてチームの目標設定と達成のための経営資源の調整。それらが上司の新たな役割となった。これにより、同社の組織ヒエラルキーは逆転し、真に顧客本位なサービスを提供できる企業に進化したのだ。

 社員の意識改革はサービス現場のみならず、本社機構にも波及した。カールソンは「頻繁に飛行機を利用するビジネス旅行者にとって世界最高の航空会社にする」という明確なビジョンを掲げ、1年で147項目もの顧客視点に立ったサービス改善を実施した。一方で、市場調査部門を解体して地方レベルに分権するなど、ビジネス旅行者へのサービスに役立たない支出は極力削減した。

 それまでの航空会社は装置産業の色合いが強かった。経営者から見れば「航空機」という極めて高価な有形資産を核として、その運行、メンテナンス、業務システム、営業所が集積されたものだったのだ。しかし、顧客にとって重要なのは「彼らが受けるサービス体験」であり、飛行機自体が大切なわけではない。

 設備本位ではなく顧客本位へ、カールソンは大胆にシフトした。象徴的なのが、当時最新鋭機種だったエアバス活用をめぐる判断だ。同社は数機のエアバスを新規購入していたが、収容人数の多い同機を利用しようとすると必然的に便数が減ってしまう。ビジネス旅行者が計画を立てる場合、あくまで会議の日時がベースにあり、それにあわせて便を予約するわけで、機体で選択するわけではない。であれば既存のDC9を生かして便数やノンストップ便を増やすべきだろう。彼は顧客視点からそう結論づけたのだった。

 結果として、カールソンの経営改革の成果は目を見張るものとなった。他の航空会社が総額20億ドルもの記録的な赤字を出している時期に、スカンジナビア航空はわずか1年で黒字化した。翌年には『フォーチュン誌』が「ビジネス旅行者にとって世界最高の航空会社」と格付けし、翌々年には『エア・トランスポート・ワールド誌』から「年間最優秀航空会社」の名誉を授けられた。まさに「真実の瞬間」が生んだ奇跡のV字回復だった。

 サービス業にとって、属人的な接点は顧客に忘れがたいブランド体験を提供できる絶好のチャンスなのだ。では、直接お客様と接することの少ないメーカーは、顧客接点をどう考え、どのように演出すればいいのだろうか。スカンジナビア航空の復活からちょうど20年後、またも伝説的な経営者によって、その答えはもたらされることになる。

店頭の3秒、ブランドの生死を分ける「第一の瞬間」

 P&Gこと、ザ・プロクター・アンド・ギャンブル・カンパニーは、1837年創業と170年を超す長寿企業で、世界最大の家庭用品メーカーだ。パンパース、アリエール、ファブリーズ、ジレット、パンテーン、ウエラ、SK-II、ブラウン、アイムスなど数多くの製品ブランドを持つ企業としても知られている。

 そんな巨大企業にも危機があった。2000年の深刻な経営不振だ。直接的な原因は、同社の技術偏重の社風だったと言われている。新製品開発を最優先させ、製品開発とマーケティングコストが大きく膨らんでゆく。満を持して発表した新製品は、期待に反して次々と失敗していった。同社はわずか4カ月で3度の業績下方修正を行い、ドットコムバブルの真っ只中にもかかわらず、株価は数日で半減してしまう。

 この時、新たにCEOとして抜擢されたのがアラン・ラフリーだった。彼は技術から顧客に、経営の力点をシフトした。「消費者がボス」というスローガンを掲げ「顧客理解」を経営の原点にすると宣言したのだ。各国のトップマネジメントには、四半期に一度、消費者の自宅訪問、ないし売り場での消費者インタビューにて、消費者と直接接点を保つことを義務づけた。消費者という「自らのボス」の意見を定期的に傾聴することが目的だ。

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