8月、(大学フットボールのコーチによる児童性的虐待事件で全米を騒がせた)ペンシルバニア州立大学は、職員が健康診断を受けない場合、2014年から月100ドルの罰金を課すと発表した。職員の配偶者も加入する場合、配偶者が健康診断を受けなかった場合も罰金が課され、さらに喫煙者には月75ドルの罰金が課される(ただし、禁煙プログラムが無料で提供される)。
これに対して、同大学教授が、プライバシー保護の観点から、そうしたプログラムを取りやめるようオンラインで嘆願を開始し、2000件以上の署名を集めた。別の教授も、教授向けウェブサイトや学内新聞のコラムで「新たな規定に応じないよう」に他の職員らに呼びかけた。
教授らによると、コレステロールや血圧、体脂肪を測る検診以外に、外部業者のサイトの問診票には、日々の食事の内容、精神状態、飲酒やドラッグの利用、飲酒後に運転をしたか、睾丸自己検診を定期的に行っているかなど、プライバシーを侵害する質問があるという。
大学側が入手するのは、Suicaの乗降履歴と同様、個人は特定できない集約されたデータであり、連邦法の下、個々の診断結果は閲覧できないとのことだが、抗議者らは、データを収集・保管するのは、大学から委託された外部業者であるため、そのセキュリティを問題視している。
米国では、企業による健康診断(事業者健診)は法律で義務付けられていない。2010年に、医療保険制度改革法で、予防医療の一部に関しては、条件付きで、保険会社による負担が義務付けられたくらいだ。
また、日本のような国民皆保険はなく、国民は基本的に民間保険に加入するのだが、大半の人は勤務先を通じて加入する。健康保険料は年々上昇する一方で、大企業での社員一人あたりコストは、今年、平均1万1000ドルに達すると予測されている。企業の保健コストや生産性の損失の75%以上が生活習慣に起因するものであり、また肥満者は非肥満者の4割以上の医療費を費やすと言われている。企業はコスト削減のため、あの手この手で社員らに生活習慣の改善を促そうと躍起である。
ペンシルバニア州立大学でも、2013~2014年、保険費用が前年比13%上昇する見込みで(保険料の83%を大学側が負担)、近年、高騰する学費を抑えるために、やむを得ない処置だという。
日本でも、禁煙者や非メタボ社員に「健康手当」を支給する会社が登場しているようだが、米企業の大半が、社員向け健康促進プログラムを提供し、参加した社員には、健康保険料の割引などのインセンティブを提供している。にもかかわらず、こうしたプログラムに参加するのは、就労者の2割のみという調査結果もある。
同大学でも、こうしたプログラムへの参加は、個人の意志に任せていたところ、参加率が非常に低いままだった。また、インセンティブとして参加者に割引を提供するには、基本となる保険料を上げなければならないため、罰金制度に踏み切ったという。
来年から本格的に施行される医療保険制度改革法の下、企業が社員に提供できるインセンティブの上限が引き上げられたのだが、このインセンティブは、不参加に対する罰金という形をとることも可能である。
今年初めにも、大手ドラッグストアチェーンが、企業負担による健康診断に参加しない社員には、月に50ドルの罰金を課すと発表し、社員や労働者権利擁護団体の反感を買った。しかし、結局、社員の8割以上が参加したという。
あるアンケート調査によると、罰則を導入する大企業は15~28%と少数派だが、今後、罰則の導入を検討している企業が数割ある。中には、健康診断など会社の健康促進プログラムに参加しない社員には健康保険を提供しないという企業も登場している。「会社の保険に入りたいなら、保険コスト削減のために会社に協力すべき。それがいやなら、自分で好きな保険を入手しろ」という経営者もいるようだ。
社員の参加率を向上させるために、多くの企業で模索が続く中、ITを利用した試みも起きている。(次回に続く)
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