日本では、今夏の参院選からネット選挙運動解禁となり、選挙戦でのソーシャルメディアも活用も含み、その是非が議論されている。
筆者は今春、住んでいる米国のX市の市長選で、支援候補の選挙活動のボランティアを務めた。そこで、身近に見た選挙戦でのソーシャルメディア活用について触れてみたい。なお、米国の典型的な郊外の都市は、日本の大都市とは構成や政治の仕組みが違うので、その違いについては別途(下記、囲みにて)説明する。
筆者が支援した候補Aは、大手通信会社に勤め、技術畑ではないものの、iPadやiPhoneを使いこなし、メールを送ると、いつでもすぐに返信が返ってきた。また、選挙登録有権者のデータベースを基に支援や寄付の依頼メールを配信し、ネットのフォームを通じて支援を約束してくれた人や自宅の庭に候補の看板を立てさせてくれる人などをデータベースで管理していた。
候補Aは、FacebookやTwitter、Instagramも使いこなし、選挙運動マネジャーを雇ってはいたものの、日々の投稿は自分で行っていた。Facebookの友だちは2000人近くにのぼり、毎日、候補Aの投稿に対し、支援者らのコメントが寄せられ、多い日には何十本にも達していた。投票日の前に、1週間ほど不在者投票期間があったのだが、候補Aはその期間、毎日、投票に訪れた有権者らと投票所で写真を撮り、それをFacebookに掲載していた。
一方、候補Aより7つほど年上で、50手前の候補B。Facebookの友だちやFacebookページの「いいね」も、候補Aの半数以下で、投稿も週に数回。コメントもあまりつかず、Facebookは閑散とした印象を受けた。
ソーシャルメディアでの活動を見る限り、候補Aが圧倒的にリードしているように思えた。
ところが、投票日当日、開票が始まると、不在者投票の開票時点で、すでに候補Bが大きくリード。結局、候補Bが7割以上の支持率を獲得し、圧勝した。負けたとしても、接戦だと思っていた候補A陣営には、大きなショックだった。
選挙後、市の選挙を語るFacebookページに、候補Aの敗戦理由のひとつに「支援者にKeyboard Warrior(キーボード戦士)が多かったのではないか」という人がいたが、筆者も、そう思う。
筆者は、ボランティアとして、有権者宅を戸別訪問し、支援をお願いしたり、庭に候補Aの看板を立てさせてもらったりした。100人以上のボランティアを抱える候補A陣営だったが、こうしたドブ板活動に参加するボランティアは、毎回、数人だった。筆者の知り合いにも、ネット、ソーシャルメディアでの発言には積極的なのだが、あまり対面での交流が得意ではなく、オフラインでのボランティア活動には決して参加しない支援者らがいた。
彼らは、発信したメッセージが、どれだけの人に到達しているかも把握しておらず、ネットで書き込むことで何かを達成した気になっていた。いくらブログを書いたり、ソーシャルメディアに投稿したり、ネット上で盛んに議論をしても、それが票につながらなければ、選挙では意味がない。
こうした風潮は、米国の国政に関しても議論されており、「ソーシャルメディアを通じて政治に参加することは容易になったが、Facebookで”いいね”するだけでは不十分」という声が上がっている。
選挙の勝敗を決めるのは「ネット活用」ではない--米市長選の経験から(後編)
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