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フォトレポート:ナチスのEnigma暗号を破れ--英国ブレッチリーパーク博物館(後編) - 10/12

Daniel Terdiman (CNET News) 翻訳校正: 石橋啓一郎2011年07月20日 08時00分
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 これは、1976年にDigital Equipment Corporation(DEC)が作ったPDP 11/34で、Unibusと呼ばれるシングルバスのシステムで動く16ビットのミニコンピュータだった。

 博物館は、次のように記述している。「当時多くのミニコンピュータは別々の専用I/Oバスを持っていたため、シングルバスの使用はコンピュータ技術としてはかなり異例のことだった。DECの設計者は、これを実現するためにすべてのI/O要求をメモリ中のアドレスにマッピングするという手法を用い、特別なI/O命令は必要なかった」

 PDP-11は、2.5Mバイトもの容量を持つディスクドライブなど、いくつかの異なる種類の周辺機器を使うことができた。また、容量256Kバイトの8インチディスクドライブが2台あり、テープドライブも保有していた。博物館によれば、このバージョンのPDP-11は「シングルユーザーリアルタイムOSであるRT-11を動かしていた」という。
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 これは、1976年にDigital Equipment Corporation(DEC)が作ったPDP 11/34で、Unibusと呼ばれるシングルバスのシステムで動く16ビットのミニコンピュータだった。

 博物館は、次のように記述している。「当時多くのミニコンピュータは別々の専用I/Oバスを持っていたため、シングルバスの使用はコンピュータ技術としてはかなり異例のことだった。DECの設計者は、これを実現するためにすべてのI/O要求をメモリ中のアドレスにマッピングするという手法を用い、特別なI/O命令は必要なかった」

 PDP-11は、2.5Mバイトもの容量を持つディスクドライブなど、いくつかの異なる種類の周辺機器を使うことができた。また、容量256Kバイトの8インチディスクドライブが2台あり、テープドライブも保有していた。博物館によれば、このバージョンのPDP-11は「シングルユーザーリアルタイムOSであるRT-11を動かしていた」という。

提供:Daniel Terdiman/CNET

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