Windows Vistaの挑戦はマイクロソフトのものだけにあらず

 Windows Vistaの一般発売(1月30日)が近づいている。Microsoftの基幹製品であるPC向けOS「Windows」の5年ぶりのメジャーアップグレードだ。これまでとは違い全世界で一斉に各国語版が利用可能になるなど、多言語対応などの本質的な技術の洗練度はかなり高まっていることがうかがえる。

 しかし長い開発期間のうちに、必須と言われた一部の機能の搭載が断念されると同時に、セキュリティの逐次更新など新たな必要要件が追加された。当初想定されていた製品とは結果的に性格を変えざるを得ない状況を経て、「簡単」「安全」でかつ「先進」的な製品になったといわれるVista。しかし、すでにコモディティとなっているPCを通じた「これまでにない新たな体験の提供」は容易ではなく、その実現が同製品に課されている。

産業界で膨らむ期待と冷めた市場

 昨年秋に、このコラムに「未来の記憶がないPCの挑戦」というエントリーをした。そこで、いったいどんなことを訴求すれば「新たな体験」として認知されるのかを問い、「次世代OSの登場は、未来の記憶がないPCの今後、特にその基盤としての製品という位置づけを改めて問うことになる」という結びを書いた。

 その時はまだ製品への期待は漠然としており、製品化前の段階のRC1(製品化候補第1段階)にあったVistaを使いながら、抽象的な議論をしたにすぎなかった。しかし、Vistaは今、数年の前のPCが「飛ぶように売れ」ていた時代と比べ、「冷え込んだ」という表現すらなされるPC市場のカンフル剤として、産業界から過剰気味に期待されている。そのため、その具体的な効果が極めて短期間で表れない限り、最近、無責任かつ過剰な書きぶりが目立つマスメディアの餌食になりかねない状況にある。

 もちろん、僕のようにあたらしモノ好きな人間や新しい技術が好きな、いわゆる「テッキー」な方にとって、Vistaのリリースはわくわくドキドキする待ち遠しいイベントの1つだ。しかし、僕らのそんな浮わついた感覚すら、一種のブームとして情報消費の対象となり、一瞬のうちに忘れ去られる運命にある可能性が高い。

 しかも世間的には依然として「新製品=ハードとしての製品置き換え」という印象が強い。その認識の下では、自分の持っているハードによほどの不具合が起きない限り、消費者は急いで大きな投資を伴いかねない「OS移行=ハードごとの置き換え」を避け、様子見を決め込んでしまう可能性が高い。その点でVistaが「ベターな製品ではあるが、イノベーション的な製品ではない」という認識を払しょくできない限り、迅速な移行促進は難しいのかもしれない(本当は、本質的なイノベーションこそ、迅速な普及は見込めないのだが・・・)。

必需品のOSアップグレードという挑戦

 この問題は、今でこそVista固有の製品的な問題のように思われるかもしれない。だが、それは必ずしもVistaにのみ起因するものでもなく、それほど単純なものでもない。

 内閣府経済社会総合研究所が行っている消費動向調査によると、PC(Mac含む)の世帯普及率は2000年前後で急速に伸び、Windows XP発売時で約半数に達していた。その後、2006年3月末時点で普及率は68.3%にまで伸びており、ほぼ全世帯にあると考えられるTVと電話を除けば、ファックスやデジタルカメラなどを抜いて家庭向け情報機器としてもダントツの1位となっている。DSLやFTTHの普及率(全世帯の約半数)を考え合わせれば、PC保有世帯の多くはブロードバンド接続環境にあるといっていいだろう。

 しかし、前述したとおり、家庭向け製品の多くは、1)耐久面での問題が生じた場合、2)例えば白黒からカラーテレビへ、あるいはアナログ放送からデジタル放送へといったハードウェアとしての仕様や規格そのものが新しく、より優れた製品が出た場合、3)同じ性能であっても非常に安いコストでの製造が可能になったり、規格競争に敗れてライバル製品しか市場に出回らなくなったりした場合――のほかに、買い替えはあまり起こらなかった。

 当然ながら、これまではハードとソフト(コンテンツではなくOSやアプリケーション)が分離した製品が家庭に広く普及することもなかった。そして初めて購入したPCがWindows XPを搭載したものであった世帯が多いことを考えると、「ハードは同じでOSを入れ替える」ということ自体が初体験になる場合が多いに違いない。

 多分に産業界は、Vistaへの移行=PCのハードそのものの買い替え需要の喚起になると期待している向きがある。結果的にはそうなる可能性が高いとはいえ、OSのみの入れ替えも当面は多く起こるはずだ。それらを含めて、家庭内の必需製品のOSのみを入れ替えるという前代未聞の状況へどう対処していくのか、その必要性の認知をいかにして喚起するのか。Vistaという製品の性能的な是非を除いても、この挑戦が今後より発展するであろう情報化社会の中で持つ意味は小さくはない。

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