なぜ、女性は地方から去っていくのか--要因の1つとされる「男女格差」解消への実例

児玉真悠子 (日本ワーケーション協会 公認コンシェルジュ)2024年11月26日 09時30分

 気づいたら、若い女性たちがいなくなっていた――。

 2024年4月に民間の有識者グループ「人口戦略会議」が公表したデータで明らかになったことは、2050年までに全国の744もの自治体で、若年女性の人口が半数以下になるという事実だ。そういった地域では人口が急減し、最終的には消滅する可能性があるといわれている。

 女性が地方から去っていく。その事実にいち早く着目し、地方における若年女性の流出防止に取り組んできた都市として、全国から注目を集めているのが兵庫県豊岡市だ。日本海側に位置する人口7万6000人の市で、鞄産業が盛んであり、城崎温泉でも有名な地域である。

 豊岡市が若年女性の県外流出に危機感を抱いたきっかけは、2015年の国勢調査結果がある。同調査では豊岡市の場合、進学などで一度、市を出た男性の52.2%がその後に市へ戻ってきているのに対し、女性は26.7%しか戻っていないという結果が示された。

 そこで、市の担当者は市内で働く女性たちにインタビューを実施。女性が県外に流出する背景には、職場や地域、家庭において「男女格差」(ジェンダーギャップ)があるという事情が見えてきたのだ。

  1. 「働きがい」を感じられたら、女性は戻ってくる
  2. 宮城県気仙沼市でも、女性が戻ってこない
  3. 変革に必要なのは、官民含めた多方面の連携

「働きがい」を感じられたら、女性は戻ってくる

 家庭では家事や子育ての担い手である女性が、職場や地域で補助的な仕事に従事させられてしまう。その結果、「豊岡市で暮らすことの価値」を感じにくくなっているーー豊岡市の担当者は徐々に、女性が女性であるという理由で能力が発揮できない状況が見えてきたと話す。

 社会で活躍できる能力のある女性がその能力を生かせていないのであれば、社会的にも経済的にも大きな損失になる。そうした考えのもと2018年に豊岡市では、女性が働きたい仕事・職場への変革に積極的に取り組む事業所を募り、「豊岡市ワークイノベーション推進会議」を設立。勉強会やセミナーを通して、事業所内の情報共有を実施している。設立当初16だった事業所は、2024年9月には120事業所が参加するほど、市内で変革が起こっている。

 また、2020年9月には「第1回豊岡市ジェンダーギャップ解消戦略会議」を開催。専門家や経営者、地域関係者など多世代・多様な立場の市民を招いて、ジェンダーギャップが解消された場合のシナリオ、解消されなかった場合のシナリオを検討した。事前にヒアリングしていた高校生や20代からの不安、意見などの共有や、チェックシートを活用して無意識の偏見、決めつけ、思い込みに気づくワークを実施。会議では、豊岡市が目指す姿を明確にした。

 豊岡市役所でも、市内事業所の1つとしてキャリアデザインアクションプランを策定し、働きやすく、働きがいのある職場を目指し取り組んできた。取り組みの1つでもある男性の育児休業取得については、2024年2月に市役所職員の男性育児休業取得率が目標の100%を達成。また、市内事業所でも、女性の管理職登用が増加するなど、男女共に働きがいを持てるような風土改革が進んでいる。

宮城県気仙沼市でも、女性が戻ってこない

 豊岡市が先んじてジェンダーギャップ解消に向けた取り組みに注力したことで、同じような動きが全国でも始まりつつある。その一例が宮城県気仙沼市だ。

 宮城県の北東端に位置する気仙沼市は、他の地域と同様に少子高齢化による人口減少が課題で、2011年の東日本大震災により人口流出が加速。毎年1000人以上もの人口が減少し、将来消滅する可能性がある自治体の1つと指摘されるようになった。その際に深刻な課題として浮かび上がったのが、若年女性の県外流出だ。

 豊岡市の事例を聞きつけ、気仙沼市がまず行ったのが、同市の視察である。2023年、宮城県気仙沼市長の菅原茂氏を筆頭に、市役所職員、商工会議所の会頭、地元の女性らでつくる「気仙沼つばき会」のメンバーなど総勢9人が豊岡市を訪れ、ジェンダーギャップの取り組みを学んだ。豊岡市の視察を経て、若年女性の県外流出の原因と、やるべき取り組みが徐々に見えてきたという。

 「同級生たちが気仙沼に戻らない理由の1つとして聞くのは『やりがいのある仕事が少ないから』。私もUターンするまで、気仙沼には企業選択の幅がないと思っていた。特に職業の選択肢という横幅よりも昇進という縦幅をイメージできない」。そう語るのは千葉可奈子氏。千葉氏は、大学進学を機に13年間気仙沼を離れた後、2017年に31歳でUターン。現在は同市で移住センターの業務などを担う。

 千葉氏は「気仙沼市の基幹産業が漁業ゆえ力仕事が多く、男性中心社会になりがち。でも、このまま人口減少が進めば、その基幹産業自体も立ち行かなくなってしまう。今後は、付加価値をつけて、女性も活躍できるようなイノベーションを起こしていく必要がある」と語る。

 そうして、2024年10月には、気仙沼商工会議所と気仙沼市役所が旗揚げ役となり、官民連携で「ジェンダーギャップ解消プロジェクト」が始動。発足宣言式には、同市の経営者も多数集まった。同プロジェクトでは今後、プロジェクトに参加する事業所を1年目は20社、2年目は50社、3年目は100社と増やしていくビジョンを掲げている。

 発足式に先立ち、前日には「働く女性のためのキャリア応援プログラム」を実施。市内で働く女性たちへジェンダーやキャリアについての講座を行った後、ワークショップを通して、女性たちが感じるジェンダーギャップを書き出してもらう時間を設けた。

変革に必要なのは、官民含めた多方面の連携

 今回、気仙沼市のジェンダーギャップ解消プロジェクトのアドバイザーとして加わったのが「Will Lab」(ウィルラボ)代表の小安美和氏。豊岡市でもアドバイザーを務めた、ジェンダーギャップ解消の専門家だ。

 小安氏は、女性がやりがいを持って働けるようになるには、5つの壁を取り払う必要があるという。

  • 1つ目:自分自身。経験やスキルへの自信
  • 2つ目:職場。長時間労働、働き方の柔軟性の低さ
  • 3つ目:子供の預け先。安心して預けられる場所の確保
  • 4つ目:家事育児が女性に偏っている。家庭における性別役割分業が根強い
  • 5つ目:社会規範。昭和の家族モデルを前提とした社会保障制度や税制、給与の手当など

 そのため、女性自身に働きかける「働く女性のためのキャリア応援プログラム」のような場を作るだけではなく、官民連携で職場風土を変えていく、地域や家庭における性別役割分業の意識を変えていくといった、多方面での取り組みが重要だという。

 気仙沼市のジェンダーギャップ解消の取り組みは、緒に就いたばかりだ。しかし「私たちもできる」と話すのは、気仙沼商工会議所女性会の会長を務める高橋和江氏(高ははしごだか)。そう感じるのは、未曾有の震災を乗り越えてきた自信があったからと振り返る。

 「女の人が楽しめる街、帰ってきたくなる街にすればいいってこと。同じ女性として、私たちにできることは山ほどあると思う」(高橋さん)

 始動したジェンダーギャップ解消プロジェクトの現地コーディネーターを務めることになった前出の千葉氏も「気仙沼には自分たちの街をよくしたいと思っている民間事業者が多い。行政のキャンペーンのようなものではなく、民間が中心となって変化を生み出していきたい」と意気込む。

 これまで、全国のさまざまな地域で地方自治体との官民連携でジェンダーギャップ解消プロジェクトを推進してきた前出の小安さんは、今後、他地域に横展開するうえで大切なのは、地域特性に合わせたアプローチだという。

 「地域によって異なる産業構造を意識する必要がある。たとえば豊岡市には、地場産業として鞄産業や城崎温泉の旅館業などの産業集積があるため、そうした産業の事業所を連携して課題解決していきやすい。一方、農業や林業などの一次産業が主な産業である地域では、事業所を起点とした変革が起きづらい。そうした地域では、女性の起業支援やテレワーカー支援などの可能性も視野に入れていくアプローチを進めている」(小安氏)

 このように、兵庫県豊岡市が先駆けて取り組んだジェンダーギャップ解消の取り組みは、宮城県気仙沼市をはじめ、全国的な大きなうねりとなっている。今後、若年女性の流出に歯止めをかけられるのか。この新しい挑戦に多くの自治体の注目が集まっている。

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