就活スケジュールの中でも特に大きなポイントとなる夏インターンが佳境を迎えています。Z世代の就活傾向が大きく変化する中で、企業はそれに対応してどのような採用方法を取るべきなのでしょうか? Google人事部で新卒採用を担当していた草深生馬氏(くさぶか・いくま/現RECCOO CHRO)が、解説します。
前回(「26卒夏インターンが佳境--改めて押さえたい『Z世代の就活』3大傾向とは」)は、就活生の新傾向や志向性の変化などについて解説しました。今回はそれを踏まえて、企業が取るべき「新卒採用の勝ち筋」を紹介します。
ここで、実際に新卒採用で大きな成果を出した企業の実例を用いながら、ご紹介したいと思います。
紹介する企業は、とある広告系のベンチャーで、組織強化を最優先した経営に舵を切り、売上げを5年で5.5倍にまで伸ばし、最近ではIPOにも成功しました。採用はほとんどが新卒で、2021年卒から2023年卒のわずか2年間で、その数を2倍以上に増やしています。なかでも特に旧帝大など所属の学生、いわゆる優秀な「トップ学生」の採用数は、なんと5倍近くまで増えています。
採用の「数」だけでなく「質」の面でも大きな変貌を遂げたわけですが、その勝因は、「ターゲット」を定め、「狙って」採用する「積極性」でした。
この企業、もともとは採用ターゲットを絞っていなかったのですが、ある日、社長から人事部に「東大・京大などの優秀学生を採用したい」とリクエストが出され、以降、特に優秀な学生の採用にこだわり始めたという経緯がありました。当時はIPO前で知名度もなく、いまだ「学生ノリ」が残るザ・スタートアップという雰囲気でした。
私自身、採用コンサルタントとして、様々な企業の採用支援に関わっていますが、応募数を増やす工夫の余地が残る企業は少なくありません。ブランド力の弱い企業も、丁寧にターゲット定めて、的確に狙って動けば、優秀な学生を採用することができます。
この企業が再検討したのも、(1)ターゲットを明確にする、(2)ターゲットに伝える企業の魅力要素を分析する、(3)ターゲットが集まるチャネルを最適化する、といった基本の3点でした。それぞれの検討の仕方や考えるべきポイントを順を追って見ていきましょう。
まず「ターゲットを明確にする」ことについて。
ターゲット設計は、前回(「26卒夏インターンが佳境--改めて押さえたい『Z世代の就活』3大傾向とは」)取り上げた「タイパ重視」の傾向にも関連し、年々重要性が高まっています。
従来の就活では、学生たちはいろいろな企業を時間をかけて比較検討した上で、エントリー先を選びました。ところが、現在は、タイパ意識が強く、かつ安定志向も高いので、学生たちは知名度が高い大手企業から、最小工数で選びます。そのため、ブランド力の弱い企業はエントリーさえされない可能性が高まっています。
このような学生の就活動向の変化に対し、企業は採用ターゲットを定め、その動きに合わせて手を打たなくてはなりません。例えば、自社の魅力を伝えるための採用メッセージも、ターゲット学生の価値観に合わせ、そのニーズを反映したものでなければ、興味を引くことはできないのです。
また、最近の学生は効率よく就活をこなし、早い時期に就活市場から離脱する傾向にあるため、早めに能動的にアプローチしなければ、母集団の形成も難しくなります。自社にマッチする学生を採用するには、まず「ターゲット」を明確にすることが最重要です。
ターゲット設計の方法は、以前の記事(就活の早期化が進むなか、企業に求められる「戦略の見直し」とは)でも解説した通り、大きく2パターンあります。
1つ目は「新卒採用を行う目的から設計」する方法です。企業には新卒採用を始めた背景、継続する理由があるはずなので、大元に立ち返って考えるということです。例えば中長期で必要なポジションにアサインする目的で採用する場合は、そのポジションに必要なスキルや、成長ポテンシャルなどを整理する必要があります。
2つ目は「社内情報から設計」する方法。自社ですでに活躍しているハイパフォーマー人材を分析し、ターゲット設計に反映するというものです。
先ほど挙げた事例企業は、両パターンを組み合わせ、中期経営計画に必要な人材をターゲットに定めました。
ターゲット像が決まったら、それに向けた魅力訴求を決めます。下図のような、3C分析(Customer 顧客 、Competitor 競合 、Company 自社)を行いますが、ポイントは、学生のニーズを満たす「自社独自の強み」を特定し、「競合とも差別化できる」ようにブラッシュアップすることです。
「学生のニーズ」を把握する方法としては「マスアンケート」と「デプスインタビュー」の併用がおすすめです。ここで、内定者へのヒアリングから学生ニーズを把握しようとする企業も多いのですが、「内定者」はすでに自社に関心が持ち、適性や属性に偏りがある可能性の高い母集団なので、あまり有効とは言えません。より広くフラットに情報を集められる手法をおすすめします。
その上で、続いて競合と異なる自社の強みを整理します。ここでは「採用における4P分析」を活用します。自社の魅力要素を4つのジャンル(Philosophy[理念・目的]、Profession[仕事・事業]、People[人材・風土]、Privilege[特権待遇])に分類して整理できるフレームワークです。なるべく多くリストアップすることが重要なので、経営層や社員へのインタビュー、応募者や内定者に応募の動機、入社を決めた理由などをヒアリングするのも効果的です。
学生ニーズと自社の強みを整理したら、それを訴求メッセージに落とし込みます。例えば、先ほどの事例企業の場合、マスアンケートなどから取得したターゲット学生の企業への期待と、3C、4Pの分析結果から定まった自社の強みを掛け合わせ検討しました。その結果、「圧倒的な生産性の高さ」と「知能労働の面白さ」のキーワードを訴求の軸として定めることになりました。
チャネル選定は、学生を「認知度・好意度」の高低でマトリクスに分類することがポイント。まず認知を獲得し、好意度を高めるプロセスをたどります。マトリクスでいうと、潜在層から顕在層へ引き上げることになりますが、認知度を高めるのか、好意度を上げるのかで、施策は変わります。
以前の記事(就活の早期化が進むなか、企業が使いわけたい「攻め」と「守り」の2チャネルとは)でも解説した通り、採用チャネルには「攻め」と「待ち」の2種類があり、どの層を狙うかによって、最適なチャネルは異なります。
まず「潜在層向けのチャネル」は、事例企業が注力した部分です。学生からの認知度が低いため、積極的な「攻めのチャネル」を活用します。ポイントは、知名度に依存せずに学生と出会えるチャネルの選定と目を引くコンテンツの作成です。
合同説明会や大手ナビ媒体などは、実は「待ちのチャネル」で、認知度の向上にはあまり寄与しません。これは以前の記事(就活の早期化が進むなか、企業が使いわけたい「攻め」と「守り」の2チャネルとは)を参照して下さい。
次に、「準顕在層向けのチャネル」は、自社を知っているが興味はないという学生がターゲットなので、「潜在層向け」同様に「攻めのチャネル」を活用し、好意度を高めていきます。ポイントも同じく、コンテンツで勝負できるチャネルを選ぶことです。
最後に「顕在層向けのチャネル」は、好意度が高い学生なので、「待ちのチャネル」でも応募は集まりますが、自社が狙うターゲットがどのくらい含まれているか、が重要なポイントです。ターゲット層との接点を多く持つためには、ここでも「攻めのチャネル」の活用は一定の効果があります。これも、以前の記事(就活の早期化が進むなか、企業が使いわけたい「攻め」と「守り」の2チャネルとは)の後半部分で解説しているので、合わせて目を通してください。
以上、ターゲットを再検討し、そのニーズを踏まえて魅力訴求を決める。その上でメッセージを届けるチャネルも、ターゲットごとに戦術を変える。上述の事例企業は、これを実行し、大きな成果を上げました。
採用市場の動きが毎年変わり、学生たちの企業への期待も変化している今、タイムリーに情報を集め、それをベースに採用戦略を整える動きが、勝利に繋がります。
草深 生馬(くさぶか・いくま)
株式会社RECCOO CHRO
1988年長野県生まれ。2011年に国際基督教大学教養学部を卒業し、IBM Japanへ新卒で入社。人事部にて部門担当人事(HRBP)と新卒採用を経験。超巨大企業ならではのシステマチックな制度設計や運用、人財管理、そして新卒採用のいろはを学んだのち、より深く「組織を作る採用」に関わるべく、IBMに比べてまだ小規模だったGoogle Japanへ2014年に転職。採用企画チームへ参画し、国内新卒採用プログラムの責任者、MBA採用プログラムのアジア太平洋地域責任者などを務めるかたわら、Googleの人事制度について社内研究プロジェクトを発起し、クライアントへの人事制度のアドバイザリーやコンサルテーションを実施。
2020年5月より、株式会社RECCOOのCHROに着任。「才能を適所に届ける採用」と「リーダーの育成」を通して日本を強くすることをミッションに掲げる。現在は、スタートアップ企業の組織立ち上げフェーズやや、事業目標の達成を目的とした「採用・組織戦略」について、アドバイザリーやコンサルテーションを提供している。
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