2011年に設立したツクルバは、中古、リノベーション住宅の流通プラットフォーム「cowcamo」(カウカモ) を中心に、シェアードワークプレイス「co-ba」の運営、空間プロデュースなども手掛ける不動産テック企業だ。「元々はデザインファームだった」というツクルバが、独自の住宅流通プラットフォームをなぜ立ち上げたのか。そして、この市場のリーディングカンパニーとして、今後をどう描いているのかについて、ツクルバ 代表取締役CEOの村上浩輝氏に聞いた。
――ツクルバ設立の経緯と、カウカモを始めたきっかけを教えてください。
2011年に創業した当時はコワーキングスペースの運営や、デザイン受託を請け負う会社としてスタートしました。もともと、社会課題をビジネスで解決し、社会を変えるような、インフラになるような事業を作りたいという思いから起業しましたが、まずは自分たちの強みを活かしてきちんとビジネスとして成り立つデザインファームとして始めました。
デザインファームとして順調に経営していたのですが、このままでは当初のインフラになるような事業を作りたい、という志にはたどりつかないだろうと。そこで立ち上げたのがカウカモでした。
――当初のビジネスはITとは少し遠い印象ですが、不動産テックへと舵を切った理由は。
co-baに入居していた会社の多くがITベンチャー企業だったんですね。近くで見ていると本当に成長スピードが早くて、これはすごいなと。私自身も起業前はネクスト(現:LIFULL)で不動産業界向けSaaSの企画開発やマーケティングなどを担当していて、もともと不動産×ITが主戦場だったんです。当時は、事業のメリット、デメリットを考えて精査するというよりも、これ一択という感じでしたね。
――まさにスタートアップとして社会課題を解決したいという思いから始められているんですね。目先の利益を追うのではなく、この部分に飛び込んでいけたのはすごいの一言です。
もちろん収益を上げていない会社に価値はないので、収益を上げないといけないという思いはあります。ただ、数値的なものを追うだけではなく、会社として存在価値を最大化させたいという思いのほうが強かったですね。
――不動産流通のプラットフォームというと、在籍されていたHOME'Sはもちろん、「SUUMO」など巨大な先駆者がいます。その中での勝ち筋は見えていたのですか。
SUUMO、HOME'Sは集客と送客のビジネスモデルですよね。一見するとB2C向けサービスに見えますが、不動産会社の集客をサポートするB2Bサービスです。ですから薄く広く、アフィリエイトに近いイメージだと思います。カウカモは、むしろB2C向けのビジネスで、狭く深くを狙っています。これは、大手のプラットフォームサービスでは取れない部分なので、大手がやりづらいビジネスを私たちが手掛けるという、違うポジションを狙いました。
――狭く深くというのは具体的にどの辺りですか。
「狭く」は都心を中心とした中古のリノベーション物件に特化している点です。「深く」はメディアを入口に、購入・売却という仲介の領域、そして最近ではリノベーションの提案まで入り込んでいます。大手の不動産流通プラットフォームは送客の人数がKPIになってくると思いますが、カウカモは成約が何件生まれるかが重要になります。そこを重要視すると、プラットフォーム上に掲載する情報の質を格段に高める必要があります。お客様には、カウカモは情報量が多く良いことだけでなく悪いことも書いてあって信頼できて、読んでいて楽しい、という独自の価値を感じていただくことができています。
これは、物件を扱うそれぞれの不動産会社が情報を掲載しているプラットフォームでは、構造的に難しいと思います。そのため、私たちは狭くても勝てると考えました。また、ビジネスモデルが送客ではなくて仲介になってくるので、取引のフィーが大きいのもポイントですね。
――集客から仲介、成約まで追いかけられているとのことですが、現在の社員構成は。
プラットフォームの企画・運営のためのエンジニア、デザイン、マーケティングなどに先行投資しています。人数構成としては、「カウカモエージェント」と呼んでいる不動産仲介の専門職の層が厚めです。私たちの役割は基本的に売り主と買い主をマッチングするオンライン仲介で、売り主の7~8割がリノベーション再販会社なので、売り主がリノベーションして販売するケースがほとんどですね。付帯サービスとして買い主向けのリノベーションの提案も行っています。
――買い主は個人の方ですか。法人と個人の両方にアプローチが必要ですね。
不動産会社の方と関係を築きつつ、個人の方にもリーチしなければいけないのは、確かに大変なのですが、実はあんまり大変だと思ったことはなくて。法人の売り主にとって私たちはパートナーなので、売るためにカウカモを使わない理由はありませんから。
――ここ数年、日本でもテクノロジーを使った不動産買取再販ビジネス「iBuyer(アイバイヤー)」が注目されています。そことの棲み分けはどう考えていますか。
リノベーション再販事業は参入障壁が低い分、過当競争になっています。一番競争が激しいのは仕入れで、そのレッドオーシャンに突っ込んでいく必要はない。一方で、私たちのお客様は住み替えの方も増えているんです。その事情を考慮して、売却サービスを提供するなど、強みが打ち出せるところを中心にやっていこうと思っています。
――ツクルバの強みは、データ活用とテクノロジーを使った領域というところでしょうか。
データとユーザーとの接点の多さだと思っています。結局テクノロジーが寄与するのは、売上を上げるか、コストを下げるかのどちらかですよね。その中でもコストを下げることが重要だと思っています。
私たちのウェブサイトには約40万人の会員がいて、毎月5〜6万人のお客様にご覧いただいています。リアルで考えると6万人のお客様が入る店舗を運営するのはコストがかなり必要になりますが、そのコストを圧倒的に下げています。またITをきちんと活用してプロダクトを作ることで、ユーザーとつながり続けるコストも下げています。
これにより、再販事業を手掛けているほかのプレーヤーとも仲介会社の方とも異なるデータを取得できています。成約に至った物件の中で、さらにどんな内装が人気があるのかといったデータは、私たちが一番もっていると思っています。
年間流通量は1000件に迫る勢いですから、月に80~90件の物件を流通させている計算になります。これは売上トップ10の再販会社さんと同等の流通量になります。今後これが蓄積し続けるわけですから、そうなると東京都心のリノベーションにおける流通データを世界で一番持っているのは私たちということになる。これが強みですね。
――日本の不動産における成約データは出ていませんから、これはすごいことですね。今日明日の話ではなく、お客様とつながり続けることで、底力がどんどんついてくる。継続してつながっていくためにどんな仕掛けをしているのですか。
購入者のコミュニティを運営していて、コロナ前はイベントなどを開催していました。私たちとしては、カウカモは不動産ではなくて、暮らしや住まいを売っていると考えています。そうなると家の定量的な情報だけではなくて、家族とどんな暮らしができるのか、どんな街なのかが知りたい。
カウカモでは、「カウカモマガジン」というメディアも運営し、編集部のスタッフが実際に街を歩いたり、個人のリノベーション体験を紹介したり、読者が追体験できるようなコンテンツにしています。これは既存の不動産ポータルサイトとは全く違うフォーマットです。ユーザー体験として差別化しつつ、ユーザーが読みたい情報を載せて信頼を得る。そうした工夫をしていますね。
――これはすべて自社でやっているのですか。すごいですね。
自社で作っています。あとは毎年リニューアルしていくわけではないので、アセットとしてデータを蓄積しているのがポイントですね。ファッションは毎年トレンドが変わってしまいますが、都心にあるマンションは2000棟程度ですから。
――データを蓄積しているという感じですね。日本の不動産テック企業としてやってこられて、海外とはここが違うなと感じる部分はありますか。
海外の不動産テック企業はフィンテック企業に近いですよね。資金を回しながら利益を得ていくというダイナミックなビジネスが多くて、日本だとそこまで資本を大きくできないので、金融寄りのサービスは提供しづらい。
もっとも、米国と日本では不便に感じているところが違うのが大きいなと思います。海外は中古のリノベーション物件は当たり前で、今後この市場が伸びていく先進国は日本だけ。これからやっと世界水準に追いつくイメージです。日本の不動産は非常にユニークですね。
――日本の不動産市場について国や行政に期待することはありますか。
中古住宅の流通をもっと後押ししていただけるとうれしいですね。例えば、リノベーション再販会社の負担になっているのは、仕入れと同時に登記が必要になること。登記にはコストもかかりますから、その分をお客様側に上乗せしなければならない。これは無駄です。認定再販会社は免除などの仕組みがあれば、より流通は進むと思います。
――確かにその部分のコストがなくなるとお客様にもメリットが大きいですね。一方で、日本では長く新築人気が高いとされてきました。それについてお客様の反応はいかがですか。
サービスを検討し始めた2014年当時は新築のニーズが高かったですが、2016年頃に逆転して、それ以降中古のトレンドは強いと感じています。ただ、今までは新築が買えないから中古、というイメージでしたが、そういう感覚は少なくなってきていますね。中古が当たり前の選択になっていると思います。
お客様の中でも価値観の変化というか、作って壊してみたいなのが当たり前と思わない世代が多くなってきているようです。中古のリノベーションが普通の選択肢として上がってきているという感覚はありますね。
――サービス開始から今までで、お客様の価値観の変化は強く感じますか。
とても変わったと思いますね。そもそも都心の新築マンションは数がとても少ないですし、あっても高くて買えない。ESGの流れもあり、中古など、あるものを使うという価値観は広がってきていますから、その辺りの意識の変化も、私たちのビジネスの追い風になっていると思います。
――今後もさらにニーズが高まりそうな中古、リノベーション市場ですが、今後の展開を教えてください。
データとITを利活用して中古住宅流通プラットフォームの第一人者として業界を盛り上げていきたいと考えています。お客様が当たり前のように買って、売ることが、安心してできるインフラのようなサービスを目指し取り組んでいきます。
森ビルJ-REITの投資開発部長として不動産売買とIR業務を統括。地方拠点J-REITのIPOに参画。再エネ業界では、太陽電池メーカーCFOや三菱商事合弁の再エネファンド運用会社CEOを歴任。 2016年不動産テック企業であるリマールエステートを設立。不動産売買プラットフォーム「キマール」を展開するとともに、日本初の不動産テック業界マップを発表。2018年不動産テック協会を発起し代表理事に就任(現顧問)。政治学修士、経営学修士、MBA、政治学博士課程修了、コロンビア大学およびニューヨーク大学にて客員研究員を歴任。2021年より衆議院議員(国土交通委員会理事 日本維新の会国会対策委員会副委員長)。
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