いま千曲市が面白いーー。東京駅から約2時間。「美肌の湯」とも評される温泉が魅力の長野県千曲市に行ってみると、「これがワーケーション?」と既存の概念を疑うような光景が広がっていた。
「ワーケーション」の定義はさまざまだが、私は「ノマドワーカーが、Wi-Fi環境のあるリゾート地のコワーキングスペースでPC作業をするんでしょ?」とか「川端康成の『雪国』みたいな感じで、昭和の文豪みたいな人が温泉宿に長期滞在するんでしょ?」といったイメージを持っていた。
今回は、休みを取って「擬似ワーケーション」を体験するというのが趣旨だが、友人に誘われて千曲市を訪れると、のっけからこのような先入観を覆される体験をした。
まず紹介したいのは、JR篠ノ井線姨捨駅から歩いてすぐの「姨捨ゲストハウスなからや」だ。庭から棚田や善光寺平の絶景が一望できるが、千曲市は「月の都」と呼ばれるだけあって、夜景もとても魅力的だ。
到着すると、ワーケーションで訪れた人々が、広い庭で十分に距離を取りながら料理を囲んでいた。地元の新鮮な野菜を使ったサラダや漬物もとてもおいしかったが、それを尻目に振る舞われたのが「おとうじ」。麺すくいに小分けしたうどんを入れて、鍋にさっと湯がいて、キノコなどの具と一緒に食べる地元の郷土料理だ。やはり同じものを食べると、参加者同士の心の距離は縮まる。
そこには、IT企業のエンジニアがいたり、元官僚のワーケーションの伝道師的な人がいたり、時給10円を謳って地元で何でも屋的な生活をするミュージシャンがいたり……。そう、この「なからや」は、こたつに入りながら快適に仕事ができるワーケーション施設であるとともに、地元で面白い活動をしている人たちも集まる「交流拠点」だったのだ。
千曲市では、地元の企画会社「ふろしきや」が、信州千曲観光局などとタッグを組んで、定期的に毎回1週間程度の「ワーケーション・ウェルカムデイズ(WWD)」というイベントを開催している。
イベント期間中は、ストレッチの仕方を学んだり、鉄道に乗って千曲市近郊のワーケーションができる施設を訪問したり、温泉宿と提携して“好きな時に仕事、好きな時に温泉”という「湯治ワーケーション」の取り組みをしたりと、さまざまな企画が催される。
それぞれの企画についてはもちろん、参加者の仕事の状況最優先で、出入り自由。期間中、必ず丸々1週間参加しないといけない、というわけではなく、前半だけ参加、1日だけ参加なども可能。オンライン会議に参加するために企画からすっと抜けて、終わったら戻ってくる、という人たちも珍しくない。
千曲市総合観光会館内にある「Gorori」や、そこから徒歩圏内の「クラウドカッコウランド」など、ゆったりとした雰囲気を楽しみながら、Wi-Fi環境の中で仕事に集中できる場所がいくつもある。
地元の温泉の泉質だけではなく、こうした点からも垣間見えるような“緩い雰囲気”に惹かれて全国から集まる常連さんたちと、地元の人たちとの間でコミュニティが生まれているのが、「千曲市ワーケーション」の最大の特徴となっている。
さらに面白いのは、このコミュニティから次々とプロジェクトが生まれていること。たとえば、参加者たちの雑談の中で、「こういうの、あったら良いよね」と話題になったことをきっかけに、常連さんのエンジニアたちが開発したのが「温泉MaaS」という仕組みだ。
スマートフォンからWWD参加者に配布されるチケットを使って、タクシーに乗れたり、レンタサイクルが利用できたり、温泉に入れたり、お土産物が買えたり。ワーケーション施設や息抜きの場などのオススメスポットを地図上で紹介する機能もある。
参加者同士でタクシーに同乗した際は、「割り勘」のように、まとめてチケットを払ってくれた人に他の人がチケットを送る仕組みまであり、このイベントのインフラとなっている。
そして、現在進行中なのが、通称「寅や」プロジェクトだ。このコミュニティに所属する、映画「男はつらいよ」ファンの地元の女性が、千曲市内の古い木造アパートをリノベーションして、昭和の世界を感じさせる“ゲストハウス×シェアハウス×コミュニティースペース”の特徴を併せ持つ「おせっかいハウス」を作る、というもので、クラウドファンディングを実施。
事業計画のアドバイスや、プロジェクトの情報拡散、リノベーション作業などで、WWDの常連さんたちがサポートして実現へと進んでいる。
次回WWDの開催は、5月になる予定とのこと。実際に参加できるかは、新型コロナウイルスの状況にもよるが、その機会ではなくても、このコミュニティとの再会が楽しみになっている自分がいる。
人が「ワーケーション」に求めるものは、個々に違うと思うが、単に「働き方」の変革という面だけにとらわれない方が良いように感じた。普通に生活しているだけでは出会わないような人たちと知り合い、公私ともに自分の活動の幅を広げられる、というのも、きっとワーケーションの魅力の1つなのだろう。
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