ワーケーション自治体協議会(WAJ)は1月17日、関係省庁予算説明会をオンラインで開催。その中で、ワーケーション領域の先駆者によるクロストークセッションがおこなわれ、日本型ワーケーションの普及・定着に向けた意見交換がなされた。
ウィズコロナ時代の新たな働き方として政府もワーケーションの普及を後押しし、各省庁の予算案の中に関連する事業や項目が盛り込まれているが、それらの政策パッケージを正しく活用してほしいという意味合いも込め、地方自治体に対してアドバイスが送られた。
トークセッションは、モデレーターをWAJの和歌山県 情報政策課 課長の桐明祐治氏が務め、推進する政府(省庁)、ワーケーションを利用する都市部の企業(産業界)、受け入れる地域(自治体)、そして利用者と地域をつなぐ民間(コーディネーター)という立場を代表する異なる立場のメンバーが参加して意見を交わした。
WAJはワーケーションの普及促進を目指した自治体によって設立された団体で、現在は200を超える自治体が参加している。説明会の参加者も地方自治体関係者が多く、セッションテーマとして自治体向けに「地域の施策目的に応じたワーケーション活用方法」が用意された。
まず、長崎県の五島列島でワーケーションイベントを企画・運営する、みつめる旅代表理事の鈴木円香氏が、地域にとってのワーケーション実施効果を説明。
「地域に対して、(1)経済効果を生み出す、(2)関係人口を創出する、(3)移住・定住につなげる、(4)事業創造としての企業誘致、(5)雇用創出としての企業誘致、の5項目があるが、これらを全部取りにいこうとするとうまくいかない。自分たちの地域で作りたい未来像に併せてこの中からどれを取っていくかをうまく設計していくことが大事」とコーディネーターの立場から知見を示した。
五島市の場合、2019年に社会増を達成するという快挙を成し遂げたが、都市部のIT人材と20歳から40歳代前半の子育て世代にリーチできていなかったため、そこに向けてワーケーションを企画しているという。先の分類では(3)型に相当し、その際ワーケーションの役割はあくまで知ってもらうところまでで、移住への覚悟を試す意味合いから「お客様気分、観光客気分よりも地域にコミットしてもらう体験を埋め込んでいる」(鈴木氏)のだという。
自治体の現場でワーケーション事業を担当する、長野県立科町 企画課 地域振興係 係長の上前知洋氏は、自らの経験から「ワーケーションはソフト事業。立科では新しい箱物は全く作っていない」と発言。立科町は、2017年から(5)型のワーケーション「立科WORK TRIP」プログラムを展開している。地元のペンションを活用し企業向けの合宿型ワーケーションを誘致して、その後参加企業に仕事を手伝わせてほしいと働きかけ、その中の1社から立科町の住民ワーカーに依頼が来るようになり、地域の課題である雇用を創出したという。
デジタル田園都市構想を推進する、内閣官房 デジタル田園都市国家構想実現会議事務局 内閣参事官の野村栄悟氏も、ワーケーションには地域と企業と働き手、大きく3つのプレイヤーがいて1つの正解はないと同調。「企業の場合は人材確保やBCPな観点で進める場合が多い。地域によっては雇用の確保や移住につなげる一歩目、働き手としては子育て、介護とか。それぞれの地域の状況に応じて、観光や農業などやりやすいところから始めるといい」とアドバイスを送った。
産業界から参加した、日本経済団体連合会(経団連)産業政策本部 上席主幹の大橋泰弘氏は、観光の視点で発言。「コロナをチャンスと捉えて新しい観光スタイルを作るべきだが、観光で人が来ると地域が痛む。これからは地域をいかに持続可能にしていくか、旅を遊びではなく地域に生かしていく視点が大事だ」との見方を示した。その上で、ワーケーションは関係人口を創出するきっかけであり、決して箱物事業ではないと上前氏の意見に同意した。
続いて桐明氏から、「都市部から見てワーケーションという手段をどう使っていけそうか、使えそうか」と問いが発せられたが、大橋氏は複雑な表情を示し、「明るいトーンの話と悩ましさと両面がある」と回答。エンゲージメントを高めてアウトプットを最大化していくという1つの働き方の手段であるとした上で、「企業の中ではワーケーションが視野に入ってはいるが、相当もやもやとした状態になっている」と実態を明かす。
大橋氏が懸念するのは、人事労務制度の問題である。「わずか数年前まで、介護休職制度の整備もなされていなかった。地域への関わり方や地域貢献が、企業の人材活用の視点の中に入ってくるだろうか」と疑問を投げかける。「働き方と地方創生はなかなかダイレクトにはつながらない。副業・兼業に力を入れる企業が増えているので、そこと絡めて関係人口の創出や、将来的に移住につなげようとしていくなどの形で、結果として地方創生につながる取り組みになっていくと良いのでは」(大橋氏)
そういった意味で地方創生テレワーク事業では、自治体だけでなく企業に対しても力を入れている。野村氏は、「地方創生テレワークもワーケーションも、企業に対してしっかりメリットを感じてもらって取り組んでもらうことが大事」と述べ、ワーケーションを実践している企業に宣言してもらい、宣言した会社を対象とした人材募集イベントを開催するなどのインセンティブも検討していると明かした。
次に、ワーケーションがなかなか浸透しない現状について桐明氏が「地域側の問題もあれば企業側の課題もある」と問題を提起。これに対し鈴木氏は、「ワーケーションをする個人のメリット、その人にとって何が楽しく、何が幸せかという部分に対する視点が抜け落ちがち」と指摘する。
「ワーケーションは人生のロケハン。自分もモチベーションが高まる場所を探している中で五島に出会い、そこから仲間が集まり行政と連携して事業も始め、本業もプライベートも充実した。個人のモチベーションの高さが、企業、地方、個人の三方良しの原点になる」(鈴木氏)
上前氏は鈴木氏の話に同意しつつも、自治体の担当者という立場から「自治体としては個人の話と企業の話を分けて考えないと施策の建て付けが変わってくる」と論点を整理。また大橋氏は、このように定義付けや整理できていない部分が多いことが、ワーケーションが企業に浸透しない現状につながっているとする。
「まず個人向けと企業が行うワーケーションの違いを整理し、費用の持ち方と労務管理を整理する必要がある。それができていないので、ワーケーションをしてきたというと、『遊んできたんだろう』と言われてしまう。そこの整理をしっかりとして、社会的に『ワーケーションをした』と話した時に、みな同じ絵を描けるようにすることが大事だ」(大橋氏)
最後に自治体に対するメッセージとして、まず上前氏が「ワーケーションはすべてを解決する魔法のツールではない」と念を押す。その上自らの経験を踏まえ、成功させるためには企業側の視点が抜け落ちているためコーディネーターの存在が必須であることと、地域一帯で取り組もうと盛り上がっても自治体と観光事業者は見るゴールが違うので、思惑がずれる問題が起きると2つのアドバイスを送った。
鈴木氏はワーケーションを企画する際には、来てくれる人を“使ってやる”くらいの気持ちでいいとコツを伝授する。「ビジネスパーソンは普段から観光もバケーションもしているので、観光を超えた深い知的探求心を満たしたいというニーズもある」とのこと。
大橋氏は、意識合わせの重要性を説く。「ワーケーションとは何なのか、出張研修とはどう違うのか、各人事労務の担当者まで届くようにするべき。自治体とも『こんなモデルを作れば行きやすくなる』とか、『受け入れやすくなる』という共通認識ができるといい」と提案。一方で行政に対しても、「政府も含めて各省庁が実施を予定しているモデル事業について、どんなストーリーやパターンがあるか見えるようにすべき」と注文を出した。
これを受けて最後に内閣官房の野村氏は、「多くの自治体はどうやったらいいか悩んでいると思う。中心になる人や企業、コーディネーターがいない場合、どの省庁の施策を活用していいか分からない場合などは、事務局で相談に乗る」と支援を約束した。
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