カルビー、ネスレ日本、森永乳業など、日本を代表する食品メーカー各社が導入しはじめているAIツールがある。マーケティングリサーチとパッケージデザインを展開するプラグが2年前にリリースした「パッケージデザインAI」だ。
590万人の学習データをもとに、AIが商品のパッケージデザインをたった10秒で評価する。商品開発の期間短縮を図れるほか、 “デザイン改良のヒントを得られる”点も好評だ。料金プランは2つ。1画像あたり1万5000円の単発利用と、1カ月70万円(1年契約なら50万円)の使い放題サブスク型から選べる。ちなみに無料お試しプランは、5月31日よりすべてのサービスが10画像だけなら誰でも利用できるとのこと。
カルビーでは、「とうもりこ」「えだまりこ」に続いて、同社の“最堅”ポテトチップス「クランチポテト」のリニューアルでもパッケージデザインAIを活用したことを2020年9月に発表していたが、リニューアル前のデータと比べ、何と売上が1.3倍に増えたという。
このパッケージデザインAIを企画・開発したプラグの代表取締役である小川亮氏に、開発の背景や想い、機能や活用メリットを聞いた。
プラグは調査会社とデザイン会社が合併して生まれた会社だ。市場調査とパッケージデザイン、両方の業務を行っている。このため、膨大な消費者データや「デザイン評価」のノウハウが社内に蓄積されている。
「もともとはAIを作ることが目的ではなく、『いいデザインってなんだろう?』ということを知りたい一心で、2015年から自主調査をたくさんしてきた。数年でデータが蓄積され、これらをベースにAIを使えばパッケージデザイン評価を予測できるのではと閃いた」(小川氏)
リサーチャーとデザイナーを、約30名ずつ抱える同社。「調査はもっと簡素化できる」「捨てられるデザインがかわいそう」、そんな想いもあったという。展示会でプロトタイプを出展したところ反響がとても大きく、2019年の本格的なサービスインを目指して開発を始めた。
とはいえ、プラグにとってAIプロダクトの自社開発は初めてで四苦八苦。そこに“救いの手”を差し伸べたのが、東京大学大学院の山崎俊彦准教授だったという。小川氏は「そんなに頑張るのなら、と山崎先生が定期的にお時間を作ってくださり、われわれもすごく真剣な学生みたいな感じで、東大に通って開発した」と振り返る。
そうして完成したパッケージデザインAIは、「ディープラーニングビジネス活用アワード2019」で特別賞を受賞した。東京大学の松尾豊教授も審査員を務めており、「商品担当者やデザイナーの仕事のやり方や速度感を変えるサービスである」という点が高く評価されたという。
パッケージデザインAIとは、画像をアップするだけでデザイン評価をAIが予測するウェブサービスだ。主なアウトプットは好意度予測スコア、ヒートマップ、イメージワード、好意度のばらつきの4つ。
「好意度予測スコア」は、1〜5の数値でデザインごとのスコアを予測できる。最大10点の画像のスコア比較できるほか、性別や年代別にスコアを提示することも可能だ。「ヒートマップ」は、デザインのどこが好意度と結びついたかを可視化できる。これによって、デザイン修正の指針を得られるという。
「イメージワード」は、デザインごとにどんなイメージを持たれるのかを予測する。かわいい、優しい、季節感があるなど、パッケージデザイン評価で頻出する19種類のキーワードが設定されている(食品以外では18種類)。「好意度のばらつき」では、万人うけするか、特定の層に支持されるかを測れる。
「AIはよくブラックボックスだと言われるが、パッケージデザインAIはこのデザインの好意度がなぜ高いのかなど、デザイン評価の理由まで紐解ける設計になっている。AIの判定に従うというより、デザイン開発における試行錯誤や気づきの量を増やすことで、自問自答や議論が深まりデザインが正解に導かれていく、そのような使われ方をしている」(小川氏)
パッケージデザインAIの活用メリットは、大きく2つある。(1)商品開発の高速化、(2)デザイン修正の多頻度化だ。
従来の新商品の開発は、スーパーの棚替え時期である4月と9月に合わせて、半年かけて行われてきたが、「半年は長すぎる。消費者が欲しい商品を、いかに短期間で世に出すかという競争になっている」と小川氏は指摘する。たとえば、初期デザイン案のスクリーニングや、従来は選ばなかった“意外な高スコア”案の発掘など、開発初期のギアを上げるのに役立つという。
また、従来の消費者調査とは違って、定額で何度でもすぐに評価ができるため、細かいデザイン修正と評価を繰り返すことが可能。「初めは中程度のスコアのデザイン案でも10回くらいデザイン変更していくと、スコアが高まる」という。「自分がやりたいと思うことを、世の中の消費者にうまく合わせながら、短い時間で調整していく、従来の商品開発プロセスではできなかったことを実現できるようになる」と、小川氏は声を弾ませた。
実は、このような活用方法を生み出しているのは、先行導入したユーザー企業なのだそう。冒頭に紹介したポテトチップス「クランチポテト」の売上が1.3倍増(※)になったカルビーはその好例だ。「最堅というコンセプトや美味しさを伝え切れていない」という仮説のもと、パッケージデザインAIを駆使してリニューアルし、発売前に好意度予測スコアを大きく引き上げることに成功したのだ。(※カルビー調べ)
小川氏は、「この商品のパッケージでは、バリバリという食感や堅さを伝えたいが、従来は商品名に帯をつけて色を変えていたため、どうしてもそこに目が行ってしまい、シズル感を伝えきれていなかったと考える」と説明し、このように話した。
「デザインと調査をずっとやってきた経験から、AIの判定結果をヒントに自問自答しながらデザインをブラッシュアップしていけば、必ずいいデザインができると思っていたが、実際に好意度予測スコアも改善でき、パッケージのリニューアル後の推定販売規模が135%に、店頭率も上がったという成果につながり、大変嬉しく思っている」(小川氏)
現在、プラグは590万人の学習データのうち、1割は実測値の計測に、9割は予測モデルの開発に使っている。実測値と予測値の相関を見て、AIの予測精度をいまも上げ続けているのだが、5月末にはこのベースとなる学習データが728万人にグレードアップする予定だ。
精度向上はもちろん、カテゴリも24から44に大幅に増えるという。たとえば、日本酒、パスタソース、ペット用品などが増える。さらに7月にもバージョンアップする予定で豆腐や納豆、練り物などの和日配、男性用化粧品、ビジネス書などのデザイン評価もできるよう準備を進めている。
これを機に、パッケージデザインAIを試用する裾野が、さまざまな業種において広がりそうだ。そしてAIを組織的に仕組みとして組み込み、商品開発プロセスそのものを時代に合わせて変容していける企業が現れてくると、商品開発DXが加速度的に広まる可能性がある。
小川氏は、「書籍の表紙など、経験と勘だけに頼ってデザインしている世界はたくさんある。パッケージデザインAIを活用いただくことで、担当者やデザイナーがよりクリエイティブなことに時間を使えるようになるのではないだろうか。いずれは海外展開も目指したい」と意気込んだ。
【編集部注:5月6日8時40分追記】記事内の「棒グラフ」に誤解を招く表現があったため、画像を差し替えました。訂正してお詫びいたします。
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