通信教育を始めとした教育関連事業を手掛けるZ会は、前身となる「実力増進会」設立から87年(2018年時点)の歴史を数える。当初は口コミ中心のマーケティング活動を行ってきたが、現在では幅広いマーケティング活動を行っている。事業展開を行う上でCMO(最高マーケティング責任者)の存在は欠かせないものの、国内企業でその役職を目にすることは少ない。だが、その役割を担う部署や人物は必ず企業内に存在する。今回はZ会のマーケティングに活動についてうかがった。聞き手はCNET Japan編集長 別井貴志が務めた。
――まずはZ会における各部署(ICT事業部および中高事業部)の役割をお聞かせください。
Z会 中高事業部 プロモーション課 課長 柳恵里子氏:いわゆる「通信教育」を担当しているのが、私と鴨下が所属する中高事業部です。通信教育事業は、幼児から大学受験生、大学生から大人まで、幅広い方向けにサービスを展開しています。その中で、中高事業部は中学生および高校生を対象にしています。現在は、旧来型の紙の教材を使って学習する「テキストスタイル」だけではなく、紙の教材とiPadを併用して学習効果を高める「iPadスタイル」というサービスを展開しています。幼児・小学生の通信教育事業を行う部門としては幼小事業部があり、この幼小事業部と中高事業部は年齢に応じた学習の最適化をめざしており、綿密に連携しています。
Z会 中高事業部 プロモーション課 デジタルマーケティングA担当 主任 鴨下一洋氏:私は中高事業部のプロモーション活動の中でWeb広告などのデジタルデバイスでの広告展開を担当しています。
Z会ICT事業部 マーケティング課 課長 野本竜哉氏:私はいわゆる新規事業に近いICT事業部に所属しております。プログラミング教育やiPadに最適化した新規サービスを開発・提供する部署でマーケティングを担当しております。
――それぞれプロモーション課、マーケティング課とありますが、それぞれの定義を教えてください。
野本氏:マーケティング課はプロモーション系を担当する部隊と、お客様の声を直接受け取るサポートセンター的機能を持つ部隊と、2つのチームがあります。どちらも新規市場を開拓していくという意味で重要なマーケティング要素という考えから、お客様との関係性全般を扱うのがマーケティングと捉えてきました。教育サービスの良さを伝えつつ、お客様の課題を解決していくための組織です。
柳氏:名称が異なりますが、ICT事業部のマーケティング課と中高事業部のプロモーション課の業務は類似していています。事業部全体の中でプロモーション活動を重視するという位置づけを反映した名称となっていますが、プロモーション課内にマーケティング機能を備えています。10月からはWeb担当改め「デジタルマーケティング担当」を新設し、デジタルマーケティングを強化していく予定です。また、プロモーション課には、入会した後のお客様に継続的に教材に取り組んでいただけるようなサービスを提供する「継続担当」もあり、両者が連携して効果的なプロモーション・効果的な継続活動が展開できるように幅広く活動しています。
野本氏:他の事業部も基本はプロモーション課という名称を用いています。(ICT事業部のみマーケティング課であるため)以前、「プロモーション課にしないのか」と言われたこともありました。ただ、プロモーション活動だけを行う課ではないため、マーケティングという言葉にこだわりました。
柳氏:一番分かりやすいのはターゲティングでしょうか。弊社はお客様の年代に合わせて事業部を設けています。野本は新規事業を担当し、中高事業部とは販売手法やマーケティングが異なるため、部門ごとにマーケティングの担当を設置しています。
野本氏:中高事業部でもiPadを使う教材を用意していますが、ICT事業部はデータドリブンなど新しい要素を取り入れて、試行錯誤を重ねるICT特化型の活動を行うため独立しています。このような理由で、部門ごとのプロモーション部、ICT事業部のマーケティング部が存在します。
――なるほど理解しました。その上でうかがいたいのが、御社の場合は「Z会」というブランド訴求とサービスの訴求という2つの側面をお持ちです。具体的には、どのような活動を行っていますか。
野本氏:弊社では、常に新しい教育サービスをご提供していく際に、ICTを活用して教育の進化を追求しています。
象徴的な活動の1つが、経済産業省に採択頂いた「『未来の教室』実証事業でしょうか。Z会や民間事業者、学校現場が手を取り合うことで、教室のあり方や授業内容、カリキュラムに至るまで根本的に変えていこうという取り組みですが、現在日本大学三島高等学校・中学校の中学2年生と連携しています。このようにZ会では、特定のサービスをご提供するだけではなく、ICTという手段を用いて、お子様のあるべき姿を追求しています。
また、レゴ エデュケーション教材「レゴWeDo 2.0」とiPad上のアプリ連携でプログラミングを学ぶ「Z会プログラミング講座」を通信教育として展開していますが、このように新たなサービスを全国に届けるのが弊社の使命だと考えます。
プログラミング講座は新規事業のため、既存チャネルが活用できません。試行錯誤の上で、これまでとは異なるメディアへの記事広告展開や、エンドユーザーの方々に直接触って頂くユーザー体験会の開催等を行っています。
プログラミング教育必修化に伴い、教育する側も準備に追われています。弊社は保護者の方がプログラミング教育をサポートする上でのアドバイスをガイドブックに記述することで、「親がプログラミングの先生になる」ことが可能と考えました。そこで、弊社のサービスでは、お子様向けワークブックと保護者向けのガイドブックをご用意しています。
体験会では、実際に「親子で学ぶ」際の時間がどれくらいなのかを体験いただけるよう、実際の講座と同様の内容を全国各地で展開しています。学習アプローチはデジタルですが、アナログ的接点やお客様の生の声を重視して、サービスのブランド構築やマーケティング活動を行ってきました。
――マーケティング活動で重視しているメディアはありますか。
野本氏:金額的に大きいのはWebですが、新規事業は既存事業と比べると予算規模は大きくありません。ただ、プログラミング講座の価値は15秒のCMではお客様に伝わらず、Web上のボリュームのある記事を読んでもらわなければなりません。費用対効果を考慮しながら媒体を選んでいます。
――中高事業部ではどのようなプロモーション活動を行っていますか。
柳氏:様々なチャネルを活用しています。認知活動としては、幼児・小学生の保護者をターゲットにしたTVCMや、新聞・雑誌といったメディアを利用しています。中高生向けには学校や書店、講演会などリアルな場のアプローチも行っていますし、ダイレクトメールも送っています。セブン&アイグループとの業務提携をはじめ、他社とのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。メディア接触率を調査しますと、保護者・本人ともにデジタルメディアの接触率が上がっています。特に高校生はスマートフォンを利用する割合が増えてきており、学習にアプリを利用するなど、今までとは異なる行動も見られるため、近年はWebやデジタル媒体を利用した活動に注力しています。こうしたプロモーション活動を専門に行っている担当の責任者が鴨下です。
鴨下氏:中高生本人ですとスマートフォンに触れる時間は長いものの、そこへ単純に広告を展開しても効果的ではありません。ユーザーの属性はもちろん、閲覧しているサイトやアプリに対して、どのような環境、どういったマインドで接触しているといったことも吟味したうえで、配信設計を行います。そのうえで、広告に興味をもってくれたユーザーは学習意欲が高かったり、弊社のサービスと相性が良い可能性が高いと判断してリターゲティングを行い、効果的な広告配信となるように気を付けています。
――デジタルマーケティングはどのような活動をなされていますか。
野本氏:デジタルもアナログも活用し、可能な限りお客様の状況をマーケティングしています。また、弊社教育サービスの価値観を訴求できる場面を常に探しています。
サイトに訪問いただいたお客様の動きをマーケティングしつつ、新しい取り組みを発信するオウンドメディアを用意して、これまでのZ会にはなかった切り口の記事を掲載しました。そこでSNSのシェア率などA/Bテストによる効果を観察します。このようにデジタルツールを使いつつも最後は人の勘どころで、リターゲティングできるお客様を見つけていきます。
柳氏:デジタルマーケティングの本格的な活動はこれからです。デジタルの活動もアナログの活動も重要で、その二つをうまく連携したいと考えています。
――訴求性という文脈において、PCとモバイルの戦略に違いはありますか。
野本氏:もちろんWebコンテンツも各種用意していますが、弊社のお客様は「昔からZ会をやっていて愛着がある」「悩んだけれども良かったから子どもにも」と、長きにわたる歴史を元にした「保護者様からのお薦め」が小さくありません。このような声はアンケートなどアナログチャネルで取得しています。
世代を超えてZ会をお使い頂くお客様は、詳細にWebページをご覧になって頂けます。そのため、PC利用率は同業他社と比べても高い方でしょう。
この背景には、「きちん情報を確認して、納得して申し込みたい」というお客様が(ICT事業部の扱う製品に)多いからでしょうか。通信教育のプログラミング講座に関心を持たれる方は、ご自身でも教育に対する関心度が高く、課題に対するソリューションを探されている、と感じます。もちろんスマートフォンの使用率が年々増加していることも明確なため、対応していきます。
弊社の広告は、同業他社と比べると文字が多く、説明的な印象を持たれるかもしれませんが、その訴求性が響きます。認知→関心と進み、関心を持って頂いたお客様には、一定量以上の文章量があっても大丈夫であることが分かりました。このあたりのさじ加減を日々調整し続けています。
鴨下氏:気軽な情報収集や資料請求はスマートフォンで行い、お申し込み前の比較・検討段階ではPCで慎重にサイトの情報を読み込まれる傾向もあります。購買ファネル上のどの段階の方に見ていただくための情報かによっても、情報量や設計を変えています。
――塾という業務形態はプロモーション・マーケティングが難しい印象を持っています。授業を受けた生徒たちのインサイトや、オンラインにおける効果測定が必要でしょう。このオンライン・オフラインの違いはありますか。
柳氏:この2つの融合、オンラインのプロモーション・オフラインのプロモーション合わせた成果をどう計って、どうやって未来の活動に生かしていくかが、今の中高事業部の課題です。弊社の中高生向けサービスは歴史が長く、長年にわたるお客様の学習データやプロモーション活動についてのアンケートデータを保持しており、蓄積した入試情報や受験勉強のノウハウもあります。現在は、こういったデータを経年比較し、お客様の変化・入試の変化や傾向をプロモーション活動とお子様の学習に役立てています。ここに、オンラインでのプロモーションのデータを組み合わせることで、より迅速に、よりお客様のニーズに合ったサービスを提供できるようになります。お客様データドリブンマーケティングを強化して、新しい「通信教育」のサービスやプロモーションを展開したいと考えています。
鴨下氏:継続的に取っているアンケートは弊社の活動に対する評価を知り、次のプロモーション活動につなげる側面が強いですが、課題として感じるのは、「弊社が気づいていないお客様の動きや意識」をどうキャッチアップするかです。今後は、オンライン・オフライン問わず、お客様の動きや意識をデータによって可視化することをめざしていく必要があります。
野本氏:2つあります。Z会グループは多様な活動を行っており、栄光ゼミナールやZ会エデュースなどの教室事業、Z会CA(キャリアアップコース)の社会人向け通信教育事業、エデュケーショナルネットワークやZ会ソリューションズなどの法人事業など、様々な教育サービスをご提供しています。そのため、グループ内で、教育についての多くの情報を共有しています。各チャネルで行う事業展開から得た情報を、戦略立案に生かせるのはグループ企業の強みとなるでしょう。
一例を挙げると、「アオイゼミ」を展開する葵(あおい)の社長(石井貴基氏)とも積極的に情報交換を行っています。このように企業ごとの工夫や悩みを交換し、作戦立案に活用しています。
――グループトップとコミュニケーションを取れるのは大きな強みですね。
野本氏:そうですね。Z会グループ代表の藤井(藤井孝昭代表取締役社長)が、当然のことですが弊社グループ全体の動きを把握しているため、自分は最初に社長の藤井へ相談してきました。すると「彼に相談した方がいい」「このような情報がある」といったアドバイスが受けられるので、多くの課題は解決します。
もう1つは学習履歴が取れるようになったのは重要な要素でした。iPadを通じてお客様が、どの程度の間隔で学んでいるかデータを取得できます。例えば最初の1カ月は頑張るけれどモチベーションが低下するタイミングも出てきます。復活の兆しが見えると「テスト前だから」かな、と。
既存のお客様に対するリテンションにもデータを活用できますが、お客様の動きが如実にデータに表れるため、それらを新規顧客獲得など、具体的な施策にも生かしています。
――そうなると「One to Oneマーケティング」も可能になりますね。
野本氏:極論ではそうでしょう。AsteriaはAI(人工知能)的なものを含んでいるため、個別の学習ワークフローを提供していますが、それでも退会されるお客様もおられます。多くは「中間テスト直前だから」「夏休みで部活が忙しいから」といった理由でした。紙ベースよりも正確に情報を得られるデジタルの強みを感じます。
柳氏:通信教育の活動でも「One to Oneマーケティング」をめざしていきたいと考えています。紙ベースの学習には大量の情報がありデータ化はしていますので、Asteriaなどのデータと合わせると、お客様の動きをより正確に捉えていくことができます。
――リアルでは講師に対すマーケティングが必要。オンラインでは教材のプロモーションも必要です。Z会のDNAを理解するような講師やスタッフはどのように集めますか。
柳氏:教材制作は弊社の肝となる活動であるため正社員が担っています。新卒採用の試験では英語・数学・国語・理科・地歴の5教科から1教科選んで試験を受けなければなりません。Z会のDNAを理解する社員は自社でしっかりと育成しています。Z会ではジョブローテーションを行っており、教材制作部門から広告部門に異動する例もあります。私も前職は予備校講師でした。入社して最初に教室部門に配属され、英語の教材作成と授業を担当して、プロモーション部門に異動しました。活動の中心には「Z会の教材の良さを皆さんに分かって欲しい。この教材を使って志望校に合格して欲しい」という思いがあり、これは他の社員も同様です。教室では教えるプロが必要なため講師を採用していますが、Z会グループの理念に共感いただける先生方に活躍していただいています。
野本氏:記事作成時の外部依頼も社内ネットワークを活用します。「この内容なら○○大学の△△先生がいいよ」など、社内で情報交換し、記事の品質に気を配り厳密な取り組みを行っています。私は以前、通信キャリアに在籍していましたが、この点に関しては入社して驚きました。
柳氏:大学入試・高校入試が終わると、グループ各社を含めて教材制作の担当者が集まり、入試分析を行います。その結果を次の教材作成に活用しています。事業部制の利点は、教材制作の担当者とプロモーションの担当者が同じ部に在籍して同じ目標をめざしていることです。教材制作部門・お客様接点部門・プロモーション部門が担当学年別にチームを組んでおり、部署間の距離が物理的にも近く、意見交換しながら教材制作やプロモーションの業務を進めています。
――最後に各部署のプロモーションやマーケティングにおける課題と解決方法をお聞かせください。
野本氏:今後は、学習履歴の分析を精緻化(せいびか)していきます。そして、結果を元にした動的活動も行っていきます。また、担当レベルでは試行錯誤を重ねている状況ですが、既にRPAによる業務効率化に着手しています。弊社の強みである「人と教材の質」向上を、一層目指します。
もう1つはオンライン英会話など人が介在する部分でしょうか。答案の添削も可能な限り早く返送できれば、学習者がフラストレーションと感じる期間を短縮できます。分析や添削返送などあらゆる部分にデジタルを活用し、1分1秒を大事にする取り組みを進めます。
柳氏:繰り返しになりますが、学習履歴の分析とともに、プロモーションの分析を精緻化して活動に結びつけることが課題です。通信教育に入会する時には、WebでZ会の広告を見てWebから紙の資料を請求し、ご自宅で検討した後にWebで申し込むという行動を取る方が多くいらっしゃいます。オンラインのチャネルとオフラインのチャネルをまたいだ分析を行わないと、お客様の正確な行動がわかりません。こうした分析を行い、迅速にプロモーション活動に反映させ、入会時のUXも高めていきたいと考えています。
鴨下氏:教育サービスの業界では、8割のお客様が「Z会」といったブランドワードをキーワードとして検索して、サイトにアクセスしていると言われています。従来は保護者同士、学生同士の口コミなど、まずはオフラインで興味を持って頂く流れが主流でしたが、デジタル上のアプローチで認知を広げ、興味喚起を進めていく施策がもっと必要だと感じています。また、学習者の学習意欲やニーズは、自身のライフサイクルに合わせて変化します。弊社のアクションは優先されません。この差異を適切に埋めつつ学習者のより良い未来に貢献できる関係性構築を目指します。
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