NHKが放映した連続ドラマ「マッサン」の影響で国産ウイスキーの高級銘柄の売り切れが続出しているという。はるか離れたスコットランドの地で醸造技術を学び、苦労の末に日本にウイスキーを飲む楽しみを定着させた人たちの物語を知れば、「この日本で作られたシングルモルトをゆっくりと味わって秋の夜長を過ごしたい」という気持ちになる人が増えても不思議ではない。
以前、海外から入ってきたコーヒーに日本で独自の工夫が加えられ、それが海外のコーヒー文化にも影響を与えていることを示す「Bruer」というECサイトを紹介したが、どうやら洋酒の世界でもそれと似た現象が起きているようだ。そのひとつが2013年に米国マサチューセッツ州ボストンで創設されたECサイト「Wintersmiths」で見られる。
同サイトはお酒を飲むときにグラスに入れる氷を作るためのキットを主力商品としているのだが、この製品の誕生の裏には日本が深く関係している。
Wintersmithsを創設したのはクリス・リトル氏とパット・リトル氏の兄弟である。
同サイトの歴史は、クリス氏が勤めていたマーケティング会社の仕事で日本に出張したときに始まる。東京での仕事を終えた夕刻、クリス氏は恵比寿界隈を探索し、雰囲気のよいバーを見つけて中に入り、バーテンダーに「バーボン・オン・ザ・ロック」を注文した。
「オン・ザ・ロック」と書いたが、クリス氏が注文したときに使った言葉は正確には、オン・ザ・ロックではなく、「オン・ザ・ロックス(on the rocks)」である。英語では「rock」を複数形にするのが正しいらしい。お酒をロックで飲むときは氷(ロック)を1個ではなく、数個入れるのが当たり前ということだろう。
さまざまなカクテルの作り方を指南しているサイト「Liquor.com」がアップしている動画でも、米国のバーテンダーは次のように角ばった氷をいくつもグラスに入れて、その上から酒を注いでいる。
その夜、クリス氏が驚いたのは、差し出されたバーボンのグラスには完全に透明な大きな氷の球体が1個だけ入っていたことだ。
クリス氏は「いつも飲んでいる酒よりもずっと美しい」と、まずそのプレゼンテーションの見事さに息をのんだ。しかも単に見た目が美しいだけでなく、大きな球体の氷には、酒好きにはうれしい現実的な利点もあった。
容積が同じ場合、1個の球体の表面積は1個または複数の立方体の表面積に比べて小さい。氷の溶解速度は表面積に正比例するため、表面積が小さい氷ほど溶ける速度は遅くなり、酒の濃度が薄くならないのだ。その夜クリス氏は普段よりもゆっくりと冷たいバーボンを味わうことができた。
日本では、バーテンダーが客の目の前でアイスピックやナイフで氷を削り、美しい球形に仕上げて見せる店も珍しくないが、クリス氏が訪れた恵比寿のバーでは次のような装置を使っていたようだ。
彼は米国に戻ったらこの装置を購入して、これからは日本式で酒を楽しもうと決意した。
ところが帰国後、インターネットで検索してみたところ、この装置は何と1000ドル(約12万円)以上もすることがわかった。しかも、それとは別に透明な氷の塊を自分で用意しなければならない。バーの経営者でもないクリス氏にはとても手が出せない選択肢である。
彼はより現実的な選択肢として、それよりずっと低価格で販売されているプラスチック製やシリコン製の型を数種類購入してみた。市販のボトルウォーターを使って試してみたが、それらの型で作った氷はどれも曇った球体にしかならず、グラスに入れても見栄えがしなかった。
もっとよい方法があるはずだと確信したクリス氏は、エンジニアとしてCADを使った3Dモデリングの経験を豊富に積み、航空宇宙工学の修士号も持つ弟のパット氏を誘い、2人で「透明で球体の氷を作るための製品」の開発に着手する。
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