消費者の価値につながるマーケティング--転換する流通(最終回)

別井貴志 (編集部)2013年09月12日 11時47分

 消費者の購買に関わる行動や影響は、オンラインとオフラインの垣根がどんどんなくなっている中、メーカーや卸売り、小売りといった流通市場は、消費者のニーズを的確に捉え、消費体験を価値あることにするために、デジタルデータをどのように活用していけばいいのか――。

 このテーマについて、キリンの経営企画部 新市場創造室 主査である浅野高弘氏、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)のエンタテインメント事業本部 販促企画Unit Leaderである中西健次氏、アドビ システムズのマーケティング本部 マーケティングインテリジェンス部 デジタルマーケティングスペシャリストである井上慎也氏の3者で議論した。

 第5回では、オフラインやオンラインの活用について議論した。今回は最終回ということで、これまで議論してきたことを総括する。

--これまで、顧客志向や消費者の潜在需要をどのように把握し、それをどうやって商品やサービスに反映して訴求するかといったことを議論してきました。そして、こうしたマーケティング戦略を実践するには、社内組織の垣根を越えることや、オフライン、オンラインを問わずに消費者とコミュニケーションをとること、さらに何よりもデジタルを活用することが重要な点だったと思います。

 今回の議論を総括して、特集のタイトルである「デジタルで今こそ変わる流通市場」について、みなさんはどのように考えますか。

  • アドビ システムズのマーケティング本部 マーケティングインテリジェンス部 デジタルマーケティングスペシャリストである井上慎也氏

井上(アドビ):私はアドビの製品を宣伝して販売していくという立場ですが、デジタルマーケティングで得られた知見を、各製品担当、開発者メンバー、サポートメンバーらも含めて、さまざまなことをフィードバックしています。

 繰り返しになりますが、その際には“お客様”と“データ”を軸にしています。広告での反応、自社サイトの分析データ、テストの結果やソーシャル上の顧客の声などを共有しつつ、またメンバーからは開発現場の情報や店舗での売り上げ情報、顧客の問い合わせ内容などを共有してもらい、組織の垣根を越えてどんどんシェアしています。すると、課題だったことが、ある時点で一気に解決するというような経験が何度もあります。メーカーと流通、小売りはばらばらに動いている感が強いので、連携していくと、もっと消費者の消費体験に価値が出るように思います。

 メーカーである前職のP&Gでは、実際に小売り店舗と一緒に課題に取り組むチームがありました。P&Gの営業担当者担当者だけでなく、リサーチ、ファイナンスなどの各種メンバーと、店舗の方々とグループを作って、さまざまな“データ”を開示、共有して「製品を知ってもらって、店頭で買ってもらうにはどうすればいいか」ということを、とことん膝をつき合わせて議論とテストを行い改善していく取り組みです。そういう取り組みが、流通市場の中であたりまえのようにできればいいなと思います。

 TSUTAYAの場合は、商品を仕入れて販売するといったときに、そういったコミュニケーションはされているのですか。

  • カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)のエンタテインメント事業本部 販促企画Unit Leaderである中西健次氏

中西(CCC):音楽メーカーさんや映画メーカーさんとは、できるだけ流通の情報を渡しながら、「こういったアーティストはこういった世代のお客様がよく買っています」というようなことを共有しています。そして、「では、プロモーションをどうしましょうか」ということを一緒に考えていくことが多いです。

 「“小売り”は棚に商品を並べて売るだけ」ではなく、商品開発から一緒に取り組むべきだと思っていますし、TSUTAYAではそれがエンターテインメントの分野になるでしょう。

 また、Tポイントではキリンビバレッジさんと取り組んでいることがあります。キリンビバレッジの自動販売機に設置してある専用のカードリーダーにTカードを読み込めば、商品購入時にTポイントを貯められる自動販売機を2012年から業務提携して展開しています。自動販売機におけるTポイントサービスの導入は初めてのことでした。

 これは、ポイントを使った販促のように見えますが、キリンビバレッジさんから見るとマーケティングなんです。どういう属性の人がどういう商品を購入しているかといったマーケティングデータを共有しているのです。これを、商品開発に生かしていただいて、そのプロモーションをどうするかというところまで一緒にできると、もっと価値が広がると思います。

  • キリンの経営企画部 新市場創造室 主査である浅野高弘氏

浅野(キリン):そうですね。今日の議論の筋からいくと、ようするにもうメーカーは流通の主体ではなくて、生活者が主体になっているという、基本的にはそういうスタンスにあるということですよね。そのため、われわれとしてももっとお客様のことを知るような努力が絶対に必要だという前提で言うと、やはりお互いにWin-Winの関係になれるかどうかではないでしょうか。お客さんの満足なり、ベネフィットを前提にして連携する方向が望ましいと思います。

 中西さんに言っていただいた、飲料を販売するためのそういうマーケティングはだいぶさせていただいてます。例えば、“ビール”のことを毎日考えているお客さんなどいないと思うんです。毎日飲んでいただいていても、ビールのことは毎日話題になんかならないわけです。やはりお客さんは、ビールがそこにあって、仲間とか家族とかとの団らんが楽しいのです。そうすると、もしかしたらその場にお気に入りの映画や音楽があるのか、そっちのほうが大事になるわけですよね。

 われわれもノウハウを溜めて、TSUTAYAさんと取り組んでいるようなタイアップができたら、もっとお客様のためになるんじゃないかといったことを、今日議論して思いました。ただ単に物を売るだけに留まらずに……。

中西(CCC):浅野さんがおっしゃるとおりだと思っています。データをずっと見ていると、良くも悪くも見えてしまうので、そこに埋もれてしまうと、結果的に消費者の目線を忘れてしまうことがあるなと感じることもあります。

 そのため、データ分析は当然必要なのですが、その一方で消費者である自分の目線に立ち返って、それと比べながら両方でやっていかないと、結局は顧客価値が生まれないと思います。「それは数値から見ると当然そうなるよね、当たり前だよ。ただ全然おもしろくないんだけど」というような感じで。消費者の"お茶の間目線"と言いますか、「家ではこういう会話が繰り広げられているんだよ」というところに立ち返って考えることは必要があると思います。

--そういう視点は常に持つべきでしょう。ただ、その消費者の行動も昔よりオンラインに移っている部分がどんどん大きくなっていると思うので、お茶の間目線を考えるときにはこうした点も覚えておく必要がありますね。

中西(CCC):そうですね。そういう意味ではわれわれは「SNS」を販促ツールだとは思っていないんです。お客さんの声を拾う場だと思っているので、CRMツールだと考えています。データマイニングをしつつSNSでは生の声を拾っているんです。その両輪が非常に生きていて、「こんなことが起こっているんだ」とか、「こんなクレームがあったんだ」とか、「こんなご要望もいただいたんだ」などといったことが把握できるのです。

 基本的には、TSUTAYAのおもしろい話やTSUTAYAあるある話などを投稿して、コミュニケーションしています。そうすると、「いいね!」数に表れるので「ユーザーはこういうことに興味を持っていてくれるのか」ということがリアルにわかるので次の企画に活かしています。

--みなさん、長時間にわたって議論していただき、ありがとうございました。企業ですから利益を追求していくのは当然ですが、そこにいたるまでに、オンラインとオフラインを問わず、消費者とのコミュニケーションをいかにして売り上げにつなげていくか、そしてそれが最終的にどのようにして消費者の価値(利益)になるようにしていくかということが、マーケティング戦略を採る重要な点だと思いました。

 さらに、流通市場においてデジタル活用はあたりまえですが、古いしきたりや慣習にとらわれずに、メーカーや小売りの枠を超えてデータの可視化や共有も含めて、もっと連携して施策に取り組むことが増えていくと、なおいっそう消費者の価値向上につながるのではないでしょうか。

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