ソフトバンクが買収したSprintとはどんな企業か--鈴木淳也の見方 - (page 2)

Clearwire獲得における懸念

 だが現時点でこの買収戦略が成功していないことからもわかるように、株式買い集めの協力が得られなかったこと、そしてなにより買収資金面での問題があったことが考えられる。Clearwireの株式を買い進めたとして、同社自体が継続的な設備投資で運転資金が火の車状態にあり、さらなる追加資金を必要とするキャッシュ食いだからだ。

 実際、2011年12月にClearwireは運転資金上の理由により社債償還の問題が噴出しており、ここではSprintとの4年間のWiMAX回線貸与契約延長が発表され、Sprintからの資金供与を取り付けるとともに、WiMAXサービスの2015年までの保全が約束された。この資金は先行投資による社債の支払いだけでなく、以後のネットワーク環境整備へと用いられることになる。

 筆者の推測では、SprintとしてはClearwireを救済してあわよくば買収まで持ち込みたいものの、そこまでの余力は同社にはなく、下手に手を出せば逆に火傷する状況にあるとみている。つまりSprintとClearwireともに、体力を削りながら生き残りのためのネットワーク投資を続けている状態だ。

先の見えないレースの中で

 こうした先が見えない投資レースの中、両社ともに次の展開を少しずつ模索している。1つはネットワーク戦略の変更で、技術的マイノリティになり、先行きの不透明感の高まりつつあったWiMAXへの継続投資をストップし、以後はLTEベースのネットワーク整備を進めていくことが2011年12月のタイミングで発表された。

 ClearwireはWiMAXサービスを展開している2.5GHz帯の帯域を順次TD-LTEへと置き換え、一方でSprintは手持ちの800MHzと1.8GHzの帯域を中心にFDD-LTEへと置き換えていく形だ。幸い、Nextelの提供していたiDENの800MHzサービスが2013年半ばで終了するため、この帯域を効率良く振り替えることが可能になる。Sprint自身は既に2012年春に1.8GHzの一部帯域を使ってLTEサービスをスタートさせており、iDENが終了した2014年以降には800MHz帯でのLTEサービスがスタートすることになる。

買収は日本のユーザーにとってマイナスか?

 これがSprintの現状だが、ここから先はよくある疑問を中心に、ソフトバンクが同社を買収した場合のメリットとデメリットについて考えていこう。

 今回の買収には「デメリットが大きい」という意見が多い。直接的な意味ではイエスで、中長期的にみればノーだ。まずソフトバンクのSprint買収の原資になっているキャッシュは日本の携帯電話ユーザーが払ってきた通信料金で、これがそのままSprint買収と同社の継続投資のための資金となる。本来であれば、日本でのさらなる設備投資やサービス品質の向上、あるいは携帯電話料金引き下げなどの形で還元されることが求められるため、巨額な買収はデメリットでしかない。

 またSprintはCDMAネットワークであり、Clearのサービスも日本ではソフトバンクが展開していないWiMAXだ。仮に日本の旅行者が米国に行っても、安価なローミングサービスを享受できるようなメリットは期待できない。端末の直接的なやり取りができないからだ。

 だが孫社長が買収発表の会見でも強調していたように、買収による最大のメリットはスケールメリットによる調達力の強化にある。メーカーや問屋から仕入れを行う場合、発注本数が多いほど値引き交渉や入手の優先順位で有利になる。これは携帯キャリアでも同様で、契約数の多い大規模インフラほど必要となる機器の発注数が多く、それだけ値引き交渉が有利になる。また端末導入に際しても、製品をさばく母数となるユーザー数が多いため、それだけ大量調達による値引きが行いやすくなる。

 ここで余裕の出た資金はさらなる追加投資を可能とし、場合によっては通信料金引き下げにもつながる可能性があるため、ユーザーとしてはそのメリットを享受しやすくなる。3GこそソフトバンクのUMTS(GSM)とSprintのCDMAで異なるものの、ネットワークの差異を吸収できるだけの優位性はあると筆者は考える。また今後はLTEが主軸となっていくため、特に最先端ネットワークのユーザー比率が高い日本と米国でこれだけの契約数を抱えているのは、他社と比較しても競争上の優位になるだろう。

なぜ買収相手がSprintなのか? 米大手2社に対する勝算は?

 記者会見では示されなかったが、Sprintが比較的順調に契約数を伸ばしていた5~6年前までの株価は25~30ドルのレンジに収まっており、ソフトバンクが同社買収という噂が流れる直前の株価は3~5ドル程度と6分の1以下の水準まで落ち込んでいた。噂が出る直前のSprintの時価総額は約150億ドル(約1兆2000億円)程度で、ソフトバンクが携帯電話事業に参入する際にボーダフォン・ジャパン買収に費やした資金の3分の2程度だ。

 ドル円の為替レートが比較的有利なのもさることながら、経営危機に陥って時価総額が大きく目減りしていた今のSprintだからこそ“お買い得”だったのかもしれない。実際、ライバルのVerizon Wireless(Verizon Communications)やAT&Tの株価は現在も上昇を続けている。「Sprintを買うなら今しかない」という状態だったといえる。

 Sprintが低迷していた最大の理由は明らかで、度重なる設備投資で運転資金が枯渇しかけていたことにある。さらにキャッシュを食うClearwireが控えており、さもすれば今回投入した買収資金も一瞬で食い潰すことになるだろう。だがSprintにはNextelとの合併の過程で得た周波数資産とユーザーに加え、半分近い株式を握るClearwireの資産がある。ClearwireのWiMAXネットワークが利用者も少なく、非常に快適に利用できることは、米国で同社サービスを経験したことのあるユーザーなら知っているだろう。

 つまりそれだけ周波数帯域に余裕があり、一度状況を反転させることに成功すれば新たなユーザー獲得の原資となる。さらに興味深いのは、ClearwireがWiMAXサービスを展開し今後TD-LTEを載せていこうと考えている2.5GHzの帯域は、ソフトバンクが「ソフトバンク4G」の名称でサービスを展開しているAXGPの帯域と一致する。AXGPはTD-LTEと完全互換だと孫社長は説明している。つまり日本のソフトバンクと米国のClearのネットワークで共通の端末を利用できる可能性がある。前述のスケールメリット享受できるポイントの1つがこれだ。

 孫社長によれば、現在ソフトバンクがFDD-LTEベースで展開している「ソフトバンク4G LTE」サービスは「iPhone用のネットワーク」であり、ほぼiPhone専用のネットワークと考えている節がある。実際、先日発表された2012年冬と2013年春モデルの4G対応端末はすべてAXGPの「ソフトバンク4G」をターゲットにしている。今後は共同調達で、同氏がいう、いわゆる「グローバル端末」における4G対応は、この2.5GHz帯のTD-LTE(AXGP)対応を指すことになるのかもしれない。

 またTD-LTEに関しては、中国のChina MobileやインドのBharti Airtelが採用を表明しており、契約者数でともに億単位のメガキャリアで対応端末が一気にリリースされることが想定される。スケールメリットという観点でいえば、これほどわかりやすいメリットもないだろう。

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