ソフトバンクによるスプリント買収、3つの視点--松村太郎の見方

 2012年の日本のテクノロジ業界で最大の買収劇となる、ソフトバンクによるSprintの買収。既存の発行済み株式と新株発行により、米国第3位の携帯電話ネットワークの株式70%を取得することで話がまとまった。あとは米国のSprint株主やFCC(米連邦通信委員会)などの各所による承認を経て、2013年には買収を完了させる計画だ。

 2011年の同時期ほどではないにしても、依然として円高状態にあるドル為替相場。この環境を生かした取引であることは間違いない。それでも株の希薄化を避けて資金調達をしたソフトバンクが、1兆5000億円規模の投資をどのような時間軸で生かして行くのか、ソフトバンクの戦略だけでなく、市場環境等に左右されてどのような影響がもたらされるかについて、今後も注目していきたい。

ユーザーの視点:直ちに大きな変化はないが、今後日米ユーザーにメリットあるプランは打ち出せる

 日本のソフトバンクユーザーにとっても、米国のSprintユーザーにとっても、これは曲げようのない事実だが、既存の両者のユーザーが今回の合併から得る直接的な影響は、短期的には全くない。

 Sprintユーザーは、近い将来3G回線の通信スピードやエリアに関する改善の恩恵に授かれるかもしれないが、3Gで比較するとソフトバンクはW-CDMA、SprintはCDMA2000と方式が違い、提供している4Gの方式と周波数も異なる。ソフトバンクユーザーが米国に行っても、海外パケット定額で利用できるのは、AT&Tということになる。

 その逆もまたしかりだが、少し事情が違ってくる。iPhone 4Sから、iPhoneは「グローバルフォン」を標榜し、CDMA2000の携帯電話会社で契約したiPhoneがいわゆる「GSMロック」を解除していれば、米国外のGSM/W-CDMA系通信会社のSIMカードを使うことができる。SprintのユーザーのiPhoneを日本に持ち込んでソフトバンクのSIMを融通する、といったプランを作ることもできるはずだ。

 例えば筆者が契約しているのは、Sprintと同じCDMA2000をベースとしたVerizon WirelessのiPhone。iPhone 4Sの頃は、コールセンターに連絡をするだけで米国外のGSM系キャリアのSIMカードに対するロックを解除してくれたし、iPhone 5はそうしたロックはかけられていない。これらのiPhoneを日本に持ち込めば、ソフトバンクやドコモのSIMカードで利用できる。Verizonと同様3GをCDMA2000で提供しているKDDIも、すぐにやるべき施策である。

 話を戻すと、SprintのiPhoneを日本で利用できるよう融通したり、日米を仕事などで行き来したりするユーザーに対して、両国で回線を維持するよりも安く、日米に対応するiPhoneのプランを用意する、といった施策はあまり大きなハードルなく可能になるのではないだろうか。

Sprintの視点:財務体質を飛躍的に向上させるが、競争は厳しい

 Sprintへの影響は、短期的には資金繰りの安定に尽きる。米国内1位のVerizon、2位のAT&Tとはダブルスコアに近い差で契約者数のレースの3番手に追いやられており、ネットワークの充実や2G規格からの移行などが遅れている。こうした足下の不安を、ソフトバンクからの出資によって安定化させ、投資を加速させるには十分な材料だ。

 しかし米国メディアの見方は厳しい。

 確かにSprintはiPhone導入以降、契約者数を増やしながら収益性を改善する道筋に乗ったと見られる。しかしモバイルユーザーの契約者数で上位2社と差がつきすぎている点、インフラ投資について一貫性がなく、現在同社のキラー端末であるiPhone 5で残念ながらLTEが利用できない点から、メディアはソフトバンクが見出しているSprintの価値や、Sprintによる米国企業攻略のシナリオについて、懐疑的な見方が強い。

 またLTEエリアの順調な拡大によってiPhoneなどのスマートフォンに対して最適な体験を提供しているVerizonは、ケーブルテレビの企業などと組み、放送サービス、固定電話サービス、インターネットサービスとの併売に取り組むなどの囲い込みにも取り組んでおり、今後どのようなユーザー拡大策とインフラの充実を連動させていくのか、戦略をイメージさせることも重要だ。

 最も分かりやすい例として、Sprintで契約するiPhoneが、どれだけ快適に使えるようになるかが、一つのベンチマークになると言ってもよいだろう。

ソフトバンクの視点:チャレンジの戦略をどのように示すのか

 ソフトバンクのSprint買収は、これまで日本国内での競争が中心だった日本の携帯電話会社が、新たに世界規模の競争により主体性を持って参入するという点で、新たな展開が期待できる。

 例えば、ソフトバンクの前身だったVodafoneは英国の企業が各国の携帯電話会社を買収しながら世界に展開していたし、ドイツのT-Mobileも各国の携帯電話会社を買収しながら拡大していた。米国ブランドのT-Mobile USAは、Sprintとともに、第5の携帯電話会社Metro PCSの買収に動いていたことも記憶に新しい。こうした世界での規模を武器にビジネスをする携帯電話事業グループへと進んでいくとすれば、第2、第3の買収を行っていくことになるはずだが、そのつもりはあるのだろうか。

 携帯電話は、ソフトバンク自身が体現してきたとおり、契約者数の規模が利益に直結する。ソフトバンクはiPhoneの導入をテコにして、契約者と契約者あたりの収入の両方を向上させてきた。しかしソフトバンクはそれに留まらない。通信事業をこれまで、自社が持っていたり投資しているネット事業の「流通経路」として活用したりして、利益率を高めてきた点が強みだった。米国でこれらのシナジーを十分に引き出す取り組みができるのかどうか、注目すべきだ。

 また、日本国内から海外の市場へ出ていくとき、米国や欧州よりも、これからLTEを敷設していくような新興国で主体的にビジネスをしたり、各国の会社と連携したりする動きがポイントとなる。その際、ソフトバンクを始めとした日米で導入しているFDD-LTE形式と、Sprintや中国が採用しているTD-LTEの両方のオプションを持っている点は、プラスに作用するかもしれない。

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