基盤となるインテリジェンスの蓄積を急げ - (page 2)

「相手を知る」という努力

 かつて日本が東南アジア圏を席巻した時代があった。歴史をひも解くと、近世にあった「帝国主義的」な軍事による進出もあったが、緻密なインテリジェンスと現地社会に浸透する忍耐をもって長期的な関係性の樹立へとつながる方略に長けていたのではないかったか。

 一方、米国機密文書の公開によって昨今改めて理解が進んでいる大東亜戦争、そして戦中戦後の日本の出来事をみると、米国がいかに情報の不足がゆえに生じた日本の漠然とした存在感に怯え、その存在を根絶やしにするかのごとく徹底した戦略をとったことがわかる。その反動ゆえに、占領下では膨大な量の人類学や社会学、心理学徒を投入して、その性質を理解しようと努めた。そこで得られた知見の応用の結果なのか、僕たちは完全に飼いならされた市場に生きるようになってしまっている。

 たとえば、コンテンツビジネスにおいて国際戦略が極めて重要であるという論は、決して間違っていないものの、その具体的な方策は未だ見えてこない。その論が唱えられるようになって、すでに10年近い歳月が過ぎ、隣国の韓国が高い成功を収めたのにもかかわらず、日本企業は未だ世界第2の市場にこだわり続けている。

 意思がない、と言ってしまえばおしまいの議論、ではある。しかし、敢えてそれを推し進めるための施策があるとしたら、対象の基本的な理解と、そして戦略づくりがあってしかるべき手順ではないか。これまで、僕らは自分勝手な想いに基づき、相手を見ぬままに、自らの誇る商品とやらを押し付けようとしてきただけではないだろうか。

 たとえば、世界に誇るクールジャパンコンテンツとして広く認知されてきたマンガ・アニメだが、その海外進出は偶然の積み重ねであって、むしろ浸潤、あるいは漏出といっていいものでしかない。僕はアニメビジネスの現状を「戦略と姿なき侵略」と呼んでいる。

 実は、欧米で広くマンガ・アニメ作品が広がったのは、一部の海外事業者が日本作品を自身の著作物として再加工し、廉価に販売することで広まった。そこには販売者はあっても、創作者の姿はない。また、手離れのいいビジネスを目していた販売者は、当然のことながら一種の「売り逃げ」を前提とするため、まともな戦略などは不要だった。それゆえに、多くの作品が、勝手に流通し、何度も再放送され、そして皮肉なことに、広く定着するに至った。

 そのため、僕らのもとには、相手が僕らの商品やその質の高さを知っているということ以上の情報はない。それゆえに、最初のうちは押し売りでもよかったが、やがてそれが飽和水準に達すると、精緻なマーケティング・インテリジェンスが必要になってくるのは当然なのだが、それを実現するための投資はなされていない。

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