ソニーグループは5月23日、2024年度経営方針説明会を開催した。代表執行役会長CEOの吉田憲一郎氏と代表執行役社長COO兼CFOの十時裕樹氏が登壇し、クリエイションの強化とIP価値最大化の取り組みを通じた成長の実現について話した。
経営の方向性を示した吉田氏は「ソニーグループでは、クリエイティビティとテクノロジーの力で世界を感動で満たすというパーパスを掲げている。これは言い換えると、感動を作り、それをパートナーとともに世界に届けるということ。近年、私たちは、ゲーム、音楽、映画など、人の心を動かすエンターテインメント事業に力を入れ、これらの事業はグループ売り上げの約6割を担うまでになっている」とし、エンターテインメント事業の重要性について説く。
ソニーでは2021年にグループアーキテクチャーを再編し、各事業が自立し、等距離でつながる体制を整えた。吉田氏は「これがグループシナジーを加速したと考えている。ソニーにとって重要な事業である金融については、パーシャルスピンオフに向けた準備を開始しており、さらなる進化を目指す。グループとしても、ソニーブランドの利用や各事業との連携を強化し、金融事業の進化を支えていきたい」とコメントした。
エンターテインメントに加え、もう1つの経営の方向性として示したのが「クリエイションシフト」だ。「ソニーには感動に直結する『コンテンツ』、その感動を生み出す『プロダクツ&サービス』、クリエイションを支える『半導体』と大きく分けて3つのビジネスレイヤーがある。私たちはこの3つのベースレイヤーにおいて、軸足をクリエイション側にシフトしてきた」(吉田氏)と今までの取り組みを明かす。
起点となったのは、2018年のEMI Music Publishingの買収。6年間で約1兆5000億円を投資し、コンテンツクリエイションを強化してきた。2021年には、アニメに特化したDTC(Direct to Consumer)サービスの「Crunchyroll」も買収。「感動を届けるディストリビューションサービスに投資した。日本のアニメを世界に広げることでアニメクリエーターコミュニティに貢献することを志している」(吉田氏)とする。
プロダクト&サービス分野では、イメージング、スポーツ、バーチャルプロダクション、プロオーディオなど、営業利益の8割以上がクリエイションに関わるビジネスから生み出されているとのこと。クリエイションを支えるCMOSイメージセンサーには、過去6年間で約1兆5000億円の設備投資を実施した。
吉田氏は「クリエイティビティは人に宿る。そして人は今という時間を生きている」とし、「リアルタイム・クリエイション」について言及。CMOSイメージセンサーの技術とリアルタイムコンピューティング技術であるゲームエンジンを、「リアルタイムをキーワードに私たちが注力する2つのクリエイションテクノロジー」(吉田氏)として紹介した。
「CMOSセンサーは、クリエ―ターが感動の瞬間を捉えることに貢献している。2024年に発売したミラーレス一眼カメラ『α9 III』に搭載した『グローバルシャッター方式』のフルサイズイメージセンサーがその代表例。すべての画素を同時に呼び出すことで、高速に動く被写体も歪みなく捉えられる。まさに究極のリアルタイム技術を体現している」と説明する。
ゲームエンジンについては「ゲームはユーザーのアクションに応じてリアルタイムで生成されるコンピューターグラフィックス。その基盤とも言えるゲームエンジンは近年、映像コンテンツのクリエイション技術へと進化してきている」(吉田氏)とし、ゲームエンジンを活用し、その場で撮影シミュレーションを可能とする施設として、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント「Torchlight」を紹介。
「ゲームエンジンはリアルタイムのコンピューティング技術。最近大きく進化し、クリエイションにもかかわるようになってきたAIもコンピューティング技術になる。私たちはAIを、人のクリエイティビティを代替するものではなく、サポートするものと位置づけている。今後もテクノロジーを通じてクリエイティビティに貢献していく」(吉田氏)と方向性を示した。
続いて登壇した十時氏は、第5次中期経営計画(2024~2026年度)の先にある未来のソニーの長期ビジョン「Creative Entertainment Vision」を紹介した。
十時氏は「第5次中期経営計画のテーマは境界を超えるグループ全体のシナジーの最大化。配信プラットフォームやさまざまな施設での利用機会の拡大により、これまで獲得、創出したIPの価値が高まっている。今後もグループ全体でIPの価値最大化に注力していく」とIPの重要性について触れた。
10年後のソニーのありたい姿を描いた長期ビジョン、Creative Entertainment Visionは、「ソニーの未来を担う世代を中心に、グループ各社の多様な人材と2年以上の時間をかけて議論を進めてきた」(十時氏)と策定の過程を明かす。
Creative Entertainment Visionには、(1)テクノロジーを活用し、フィジカル、バーチャル、時間といった次元を超え、世界中のクリエーターの創造性を解き放つ、(2)境界を超えて多様な人々や価値観をつなげ、熱量の高いコミュニティを育む、(3)クリエーターと共に、想像を超えたわくわくするストーリー性のある体験を作り、感動の新たなタッチポイントとして世界中に広げる、と3つのフェーズがあり、ソニーではこれが示す方向性に向けて、さまざまなエンターテインメントカテゴリにおいてIP価値最大化の取り組みを進めているとのこと。
注力分野に据えるアニメに関しては「アニプレックスは世界のアニメファンから強く愛される高品質な作品を数多く生み出している。また、1300万人以上の有料会員を抱えるCrunchyrollは日本で生み出されるアニメを海外に届けている」(十時氏)と制作から配信までの工程が整っている現状を説明。
新作への需要が大幅に高まっていることに対し、アニプレックス傘下の制作スタジオであるA-1 PicturesやCloverWorksを中心にソニー・ミュージックエンタテインメント、ソニーグループのエンジニアと連携し、アニメ制作ソフト「AnimeCanvas」を開発しているとのこと。十時氏は「2024年度中の試験導入を目指しており、将来的には社外のスタジオへの提供も視野に入れている」と外販の可能性についても触れた。
このほか、「カテゴリーを横断してファンがIPにフィジカルに触れられる展開先であるLBE(Location Base Entertainment)や、マーチャンダイジング、エンターテインメントのさらなる活用が見込まれるモビリティ空間にも注力していく。LBEは市場規模が大きく、今後の成長が見込まれる領域。ソニーはすでに世界各地にIPを展開している実績があり、IPとゲームやセンシング、映像、音響の技術をかけ合わせた究極の感動を味わえる没入体験を提供し、事業としての成長を目指す」(十時氏)とした。
モビリティ空間に関しては「センシングデータや車両データから、周辺環境などを把握して、車内をパーソナライズしたエンターテインメント空間にし、移動体験の価値を向上する。ここでは、ソニー・ホンダモビリティをはじめ、各社との協業を進めていく」(十時氏)とグループ間連携も加速させる。
協業については「『PlayStation』などを通じてパートナー企業のIPを世界に届けてきたように、取り組みは自社にとどまらない」(十時氏)とし、境界を超えてIPを拡張する「IP360」について説明した。
IPの価値最大化については「多様な文化的背景や地域に目指した魅力を持つクリエーターのサポートを通じて、グローバルにも展開していく」(十時氏)とし、インドの有望なゲーム開発者を発掘、支援し、世界中に魅力的なゲーム体験を届ける「India Hero Project」において、現在、5本のゲームタイトルを開発中であることを例として挙げた。
このほか、クリエーターがIP価値最大化を高品質かつ効率的に行うために重要な技術基盤として、センシングとキャプチャリング、リアルタイム3D処理、AI技術と機械学習を挙げ、ソニーの強みを解説。
2023年に発売したゲームタイトル「Marvel’s Spider-Man 2」で活用した機械学習は、ゲームに特化した独自の音声認識ソフトウェアを使い、一部言語において登場するキャラクターのセリフに合わせて、自動で字幕のタイミングを同期しているとのこと。「これにより字幕の制作工程は大幅に短縮した。また、機械学習とAI技術を活用し、多言語社会のインドで映像作品をより多くのファンにより早く届けることを目指し、吹き替えや翻訳の工程を短縮するための研究開発をしている。こうした取り組みを重ね、将来的にはスピーディかつ低コストにIPを幅広いファンに届けられるソリューションを構築する」(十時氏)と具体例を示した。
十時氏は「ソニーが価値を創出し、成長し続けるためには、事業と人材の多様性を継続的に進化していくことが重要。国籍や人種、性別、価値観など多様な人材が集まり、異なるバックグラウンドで経験を持つことを大切にしている。それによって、知識や経験の交流が生まれ、成長の機会が広がる」と、多様な事業と人材による成長の実現についても言及。
さらに「クリエーターの創造性を解き放し、無限の感動が生み出される世界を目指す。そうした未来に向けて、クリエーターやパートナーとともに、境界を超えたIP価値最大化を着実に進め、事業と人材の多様性を継続的に進化させ、さらなる成長を実現していく」とした。
吉田氏はクリエイションにシフトしていく理由について「時間軸でいうと、20世紀のソニーは『ウォークマン』やテレビ、CDなどどちらかというと感動を届けることに貢献してきた企業だと思っている。21世紀のソニーは感動を作るところに貢献していきたい。21世紀では、感動を届ける主なメディアはネットワークになってきている。そこにはビッグテックも含めたくさんのプレイヤーが存在している。そこで、私たちがより貢献でき、強みを発揮できるのは、むしろ作ること。クリエイティブコミュニティに貢献することではないかと考えている」と話した。
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