「iPhone」か「Android」か。これは、スマートフォンの歴史が始まって以来続いてきた問いだ。だいぶ前に答えを出して、再検討したことがない人もいるだろう。
先日、その状況を変えようと、反トラスト法(独占禁止法)をめぐる画期的な訴訟が起こされた。この2大モバイルOS間をもっと簡単に乗り換えられるようにすべきであるという趣旨だ。提訴したのは、米司法省と15の州およびコロンビア自治区で、その訴えによるとAppleは独占的な事業形態を通じてiPhoneユーザーを同社のエコシステムに囲い込んでおり、そこから離れることを困難にしているという。
88ページに及ぶ訴状では、Appleがそのソフトウェア、ハードウェア、アプリマーケットプレイスを厳格に管理しており、iPhoneユーザーに対して、サードパーティーのアプリやスマートウォッチの魅力を著しく損ねているとしている。そのため、イノベーションが阻害され、消費者にとっての選択肢を限定しているというのである。何より大きいのは、そうしたポリシーによって、Androidへの乗り換えに障壁が生じており、iPhoneユーザーがとらわれてしまっていることだという。
スマートフォンを持っている方なら、メッセージに表示される吹き出しが緑か青という問題をおそらくご存じだろう。iPhoneとAndroidの違いを示す典型的な例になっている問題だ。今回の訴状も、かなりの分量がメッセージに関する内容に費やされているが、論点はそこにとどまらず、「App Store」や「Appleウォレット」、さらには「Apple Watch」に関する訴えにまで発展している。
このApp Storeなどに関する部分は、Appleのエコシステム全体に対するアプローチを問題視するものであるため、特に重要な点だ。規制当局や批評家は以前からApp Storeを詮議の対象としてきた。それは、Appleと、ゲーム「フォートナイト」の開発元であるEpic Gamesとの間で激しく展開された法廷闘争を見ても明らかである。今回、米司法省などが独占禁止法をめぐって起こした訴えは、これをさらに一歩進めたものであり、iPhoneを根本的なレベルで今よりもオープンに、プラットフォーム非依存にするように求めている。
「App Storeの問題を追及する場合、通常は争点が1つに限定される。だが今回の場合は、iPhoneによる囲い込みとApp Storeの両方が争点になっている」。Deepwater Asset Managementのマネージングパートナーであり、以前からAppleの動向に詳しいGene Munster氏は、こう指摘する。
結果がどうなるかは予測できず、答えが出るまでには何年もかかりそうだ。だが、今回の訴訟はスマートフォンのプラットフォームがどう連携すべきかという大きな疑問を呈している。そして、それは偶然にも、テクノロジー大手各社が人工知能(AI)ベースのインターフェースへのシフトという、スマートフォンの大きな変化の土台を築こうとしているタイミングと重なっている。この訴訟の結果は、そうした各社の将来的な計画の終着点に影響する可能性がある。
原告側は、主に5つの分野でAppleが競争を阻害していると訴えている。スーパーアプリ、クラウドストリーミング型のゲームアプリ、メッセージングアプリ、スマートウォッチ、デジタルウォレットである。具体的な内容はそれぞれ異なるものの、その申し立ては大きく2つのテーマに分類される。1つ目は、iPhoneを今よりもプラットフォーム中立にするはずのアプリを、Appleが阻んでいるという点だ。2つ目は、Appleのテクノロジーの利用を制限する、あるいはアプリの配信を限定することによって、サードパーティーのアプリやサービス、製品の魅力をAppleが損ねているという主張である。
1つ目のカテゴリーを代表するのが、いわゆるスーパーアプリだ。米国内のユーザーにはなじみが薄いかもしれないが、アジア文化圏では定番になっている。スーパーアプリとは、その名前から察せられるように、1つで各種のミニアプリを内蔵するアプリのことである。朝のコーヒー代の支払いから、メッセージの送信、コンサートチケットの注文まで、日常的な用途のほとんどを1つのアプリだけでまかなうことができる。Tencentの「WeChat」も、広く普及しているスーパーアプリの1つだ。
スーパーアプリを使うと、スマートフォンのプラットフォーム間の切り替えが容易になる。スーパーアプリをダウンロードして、新しいスマートフォン上でログインするだけで済むからだ。しかし今回の訴訟では、Appleがアプリのそのような機能を妨げているのだという。
「Appleは、アプリにミニプログラムを組み込むことを実質的に妨げるように同社のApp Storeガイドラインを作成し、戦略的に拡張して、積極的に適用した。Appleの行動が、ミニプログラム開発への投資の意欲を削ぎ、米国企業が国内でスーパーアプリの技術を断念する、もしくはそのサポートを限定する原因となった」。訴状には、こう記されている。
2つ目のカテゴリーについては、Appleがスマートウォッチとモバイル決済の分野で進めている取り組みが主な争点になっている。Appleは、Apple Watchにはない機能制限を課すことによって、他社のスマートウォッチの機能を妨げているという主張である。そうした制限の例として、他社のスマートウォッチで通知に応答できないことや、Bluetooth接続が切れたときに、他社のスマートウォッチだとiPhoneとの常時接続を維持できないことなどが挙げられている。
「その結果、他社のスマートウォッチをiPhoneと併用するときには体験が損なわれる」(訴状)
また、iPhoneユーザーがApple Watchを購入した場合、Androidへの乗り換えが困難になるという訴えもあり、訴状では次のように記されている。
「Appleのスマートウォッチ、つまりApple WatchはiPhoneにしか対応していない。そのため、Appleに誘導されたユーザーがApple Watchを購入した場合、別の種類のスマートフォンを購入するときのコストが高くなる。Apple Watchの使用を断念して、Androidに対応する新しいスマートウォッチを購入しなければいけなくなるからだ」
訴状には、サードパーティーがタップ決済対応のデジタルウォレットを作成することをAppleが妨げているという記述もある。それがiPhoneの「固定化」につながっているというのである。
「デジタルウォレットがクロスプラットフォームになれば、ユーザーがiPhoneから他のスマートフォンに乗り換えるのはもっと簡単に、シームレスになり、おそらくはセキュリティも向上する。例えば、サードパーティーの開発者がクロスプラットフォームのウォレットを開発できれば、iPhoneから移行するユーザーは同じウォレットを使い続けることができる。同じカードとIDを使うことができ、決済履歴、P2P決済の相手、その他の情報も引き継げるので、スマートフォンの乗り換えが容易になる」
以上は、訴えのごく一部にすぎない。今回の訴訟では、「iMessage」やクラウドストリーミングアプリも、類似の申し立ての対象になっている。まとめると、デジタル決済やスマートウォッチのサポート、クラウドベースのアプリプラットフォームといった機能、すなわち過去わずか10年ほどの間に徐々に普及してきた技術が、スマートフォン体験の中核であるはずだというのが、訴えの内容から読み取れる。ある意味で、この訴訟は、スマートフォンプラットフォームというものが2024年の今どうあるべきか、それを定義しようという試みのように感じられる。
仮に、AppleがiMessage、Apple Watch、「Apple Pay」といった製品・サービスの相互運用性を改善するよう最終的に義務づけられたとしても、その体験がどうなるかは予測しようがない。
例えばAppleは、欧州連合(EU)圏内で外部のマーケットプレイスからアプリをダウンロードすると、一部の機能は適切に機能しないことがあると説明している。EUはAppleに対し、大手オンライン企業の間で競争環境の均等化を目指すデジタル市場法の一貫として、iPhoneで別のアプリストアも使えるようにすることを求めている。
Moor Insights & Strategyの最高経営責任者(CEO)兼チーフアナリストであるPatrick Moorhead氏は、Appleの製品・サービスに変更を強要する結果として、一定の期間、俗に言う「アグリーウェア(ugly-ware)」が発生しうると考えている。「アグリーウェア」とは、ユーザーエクスペリエンスやインターフェースが洗練されていないソフトウェアをもじって言った造語である。
「良質なエクスペリエンスをどうやって押し進めるのか。裁判所はどうやってそうするつもりなのか」(Moorhead氏)
Appleは声明の中で、今回の訴訟に「断固として抗弁する」予定だと述べており、この訴訟が「事実の面でも法律の面でも誤っている」と付け加えている。
同社はこの訴訟について、「当社の存在意義と、競争の激しい市場でApple製品を差別化している原則を脅かすものだ」と述べ、「この訴訟が認められるようなことがあれば、人々がAppleに望んでいるようなテクノロジーをわれわれは提供できなくなる。ハードウェアとソフトウェア、サービスが交差するテクノロジーだ。また、危険な前例となり、人々のテクノロジーに強圧的に介入する権限を政府に与えることになる」としている。
今回の訴えが起こされたのは、スマートフォン業界が大きな転換期を迎えたタイミングだった。「ChatGPT」の人気を受け、テクノロジー大手各社はこの1年間で自社製品に生成AIを組み込むようになっており、生成AIがスマートフォンで果たす役割はいよいよ大きくなり始めている。スマートフォンの今後の方向性を決定する可能性すらある。
この傾向は、新しいスマートフォン、例えばサムスンの「Galaxy S24」シリーズのソフトウェアなどですでに進みつつある。Galaxy S24シリーズには、同社独自のモデルに基づき、Googleとも協力して生まれたAI搭載の一連の機能が採用されている。Bloombergによると、Appleの次期OSアップデートとなる「iOS 18」でも、新しいAI駆動のツールや機能アップデートが搭載される見込みだという。
だが生成AIは、スマートフォンをもっと根本からひっくり返す可能性すら秘めている。一部のスタートアップは、アプリベースの従来のインターフェースから離れて、AIに難しい処理をさせるというAIベースのソフトウェアをいろいろと試している。もし、スマートフォンでこのような大転換が起こったら(もちろん現時点では壮大な仮定にすぎないが)、モバイルデバイスでサービスを利用する形は一変するかもしれない。
短期的に見るなら、スマートフォンのインターフェースが変わるとしても、それは「かこって検索」のような単発の機能を通じた段階的な変化になるだろう。「かこって検索」は、画面上に表示されている対象(ほぼあらゆるものに対応)を丸で囲むだけでGoogle検索を実行できる機能だ。ただし、このような生成AI機能は、今の段階ですでにプラットフォーム依存になっている。現時点では、一部のAndroidスマートフォンでしか使えない。
そして、スマートフォンOSの未来は、そうした生成AI機能を活用するための適切なAIモデルを備える企業の手に委ねられているように見える。それがGoogleでもOpenAIでも、あるいは全く違う企業でもだ。AppleとGoogleはすでに、Googleの生成AIモデル「Gemini」をiPhoneの新しい機能に搭載できないか交渉中であると、Bloomberg、The New York Times、The Wall Street Journalがそろって報じている。
要するに、米司法省はiPhoneのオープン化を強く求めようとしているが、その一方でプラットフォームの覇権をめぐる新しい闘いがもう始まりつつあるのかもしれないということだ。だからこそ、今回の訴訟が起こされたタイミングは重要だとも言える。結果がどちらに転ぼうと、スマートフォンプラットフォームのこれからの進化に多大な影響を与えることになるかもしれない。
この記事は海外Red Ventures発の記事を朝日インタラクティブが日本向けに編集したものです。
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