日本マイクロソフトと一般社団法人AI Co-Innovation Labs KOBE 活用推進協議会は10月11日、神戸商工貿易センタービルに「Microsoft AI Co-Innovation Lab」(以下、AIラボ)をオープンしたのを記念し、「AIがもたらす未来とビジネス共創」と題したイベントを実施した。このイベントで行われたパネルディスカッションの模様について紹介する。
「ものづくりとAIソリューション」をテーマにしたパネルディスカッションでは、ビジョンケア 代表取締役社長の高橋政代氏、ユーハイム 代表取締役社長の河本英雄氏、オプティム 代表取締役社長の菅谷俊二氏が登壇した。
iPS細胞由来の網膜シートによる先端的な再生医療に加えて、AIと人との共創による治療や診断に取り組むビジョンケアの高橋氏は、マイクロソフトのAIラボで「再生医療の説明をAIで置き換えてみた」と語った。
「再生医療の内容を患者に説明するのは経験のある神戸の医療チームしかできないが、非常に時間がかかって大変だった。それがマイクロソフトのスプリントにより1週間ででき、その後にわれわれが2週間ぐらい教育すると、われわれと同レベルの説明ができるようになったのには驚いた。医者は人間性が大事だと言われるが、それは患者が求める情報を正しく伝えることにある。患者が必要な情報を伝えていない医者も多くいるので、人間性もAIに勝てなくなるかもしれない」(高橋氏)
世界初のAIを活用したバウムクーヘン専用オーブン「THEO(テオ)」を開発したユーハイムの河本氏は、「南アフリカのスラム街の子どもたちにバウムクーヘンを届けたいという気持ちがAI職人『テオ』を作るきっかけだった」と語り、現在は「AIの“市民権”に取り組んでいる」と続ける。
「AIが作ったお菓子とベテランの職人が作ったお菓子のどちらを食べたいかを聞くと、ほとんどの人がベテランの職人が作ったお菓子と答えると思う。テオの開発に携わってきた私にとってはどちらも一緒だし、50年の経験を持つベテラン職人も自分と同じレベルと言っているのに、人は人間が作った方がいいと答える。AIがもっと人間に認められなければならないという課題を持って、AIが市民権を得ることを提唱している」(河本氏)
テオを発表した直後に、職人が辞めてしまったため店が続けられないという栃木県の和菓子屋から問い合わせがあり、テオの1号機は現在そこでバウムクーヘンを焼いているという。
「一緒に開発したベテラン職人は、AIが学習していく中で非常に親近感を持ち、テオのAIは自分の一番弟子として認めるに至った。AIが自分たちの子供のように成長していくのだとしたら、『お金儲け』よりも『人助け』だということになった。その結果、今は全国に20台のテオが人助けのために出ている。そのことで、神戸市からテオに特別な住民票を出してもらった」(河本氏)
また、ある鶏卵農家では、規格外のため出荷できない鶏卵を使ってバウムクーヘンを焼き、フードロス削減に役立てている。
「AIは生産性だけを改善するのではなく、新しいニーズや社会的課題のあるところに行き、人間と一緒に成長しながら新しい世の中を作っていく場面で非常に活躍できるのではないかと思う」(河本氏)
AIが人よりも得意なことは何かという問いについて、ビジョンケアの高橋氏は「経験や知識を総合して考えることが得意で、医者が今まで個人の経験でやっていたところはAIが情報で完全に勝つと思う」と語った。
「一方で、たとえばAIの良さを人に説得するといった人間性の部分は人の方が得意だ。ただ医者に必要な人間性というのは、患者が必要とする答えを与える“寄り添い”だと思う。それはAIが普通以上にできるようになってくるという感じがする」(高橋氏)
ユーハイムの河本氏は「職人が最初に覚える焼きの技術は、人なら1週間もあればできるようになるが、AIはこれができない」と語る。
「職人自身が弟子に教えるときに、見ながらいい色になった、いい匂いがしてきた、というのを勘で判断し、できるようになる。AIはそれができない。一方、バウムクーヘンは1層ずつ焼きながら、多い場合は20回くらい繰り返す。これは熟練するまで相当時間がかかるが、AIは職人の動きを学習できるから逆に人間よりも早くできる。AIと人手は、得意なことが逆なのではないかと思う」(河本氏)
AI技術を活用したスマート農業に取り組むオプティムの菅谷氏は、「この議論では『どの時点のAI』を指すのか、『人』とはどういう人を指すのかが重要だ」と語る。
「人のスキルはかなりばらつきがあるが、平均的なスキルや能力を指して『人』と言うのであれば、すでにAIは人の能力をすべて上回っていると思う。その中で、何が得意か不得意かよりも、『人は何をAIに任せたいか』を考えた方がいいのではないかと思う。たとえばAIで画像解析してピンポイントで農薬をまく減農薬栽培がある。人が炎天下で1枚1枚の葉っぱを見回ることなく、AIが何万枚もの葉っぱを画像解析し、ここだけにまけばよいと判断できる。何をAIに任せたいのかを考えるのが今の時代としては一番大事なことじゃないかと思う」(菅谷氏)
菅谷氏は、AIの「正当率」も重要な要素だと語る。
「AIの正当率は、約8割から9割ぐらいぐらいしか出せない。それを見ると『AIはダメじゃないか』と思われるかもしれないが、専門的な領域で8割から9割の正当率を出せる人間がどれほど存在しているかがポイントだ。このあたりがビジネスチャンスであり、変革のチャンスでもある。続いての課題は『AIが人を超えられるか』ではなく、『AIが専門領域の天才を超えられるか』を議論すべき時代に入ってきているのかなと思う」(菅谷氏)
菅谷氏はAIの強みとして「忍耐力」を挙げた。
「AIは同じ作業を何千回、何万回やらせても文句を言わない。そういう意味では、人間に与えられた特権は幸せで楽しさ、おいしさが分かり、体感できることだと思う。AIが作ったお菓子と職人が作ったお菓子のどっちがおいしいかを決められるのは人間だし、それがおいしいということを教えてあげないと、AIにおける創造性はこれ以上拡張されない。AIを使って楽しむこと、幸せになること、おいしいと思うこと、快適だと思うことを探していくのが、AIとのコラボレーションによるイノベーションを加速させるのではないかと思う」(菅谷氏)
ユーハイムの河本氏は、職人とAIが師弟関係になることで共存できると語った。
「AIが職人の動きを再現すると、職人は『思った以上にできてびっくりしたが、ちょっと違う』と語った。でも実はデータは正しくて、職人の動きに“くせ”があることを職人自身が気付いて直していき、ほぼ同じまで高めることができた。職人とAIが師匠と弟子としてやり合うような感じになり、結果的に菓子がおいしくなった。常に先に人間が気付いてAIが成長し、そのことでまたお互いが成長していけると思う」(河本氏)
ビジョンケアの高橋氏は「AIが初めてうちのラボに入ってきたときに、超一流の研究者がAIと『そう来るか』とか『これはどうだ?』などと対話しているのを思い出した」と語る。
「AIロボットもチームの一員として働いているので、実際に使ってみると『共存』というのがよく分かる。身近で使ってみることが大事だと思う。先ほど控え室で『AIが徳を積む』という話をしていたが、その言葉がすごく面白かった。今はAIに懐疑心があると思うが、徳を積んでいったら、安心感を与えるのも人間ではなくてAIになるのではないかと思う」(高橋氏)
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