「AIは専門領域の天才を超えられるか」を議論すべき時代--「AIがもたらす未来とビジネス共創」 - (page 2)

エンジニア育成にはマインドセットと文化の継承が重要

 「人材育成とAIソリューション」をテーマにしたパネルディスカッションでは、monoAI technology 社長室 室長の對馬勝氏、シスメックス エグゼクティブエンジニアの石原直樹氏、川崎重工業 執行役員の加賀谷博昭氏が登壇した。

パネルディスカッションの様子。左からモデレーターを務める博報堂 執行役員の青木雅人氏、monoAI technology 社長室 室長の對馬勝氏、シスメックス エグゼクティブエンジニアの石原直樹氏、川崎重工業 執行役員の加賀谷博昭氏
パネルディスカッションの様子。左からモデレーターを務める博報堂 執行役員の青木雅人氏、monoAI technology 社長室 室長の對馬勝氏、シスメックス エグゼクティブエンジニアの石原直樹氏、川崎重工業 執行役員の加賀谷博昭氏

 米Googleなどでソフトウェアエンジニアとして従事し、帰国してからはシリコンバレー流のアジャイル開発をトレーニングする「Alpha+ Project」を推進するシスメックス エグゼクティブエンジニアの石原直樹氏は、「ソフトウェアエンジニアは上流から下流まで全工程にわたるスキルセットがなければならない」と語る。

シスメックス エグゼクティブエンジニアの石原直樹氏
シスメックス エグゼクティブエンジニアの石原直樹氏
石原氏はシリコンバレー流のソフトウェア開発を学べる「Alpha+ Project」を推進している
石原氏はシリコンバレー流のソフトウェア開発を学べる「Alpha+ Project」を推進している

 「従来はソフトウェアエンジニアはコーディングだけをやるものだと思われていたように思うが、実際は全工程にわたる作業をしなければならなず、そのすべてにおいてスキルが要求される。枝葉のコーディングニーズや製品知識だけでは良いソフトウェアは作れない。基本にあるアルゴリズムの考え方やコンピュータアーキテクチャ全般に関する理解・知識、チーム開発のためのノウハウのスキル、コミュニケーションスキル、あるいはマインドセット、文化の理解などが必要になる」(石原氏)

ソフトウェア開発には、コーディングだけでなくマインドセットや文化の理解が必要だと石原氏は説明する
ソフトウェア開発には、コーディングだけでなくマインドセットや文化の理解が必要だと石原氏は説明する

 マインドセットや文化の理解について石原氏は次のように説明した。

 「夏に、娘がバイオリンを習うためにロンドンに行った。娘は英語が分かるが、一緒に行った日本人たちは英語が分からない。でもイギリス人の先生に教えられたら、言葉が通じなくても先生が何を言ってるのかが分かり、みるみるうまくなっていく。語学を超えてバイオリンやクラシック音楽という共通基盤を持っているからだ。ソフトウェアエンジニアリングも一緒で、その世界の文化がある。主にシリコンバレーで数十年にわたって培われてきた文化を理解していると、昨日今日会ったばかりの国も言語も違う人たちが一緒に仕事をやれるようになる」(石原氏)

 文化を教えるために採っているのが、映画『スター・ウォーズ』から取った「パダワン制」だと石原氏は語る。

 「『スターウォーズ』のジェダイの騎士は、マスター(師匠)とパダワンという弟子がペアになって動く。銀河系の中の問題を解決しながら、マスターは自分の背中を見せることでパダワンを育てていく。そこには言語化できないものがたくさんあるので、どういう場面でどうしなければいけないのか、どう柔軟性を発揮しなければいけないのかをパダワンは数年かけて学ぶ。話はそこで終わりではなく、今度パダワンが一人前になったらマスターになり、より若いパダワンを教える。このマスターになった後の学びが大きい。人にものを教えた経験のある方だと分かると思うが、教えられるときより自分が教えるときの方が学びが大きい。ものごとを教えられたら必ず次は教える側になって、自分が教えることでものになるということをわれわれは重視し、マインドセットを伝授している」(石原氏)

 Microsoft AI Co-Innovation Labの設立にもかかわった川崎重工業 執行役員の加賀谷博昭氏は、「製造業は『モノ売り』から『コト売り』への転換を目指そうとしている企業が非常に多く、コト売りは、まだ現実に存在しないものに対するサービスをどう見せていくかが非常に重要になる」と語る。

川崎重工業 執行役員の加賀谷博昭氏
川崎重工業 執行役員の加賀谷博昭氏
川崎重工業は1969年からロボット事業をスタートし、2022年4月にはロボットの実証施設「Future Lab HANEDA(フューチャー・ラボ・ハネダ)」をオープンした
川崎重工業は1969年からロボット事業をスタートし、2022年4月にはロボットの実証施設「Future Lab HANEDA(フューチャー・ラボ・ハネダ)」をオープンした

 「ITの世界では最小限のサービスを作って客に見せ、フィードバックをもらって開発を進めるアジャイル開発が開発スタイルの一種になっているが、製造業でもそれぐらいのスピード感を持って進めていかないといけない。2023年4月にはハノーバーメッセ(製造業向け国際展示会)でマイクロソフトと一緒に産業メタバースのコンセプトを展示した。われわれの技術者とマイクロソフトの技術者と一緒にチームでいろいろな開発を進めてきたが、そういったチームで進めることや、実際にお客の反応を見るというのは非常に大事だ。われわれは研究開発部門にいるが、エンジニアが直接お客と対話する機会をどう作るかをいつも考えている。今回のラボはそういった活用もしていければと考えている」(加賀谷氏)

 AI時代に求められるスキルセットとして、石原氏は「より人間らしいスキル」を挙げた。

 「ソフトウェアエンジニアリングの世界では生成AIによる『GitHub Copilot』(AIがコードを提案してくれる開発支援ツール)が便利だと言われているが、ソフトウェアエンジニアリング全体の本質的なことをやっている人にとってコードを書くことはごく表層的な作業に過ぎないため、本質的なものではない。それよりも、パフォーマンスとUX、納期と、自分自身の楽しさ、メンテナビリティなど、すべてがバランスの上で成り立つことが重要だ。その判断をするためにはアルゴリズムやコンピュータアーキテクチャを理解し、チームとしての一貫性を保つためにチームワークも成り立たせなければいけない。エンジニアとしてのコミュニケーション能力も必要になる。そういう仕事をしている人にとっては、コード作業が40%削減される程度は大したことではない。それより、AI時代の前から必要だったところの比重がもっと高くなると思う」(石原氏)

 石原氏はさらに、「モチベーター」は人間にしかできないと語る。

 「SpaceXがロケット打ち上げに失敗して大爆発したが、そのときに(CEOの)イーロン・マスクが『おめでとう、いっぱい学べたね、次の機会に頑張ろう』と言った。こう言われて発奮しない部下はいない。人間が言うからモチベートされるわけで、これをChatGPTに言われても説得力はない。AIに置き換われないところは、やっぱり人間力の出るところだと思う」(石原氏)

 バーチャルライブやイベントなどを可能にするB2B向けメタバースプラットフォーム「XRCloud」の事業のほか、AI開発導入支援コンサルティングサービスを提供するmonoAI technology 社長室 室長の對馬勝氏は、AI時代のエンジニアに求められるスキルセットについて「トライ&エラーを楽しめる人」と語る。

 「今までのコードなら、1、2、3と手順を入れればその通りに返ってきたが、(生成AIの)ChatGPTや画像生成AIは想像していないものが返ってきたりする。尺子定義的なロジックで組んでも思い通りにならないときに、違うアプローチでやってみたり変化球を入れてみたりと、いい意味でトライ&エラーを楽しめる人が重要だと思う」(對馬氏)

monoAI technology 社長室 室長の對馬勝氏
monoAI technology 社長室 室長の對馬勝氏
monoAI technologyでは、B2B向けメタバースプラットフォーム「XRCloud」の事業のほか、AI開発導入支援コンサルティングサービスを提供する
monoAI technologyでは、B2B向けメタバースプラットフォーム「XRCloud」の事業のほか、AI開発導入支援コンサルティングサービスを提供する

“AI人材”をどのように育成するのか--専門領域とAI・データ解析の両立

 AIを活用できる人材はどのように育てればいいのか、加賀谷氏は「われわれの研究開発部門では新入社員からAIを使えるような仕組みを整えている」としつつ、「経営者や管理者のデータリテラシーを上げることが重要」だと語る。

 「2022年から高校でプログラミングが必須になっており、2025年には国立大学の共通テストで『情報』が必須になるが、教育すべきターゲットはそこなのか?と疑問に思っている。研究開発部門を中心にAIのリテラシーを上げる取り組みをしているが、全社員に展開していく上では、もっと上の経営者や管理者のリテラシーを上げていかなければならないと思う」(加賀谷氏)

 石原氏は、企業がAIを活用する上で重要なのが「データトランスレーター」だと話す。

 「AIを活用する上でデータ解析に関するリテラシーを上げるのは必須だが、それだけでは足りない。10年ぐらい前はデータサイエンティストが、数年前はデータエンジニアがもてはやされたが、それらの人がいてもいい解析ができない。それはデータにどんな意図があるのか、その裏を読めて解説できる『データトランスレーター』がいないとよい結果が出ない。それはどういう人かというと、自分の担当業務を理解して言語化でき、データエンジニアやデータサイエンジニアと話ができる人。つまり、専門領域とAIやデータ解析の基本的なリテラシーを両立する人材がこれから必要で、そういう人たちを育てるのが大事だなと思う」(石原氏)と語った。

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