生活者を基点としたデジタルトランスフォーメーション戦略の立案から実装、ひいては組織定着化まで包括的な支援を行う電通デジタルは、今サブスクリプション(以下、サブスク)ビジネスが、大きく変化しつつあると語る。月額制など定額での支払いをビジネスモデルとしていたサブスクは現在、個人の需要にあわせた機能やサービスを提供する形へ変化して行く必要があるという。今回は電通デジタル デジタルトランスフォーメーション部門 サービスマーケティング事業部長 安田裕美子氏と、同マーケティングデザイングループマネージャー 外山遊己氏のお二人にデジタル時代のサブスクモデルについて伺った。聞き手は朝日インタラクティブ 編集統括の別井貴志が務めた。
――まずは電通デジタルが提案するサブスクモデルの定義をお聞かせください。
外山氏:これまで登場したサブスクモデルを、生活者ニーズにどれだけ対応しているか、という視点で整理したのが、「サブスク1.0」「同2.0」「同3.0」という切り分けです。サブスク1.0は従来のサービスや商品を価格だけ定額制にして提供する契約形態で、ある種のまとめ払いと表現しても構わないでしょう。ただ、そこには消費者の好みやスタイルは反映されません。
現在増えているのがサブスク2.0、そしてその先にあるのがサブスク3.0です。最終的にデータを活用し、コミュニケーションを1対1で行うことで、消費者の利用スタイルや好みに応じたタイムリーな提案や迅速な改善を行い、新たな価値を付加するサービス提供。よく言われる「常に完成しないβ版サービス」「進化し続けるサービス」がゴールですね。
サブスク2.0は生活者が選びやすいサービスパッケージを複数用意しているものを指します。デジタルサービスやコンテンツ系サービスのスリープライス制など、複数の価格パッケージプランから消費者が選択するシステムですね。定額制音楽配信サービスやクラウドソフトウエアなどデジタルサービスの提供形態がサブスク2.0に当たります。
一方でサブスク3.0では、今までデジタル化されていなかった商品やサービスがIoTなどの活用でデジタル化することで、ユーザーとのコミュニケーション要素の重要性が大幅に増加します。企業は消費者一人ひとりの利用状況を取得したデータを通じて把握・理解し、生活者目線の提案をします。企業と消費者の直接的なコミュニケーションが可能になる世界と捉えてください。我々は今後1~2年でサブスク3.0が大きく広まると考えています。
よく弊社でお話しするのが、「モノ売り時代のマーケティングは『モノを売ること』を主眼に置きますが、サブスク3.0が実現可能になるとマーケティングの目的が『顧客とのより深いコミュニケーションの実現による継続的な利用』に変化する」というものです。
安田氏:今後あらゆるサービスがIoT化していくことを考えると、“サブスク”は単なるバズワードではなく、デジタル時代のマーケティングが進化した1つの形であり、今後のスタンダードとなりえます。
外山氏:サブスクをキーワードとして捉える世の中では課金形態だけに視点が集まりがちです。たとえば飲食店などでよく見られるサブスクモデルは、サブスク2.0や同3.0に当てはまらず、同1.0で停滞しています。売り手側から見れば収支の計画が立てやすいため、サブスクに注目が集まりますが、進化したマーケティングの形とは言えません。今後、「モノを売る」から「サービスを売る」に移行すると、すべてのマーケティングの要素が変化し、その結果がサブスク化すると考えています。――異なる表現を用いますと、「~as a Service」時代の課金契約手法が「サブスク3.0」と捉えてよろしいでしょうか。
外山氏:そうですね。企業が消費者とつながるための方法です。
安田氏:よくお問い合わせいただくのが、「既存のビジネスモデルでは立ちゆかない」というケースです。既存事業においてサブスクモデルを導入する場合、マーケティングの範囲を超えてサービスや業務を変えなければなりません。サブスクリプション型プラットフォーム「Zuora」と提携したのは2017年ですが、当時の顧客反応は実はそれほど大きくありませんでした。
別の角度から見ると2~3年前からは新規事業創出の流れが強まり、サブスクの考え方が自然に受け入れられるようになりました。この1年は製造業を始めとした企業から多くのご相談を受け、既存事業で取り組むというより新規のサービスや事業において提供形態をサブスクリプションにしたい、と取り組むケースが増えています。
外山氏:消費財やメーカー商材(におけるサブスク化)も、今後増えていくと考えています。サブスクが浸透する背景も説明させてください。現在はサブスク2.0のプライシング多様化が進んでいますが、バックヤードを含めるとサブスク化しやすいのがオンライン商材なんですね。消費者にとってはサービス開始も容易ですし、退会やプラン変更もオンライン上で完結します。企業側も間接コストが掛かりません。これがモノですと輸送や返送、ひとたび消費者の手にわたれば中古となるでしょう。そのためデジタルコンテンツが(サブスク導入の面で)先に進んでいます。
これには、「顧客との関係性(リレーションシップやエンゲージメント)」の変化が影響しています。SNSやパーソナルデバイスの普及で、複数のチャネルからサービスを選択できる環境が拡がる中、デジタルネイティブを基点に中古でも共有でも「利用できればいい」という考え方を持つ消費者が増えています。「所有」から「利用」へのシフトですね。彼・彼女らの方がサブスクを月額制ではなく、これからの新しいサービスのあり方と捉えている可能性は高いですね。
今後の人口減少の影響や、これまでの「市場」という概念が曖昧になっていく中で、企業と顧客の継続的な関係を基盤としたLTV(顧客生涯価値)の最大化がマーケティングの目的に変化しつつあります。グローバル展開する上でも重要なポイントとなります。そのためには顧客の利用データを取得した上で「顧客にとってつながり続ける価値」の提供や、ユーザーからのフィードバックや1対1の関係性を実現する環境を作り出し、「顧客を理解するコミュニケーション」が欠かせません。サービス内容のグレードアップやクーポニング、料金プランといった複数の手法を組み合わせることで、継続率やトライアル率の制御も可能です。
安田氏:このようなサブスクビジネスを実践している企業は大手企業にはまだ少なく、スタートアップで多く見かけます。スタイリストがコーディネートした洋服を郵送で貸し出すサービスでは、最初に自分の好みを登録しますが、使い続けるにつれファッションの楽しみを発見できるようなアイテムをリコメンドする機能を備えているのが人気の秘密かと思います。今後は大手自動車メーカーのサブスクリプションサービスや大手化粧品メーカーが提供しているパーソナライズスキンケアサービスも注目ですね。これらは走行データによってポイントが付与されたり、肌のコンディションデータによって化粧水の配合が変わったりと、一人ひとりの顧客に合わせたサービスのカスタマイズを視野にいれており、サブスク3.0の考え方を実践するものだと考えます。
大企業がサブスクに取り組むべき理由の1つは、エンドユーザーとのつながりです。販売店を通じたビジネスでは消費者の声を拾えず、顧客とつながることができません。市場が同質化し、新規顧客の獲得が難しい中においては既存のビジネスモデルでは収益向上が限界に達し、サブスクなどによる新たなビジネス展開を選択しないと収益アップが望めないという状況もあります。
外山氏:他方でサブスクに移行するには多くの課題があります。既存の販売型ビジネスモデルや販売チャネルとの兼ね合いという問題があり、既存商材のサブスク化は超えるべき課題が多くあります。また、サブスク化に伴う投資により収益の低下が一定期間発生するので、長期視点でビジネスに向き合うことが必要です。顧客ニーズをライトタイムに反映して「サービス」として提供するために、これまでのバリューチェーン、組織構造や業務や業務プロセスにも影響を及ぼし、顧客データの取得・活用のための基盤も再設計しなければなりません。さらに付随するのがプロモーション以外の顧客コミュニケーションです。これまでは苦情受け付けや販売用のチャネルしか用意しないケースが主でしたが、ここに顧客に使い続けてもらうためのモチベーション促進機能としてのアプリなども必要になります。
このような課題があるため、サブスクビジネスを「やりやすい企業」「やりにくい企業」が存在することは否めません。我々が見た限りでは新規部署やベンチャーの方々は取り組みが容易のように感じます。大手企業はしがらみも多いため自然と動きにくくなるというのが現状でしょう。ただ、現状維持では今後の市場縮小は明確ですし、大手企業もその問題を認識していますので、サブスクが盛り上がりを見せる一因となっています。
――認識は分かりました。御社としてはサブスクをどのような価値につなげますか。
安田氏:我々は顧客の価値創造に至らなければ意味がありません。事業プランニングやマーケティング以外のサービス開発まで捉えないと実現不可能です。全社を巻き込んだ仕事になるため、業務プロセスやスキル、KPI(重要業績評価指標)の見直しも必要になるでしょう。消費者を飽きさせない提案を行う仕組みや、サービス開発の知見を含めたトータルなサブスクリプションサービス開発支援パッケージを用意しました。電通デジタルや電通、電通国際情報サービスといった電通グループとZuoraでサブスク型ビジネスの導入を実現します。
その中で重要なのが「ユーザー期待を超えるサービス設計」「初期の顧客獲得」「顧客単価の向上」です。サービス設計では購買から利用へ変化する潜在需要に応えつつ、消費者における発見があるか、利用を促進する付帯サービスを提供しなければなりません。多様なプライシングで多くの消費者に対応し、利用データに基づく提案やサービスの拡充で顧客単価の向上を目指します。
たとえば「メガネの田中」が提供する定額制の眼鏡コーディネートとかけ替えサービス「NINAL(ニナル)」は、色々な眼鏡を楽しみたいという生活者のニーズと、常に視力に合ったレンズをつけてもらいたいという企業の思いが掛け合わさってできたものです。その背景には、一般的な眼鏡の買い換え期間は5年と言われており、長期にわたるCRM(顧客関係管理)が効果を出しづらい、というマーケティング上の課題もありました。また、一度購入した顧客に再来店してもらえる確率も高くないため、同社のトップが業界をディスラプト(破壊)させようとビジネスモデルの変革にチャレンジしたそうです。眼鏡メーカーとの関係など多岐にわたる課題を抱えていましたが、トップダウンで決行しています。かけ替えであれば消費者も冒険できますし、店員も押し売りにならない形でお客さまにお薦めできますので、新たな来店機会やコミュニケーションが生まれているそうです。
外山氏:サブスクの長所は定期的なコミュニケーションが発生する点にあります。消費者需要を把握できますし、消費者から見て、その企業が自分たちに対するコミュニケーションに敬意を払っていると理解すれば、顧客ロイヤリティも高まります。
――開発段階から販売まで一緒に考えなければなりませんね。
安田氏:あとは製品自体がIoT化に至ると、課金システムはサブスクに移行します。現在のモノ販売は過渡期にあり、提供サービスの変化に伴い、課金システムも変化するでしょう。最近多いのは、開発の方々によるマーケティングのご相談です。これまではモノだけの開発チームだったのが、企業側も「ビジネスモデルも開発せよ」との命令を下し、開発チームも対応を求められるようです。そのため我々も地方も含め研究所などに足を運ぶようになりました。皆さん「変わらなければ」と真剣に考えています。ですがまだ、真に顧客が求めているものから逆算して売りものを作るという発想に組織全体では転換しきれないジレンマがあります。あと1~2回転すれば(マインドセットの変化が)うまくいくようになるかと思います。
――モノ発想で見ますとハードウェアを販売して、ソフトウェアを更新して毎月稼ぐビジネスモデルを選択せざるを得ませんね。
安田氏:そうですね。ハードウェアとソフトウェアという観点ならば、相互にアップデートし合う関係にしないと、サービスだけで収益アップを求められても限界に達します。サービス開発に対する意識を変え、消費者の変化を取り込まなければなりません。
我々としては顧客を理解し続ける意味で、サブスクを「究極のマーケティング」と認識しています。コンサルティングの範囲も大きく拡大しますが、これからのあるべきマーケターはサービスを顧客に提供するバリューチェーン全体をディレクション・マネジメントするという意味で「サービスマネージャー」となっていくと考えます。
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