2017年も幕を開けた。1月20日、世界中の耳目を集めたドナルド・トランプが、いよいよ第45代アメリカ合衆国大統領に就任する。
8年の任期を終えるオバマ大統領は、1月10日に地元シカゴで「お別れ演説」を行った。演説の締めくくりは、有名すぎる2008年のスローガン「イエス・ウィー・キャン」だった。
今回の動向は、個人的にも感慨深い。僕が、「戦略PR」を刊行したのがちょうど8年前の2009年1月。オバマ大統領の誕生と同時であり、書籍の帯にはこううたってあった、「オバマの勝利もオムツもピロリ菌も戦略PRだった!」。そう、オバマの選挙戦こそ大いなる戦略PRであり、米国全体を相手にした「空気づくり」であった。
それから8年。「空気づくり」にも変化が訪れている。どう変わってきたのか。それは、人々の「関心の多層化」と、それによる「空気の細分化」ではないかと思うのだ。ソーシャルメディア上で人々はつながり始めた。初めは「知っているかどうか」がつながりを決めたが、やがてそれは同じ関心(趣味や仕事や価値観など)を持つもの同士をより強く結びつけていった。
そしてそこでは当然、「共通関心内の情報」がどんどん流通していくことになる。一方、スマホというデバイスの登場で、僕たちの情報入手は劇的にパーソナライズされた。ニュースメディアですら、「あなたが欲しい情報」に合わせた配信にシフトした。その結果、僕たちのもとには「関心のある情報」だけがどんどんやってくる。これは一個人の視点ではなかなか気づきにくい。
けれど全体を俯瞰してみれば、特定の関心で結びついた層がミルフィーユのように積み重なっているのが、現在の世の中だ。
話を大統領選に戻そう。米大統領選キャンペーンは、戦略的なPRの「最高峰」とも言われる。僕がオバマ大統領のキャンペーンを、「大いなる空気づくり」の一例として紹介したのもそれが理由だ。
オバマ陣営の戦略PRプランナーは、「多くの人々が、アメリカ国民としての『誇り』は失っていないが、『自信』を失っている」という状況分析を、大規模な調査から導きだした。このことから、「自信を取り戻すには何かを変えなきゃ」という空気、「変化が必要」という世論を喚起することを決定する。オバマを、「その変革ができる人」として位置づけるという作戦だ。
ここから、「Change」というキャッチフレーズが生まれた。「変化が必要」という空気が広がれば広がるほど、「Experience(経験)」を売りにしていたクリントンやマケインが逆に劣勢になるしくみだ。このPR作戦は功を奏し、世界中の誰もが知るように、米国初の黒人大統領が誕生する。まさに、国民的な関心をとらえ世論を喚起し、その解決策としてオバマを位置づけたというわけだ。
対するトランプ。トランプ大統領の誕生は世界を震撼させたが、そこにはオバマのようにわかりやすい「空気づくり」はなかった。トランプの勝利はひとえに米国の白人労働層の鬱屈した思いに呼応したからと事後分析されるが、これは言ってみれば特定層の個別の関心に対して空気づくりを行ったようなものだ。
敗北したクリントン陣営は、この「潜在的な空気」を読みきれなかった。それだけではなく、女性層への空気づくりにも失敗した。これまで世の中を引っ張ってきたかに見えた白人エリート層やメディアも、同じように見誤った。そもそも多様性があった米国だが、さらに人々の関心事は多層化しているし、空気が細分化している。
もちろん、そういった特定関心をこえて話題になるような「国民的ニュース」や「国民的ヒット」も依然としてある。重要なことは、社会関心が多層化し、そこには大きな「空気」と、より小規模な「分断された空気」のようなものが同時に存在していることだろう。
いってみればそれは、同じ空気でも「外気(がいき)」と「内気(ないき)」のようなものだ。クルマのエアコンにも外気導入と内気循環がある。どちらの空気を使うかは状況次第だったりする。
まあとにかく、PRやコミュニケーションの観点からは、なんとも難しい世の中になったものである。しかし、これは同時にチャンスでもあると思うのだ。僕が思うチャンスは、大なり小なりの「社会関心」をきめ細かく捕らえることにある。それをうまく活用することで、人を動かし目的達成につなげる。これぞ、本来のPRの醍醐味だ。
必ずしも「大きな空気」をつくる必要はない。ただし、トランプ大統領の例でもわかるように、社会関心の把握や捉え方には工夫が必要な時代になった。この発想とノウハウがあるかどうかが、明暗をわけるだろう。社会関心をどう「料理」するか、そのレシピを知るものに成功は訪れる。
この記事はビデオリサーチインタラクティブのコラムからの転載です。
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