前回、米大統領選におけるソーシャルメディア戦略について書いたが、米ソーシャルメディア・アナリティクス会社によると、2015年、ソーシャルメディアでもっとも話題となった政治テーマは、トランプ次期大統領の女性に関する発言や確定申告の開示拒否と、H・クリントン氏のメールスキャンダルだったという。
別の調査では、公開討論に関して以外で政策に関する発言がツイートで話題にのぼったのは、選挙戦を通じトランプ次期大統領では2回、クリントン氏では皆無だったという。
今回の大統領選では最後まで中傷合戦が繰り広げられたが、政策よりもスキャンダルに注目が集まった背景にはソーシャルメディアの存在があるといえそうだ。
日本でもソーシャルメディアが登場してから炎上事件が多発するようになったが、その拡散力が大きな要因だ。選挙戦でも、まじめな政策討論よりも過激な発言の方が注目を浴び、拡散される。テレビで公開討論会など見ない人でも「トランプがまたこんな発言をした」といったコメントはソーシャルメディアで共有する。
自分は実際にその発言を聞いていなくても、本当にそうした発言がなされたかどうかを検証することもなく、「〇〇と発言した」という人のコメントを拡散するのだ。そして、それが世論として築かれて行く。
考え方が似た人が集まったFacebookの友達の輪では、情報拡散のスピードが速いという実験結果もある。「見たいものだけを見る」環境では、同意しない内容のものは無視するが、自分の信条と一致するものであれば、デマかもしれなくても疑うことなく拡散するのだ。
そして同じような考えの人が集まったグループでは、メンバーの賛同を得ることで、自信を得て意見がどんどん極端になっていくともいう。
世界最大の英語辞典、オックスフォード英語辞典は「今年の単語(Word of the Year)」に、“post-truth”を選んだ。post-truthとは「世論形成において感情や個人的信念への訴えが客観的事実より影響力を持つ状況」という意味の形容詞で、post-truth politicsという形で米大統領選や英EU離脱に関する報道や論評で多用された。
英米のメディアは「教育のない保守派が事実を無視し感情に流されて政治の流れを決める」という意味で使うことが多いが、この言葉が生まれたのは90年代。イラン・コントラ事件や湾岸戦争に関して使用された。「大量破壊兵器を隠し持っている」と9.11とは関係のなかったイラクを米国が攻撃したのもpost-truthの代表格であり、それに議会で一票を投じたのがH・クリントン氏であり、太鼓持ちとして世論を誘導したのが米メディアである。
ソーシャルメディアの登場で「感情や個人的信念への訴え」が、さらにしやすくなり、「見たいものだけを見る」環境で感情が”増殖”されるようになった。
米大統領選の結果に対し「こんな人に庶民の気持ちが分かるのか?なんでヒラリーばかりが悪者になった?」と日本の通信社社員がツイートしたが、感情炸裂のいい例である。ジャーナリストを名乗るのであれば、客観的に「なぜトランプが勝利した」かを分析してはどうだろうか(※注1)。
こうした感情的発言は米メディアや有名ブロガーにも見られるが、本人たちは自らを「客観的事実に基づいて判断する知的層」だと信じており、自分たちがpost-truthの担い手である自覚はまったくない。
Facebookにデマ情報を排除するよう求める声があるが、 受信側も受け身な情報消費者として「見たいものだけを見て」疑うことなく拡散し続ける限り、post-truth状態は変わらないだろう。
(※注1)ヒラリーは過去・現在の公職にあやかって金融機関などに講演する度に20万ドル以上、印税だけで年に500万ドル稼ぎ、クリントン夫妻の正味資産は1億ドル以上あること、夫妻が20年以上前からスキャンダルまみれだという”事実”を知らないのか、「見たいものだけを見ている」のか。
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