三越伊勢丹HDが実践するIT×マーケティング戦略--顧客の期待を超えて価値創造

別井貴志 (編集部)2016年12月15日 15時40分
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 百貨店は長い歴史で築かれたブランド力や顧客との関係に加え、メーカーや職人、デザイナーとのネットワークといったアナログ価値が存在し、こうした既存のブランドや接客能力、専門性、リアル店舗といったメリットをいかしつつ、IT活用によってデジタルの接点からこうした価値をさらに深める取り組みを積極化している。

 その中でもIT×マーケティングで、顧客の価値向上を経営事とし、さまざまな取り組みを実践しているのが三越伊勢丹ホールディングスだ。常務執行役員 情報戦略本部長の中村守孝氏にIT活用とマーケティングについての考え方などを聞いた。

――マーケティングをどのように捉えていますか。

中村氏:もちろん、様々な捉え方はありますが、マーケティングについてかねてから感じている課題は、デモグラフィックなデータ、誰が何を購入した、といった単純な購買データを調べること自体がマーケティングであるかのような向きがまだまだ多いことです。今はデータを眺めているだけでは何もできません。すべてにおいてターゲットと仮説、そしてデータ同士の縦横な掛け合わせが重要となります。

中村守孝氏 三越伊勢丹ホールディングスの常務執行役員 情報戦略本部長である中村守孝氏

 百貨店では、お客様のインサイトに迫るという意味において、店頭での接点が重視されます。そこで、1つは接客の中で獲得した三越伊勢丹グループの「エムアイカード」情報が大きな役割を果たします。顧客情報と購入商品を紐付けて、新しいお買い場づくり、店作りに対しての仮説の立案、検証をやってきました。この点は、百貨店業界の中では多少の優位性があったと思います。今後は別としても、カード戦略はかたくななまでに自前でやってきましたし、顧客商品情報分析システムという、お客様が単品でいつ、どこで、何をどう買ったかのデータを取り、分析できる仕組みを早くから構築していたので、これはいまでも大きな武器として稼働しています。また最近は、将来コラボレーションの可能性がある他企業との情報連携も積極的に進めています。

 私が担当する情報戦略本部は2016年4月にできたばかりです。これまでカード戦略、営業政策、経営企画、人事等の領域を担当してきましたが、今回は私にとっても新たなチャレンジになります。この本部には大きくIT戦略とグループマーケティングの2ラインがあります。何よりも日々とにかく変化が激しい時代に対応するために、ITの活用を前提として、もう一度改めて、「マーケティングとは何なのか」を問い直し、それを企業の風土の隅々まで行き渡らせることが自分のミッションだと思っています。

 マーケティングを実践するためには、常にお客様のインサイトについて自分たちが仮説を持たなければなりません。インサイトの発見は様々な意味で最重要です。お客様の心に刺さるポイントは何なのか、世の中がどう動いているのか、三越伊勢丹のブランド価値は何なのかということを常に考えつつ、まずは自分たちで、ある程度右脳的に仮説を立てていかなければならないと思います。

――マーケティングの目的は?

中村氏:企業としてのメッセージを打ち出して、ブランド価値をお伝えし、それに対してお客様が反応してくださって、さらにブランドが認知され、お客様の行動にプラスの影響を与えていくことがベースです。さらに掘り下げて言うなら、インサイトの仮説ができたら、それに対して店頭接客、EC、オウンド、ペイド、アーンドメディアなどいろいろなタッチポイントで、何をどういう手段で伝えるかに知恵を絞り、それが確実にお客様に伝わったことをインタラクティブなコミュニケーションの中で確認する。そして結果的にお客様の行動が変わることだと考えます。そして三越伊勢丹の存在価値を感じていただき、やはり三越伊勢丹ブランドは私のことを裏切らない、という循環を作ることがマーケティングの目的になるでしょう。離反顧客数をなるべく減らすことが大前提ですが、新規顧客数が離反顧客数を常に上回ることが重要なKPIになると思います。

 デジタルマーケティングの世界では、マスメディアの効果が薄くなってきているでしょう。今後の考え方としては、いかにわれわれが狙うターゲットをグループ化、セグメント化していき、顧客グループのそれぞれと適切なコミュニケーションをとる、それが購買につながったかどうかの定量的な分析を行う、新たな課題が見つかればそれを解決する具体策を実行する、ということをたゆまず繰り返していくことではないでしょうか。そのお客様の心理に迫りながら、店頭ではこう、WEBではこう、SNSではこう、イベント事ならこう、という具合にカスタマーエクスペリエンスを最適化していくことです。

――三越伊勢丹のブランド価値とは?

中村氏:百貨店のブランド価値が下がったという見方をする人もいると思います。その意味は「ビジネスモデルが疲弊している」というケースが多いです。だからこそ、およそ100年単位の長い時間にわたって存在させていただいて、世の中のお客様の生活に何らかのお役に立ってきたという歴史的な重みがあることを再認識するべきだと思っています。長く続いてきたことはやはり1つの大きな価値で、さまざまな時代の変化はあったとしても、その時どきのお客様に何らかの価値を提供してきたという、本来あるべき存在意義が薄れかかっているということです。

 では、三越、伊勢丹がいかなるブランド価値を持っているかというと、「伝統」や「信頼」といったことはあるにせよ、やはり百貨店が持つ、お客様のライフスタイルに寄り添うというDNAを活かして、これからも新たなライフスタイル価値を提供してくれると感じ続けていただけることだと思います。ブランド価値とは、そのブランドに対してお客様が何かを期待して下さるということですから、われわれはその期待にコミットし約束を果たさなければなりません。 伊勢丹で言えば「ファッション」といった言葉で端的に強みを表現できますが、会社、グループとしてはファッションだけではありません。お客様の生活に密着してきた、そういう業態として本質的に持っている強みを活かしながら新しい時代においてお客様にとって価値のあるコト、モノ、環境、利便性を創造するということです。

――百貨店に実際に足を運んでもらうには、どういう価値を提供するべきでしょう。

中村氏:百貨店はやはり、いまだに「百貨」なんです。絞り込まれたと言われていても、「Everything for Everyone」なのです。しかし、いまや小売業界の総売上高が130兆円あるうちの6兆円しかない業態です。ECが14兆、コンビニエンスストアが10兆になっている中で、です。つまり、言い方を代えると実は極めてニッチな存在なのです。そういうポジショニングにおいて何をするべきか。どう変わるべきか。われわれ自体が非常にセグメントされた業態になったとすれば、どういうお客様にお越しいただきたいか、を改めて設定することだと思います。通常、自宅からの徒歩5分以内に百貨店はありません。実際に接客をさせていただき、お買い物をリアルで楽しんでいただくためには、わざわざご来店いただかなければならないのです。そのためにわれわれがすべきことは何かを徹底的に突き詰めなければならないと思います。

 そうすると、「Everything for Everyone」という考え方は総花的と言えるでしょう。どなたに対しても何でもご提供しますというのはもはや無理なのです。そのため、たとえば新宿、日本橋、銀座の基幹店は、ある程度ターゲットを絞り込んで、それぞれの店に明確な個性を持たせなければなりません。このお店はこういうお客様に来ていただきたいんですと。いままでのポジショニングの考え方とは違うのです。

 生活全般において豊かさを提供していけるような、ターゲット顧客の期待を超えるコンテンツ、サービスを提供していくことだと思います。ここ10数年の例でみれば、少々古い話とは言え、かつて伊勢丹メンズ館で取り組んだようなチャレンジを突き詰めなければダメだと思います。当時のメンズ市場自体が縮小傾向にある中で、旧男の新館の売上は女性の代理購買が7割、男性が3割でした。これではだめだと。自らおしゃれがわかる、ファッションに興味のある、自分でモノを選べるような感性とこだわりのある男性を、ターゲットに再設定したのです。そのため失ったお客様もいたと思いますが、こうした改革で実際にお客様の行動変化と企業としての収益を生み出すことが一番重要なのです。

 お客様のインサイトを見つめて施策を打っていくときには、実際に店頭で接するスタイリスト(販売員)をはじめとした従業員側にマーケティングマインドが必要です。お客様の心を読むというのはどういうことか、お客様の行動変化を促すにはどうすればよいか、どういうテストトライをすればよいか、そういった感覚の鋭敏化や、それを支えるデジタルツールを、風土化、具備化することが重要です。また新宿本店や最近オープンしたマレーシアの「ISETAN The Japan Store」のように、アート、カルチャー、デジタルなど、様々な切り口で常にお客様の心に響く情報、プロモーション、環境の提供を行うことがカスタマーエクスペリエンスを充実させる意味で今後さらに重要になっていくと思います。

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