--こうした結果を受けて、三越伊勢丹側の満足度はいかがだったでしょうか。
岡田氏:これまでの経験を基にした仮説が正しいか否かという検証が実現したという点と、その仮説に正しいものもあれば誤りのものもあったということが解ったという点が大きいのではないかと思います。加えて、仮説の誤りをどのように改善すればいいのかという点で店舗スタッフの間に積極的なディスカッションが生まれ、多くのアイデアが挙がりました。スタッフのモチベーションが高まったことに三越伊勢丹さんは大変満足されたようです。
また、店舗のグランドデザインを担当している方にお話を伺ったところ、デザインした意図や仮説のうち7割程度が正しく、3割くらいは改善の必要があるという結果のバランスに納得感を得てくださったようで、改善の必要がある部分についてデータを活用しながら継続的に試行錯誤していきたいとおっしゃっています。
--費用はどのような構成になっているのでしょうか。また今後はコンサルティングなどのサービスも提供するのでしょうか。
岡田氏:必要な費用は初期費用としてカメラなどの機材の導入費用と、月額のシステム利用料になります。コンサルティングについてはケースバイケースで対応していくのではないかと感じていて、現在は最低限のシステム利用料で解析データを提供し、企業の店舗開発チームで活用していただくケースと、データ解析から店舗のオペレーション改善までをトータルで任せていただくケースと2つのパターンで企業を支援させていただいてます。また、私たちのデータをERPやCRMと接続したり、リアルとネットで異なるCRMを統合して私たちのデータと連携させたりといったオムニチャネルの最適化についても支援していきたいと考えています。
--ABEJAを起業された経緯を教えてください。
岡田氏:もともと私自身、起業マインドは高いほうだったのですが、私がかつてシリコンバレーで働いていたというのが大きな背景にあります。そこで、GoogleやApple、Facebookといった企業でエンジニアリングやリサーチを担当しているメンバーと交流し、彼らの「イノベーションで世界を変えたい」という強い野心をもって行動している姿に心打たれたのです。彼らは新しいテクノロジをどんどん形にして世の中に送り出しているのですが、一方でそれを実現できている日本の企業はないということも感じました。そこで、「誰もやらないなら自分がやってやる」という気持ちが起業するきっかけになったのです。
米国ではスタンフォード大学をはじめとする名だたる大学の研究室が企業と強く連携して、これまでにない最先端の研究をどんどんプロダクトに落とし込んでいます。特に、私がシリコンバレーにいた2012年当時は「機械学習」がとても盛んなテーマで、いよいよGoogleやFacebookが本格的に取り組み始めようという段階で、これがこれからの大きなトレンドになるというのは強く感じていました。機械学習の研究においては、日本の研究室も世界で勝負できる強さを持っており、自分自身もこの領域でやってみたいという強い思いがあり、起業したわけです。
ただ、起業した段階からインストアマーケティングに着目していたわけではなく、画像解析やディープラーニングといったテクノロジありきでその事業性を検証した結果、米国で注目され始めていたインストアマーケティングに市場性を見出し、インストアマーケティングソリューションの事業化を決めました。
--最初は資金面で苦労もあったのではないでしょうか。
岡田氏:起業したときはそれこそボードメンバーでお金を出し合って資本金を捻出しました。しかしその後メンバーが集まり、技術研究が進み、それに注目してくださった企業が出資をしてくださるという形で「ヒト・モノ・カネ」が揃うようになりました。出資を受けるようになったのは創業1年後くらいからでしたが、当時は優れた技術はあるが売上がまだほとんどないという状況だったので、当時の状況とこれからの事業計画を説明するのはとても難しかったですね。ただ、その熱意と「世界を変えそうな技術である」というポテンシャルを評価してくださったのが本当に嬉しかったです。
その後、NTTドコモベンチャーズからは2014年1月に出資を受けて、事業展開のサポートやメンタリングを定期的に受けています。基礎研究の一部分野でも連携していて、ドコモから基礎技術の共有やアセット提供なども受けています。
--大学との共同研究も大きな強みだと思いますが、具体的にどのような研究をしているのでしょうか。
岡田氏:週に1回程度、定期的に大学の研究室で共同研究し、先生方の研究したディープラーニングや画像解析に関する数学的な理論をどのようにプログラムに実装していくかをディスカッションしたり、次世代のデータベースの構想について先生方が持っている数学理論をプロダクトにしていく上での試行錯誤を共同で進めたりしています。世界の最先端のテクノロジを吸収しながら、米国シリコンバレーやイスラエルに負けない技術的な強みを持っていると考えています。
--顔認証や画像認識の分野ではMicrosoftやGoogleなども技術を公開していますが、何が違うのでしょうか。
岡田氏:彼らの技術は正面からの静止画像に対する解析を圧倒的なデータ量を背景に行っていますが、私たちの技術はリアルな状況における顔認証技術を追求しているという点で異なるものだと感じています。リアルな環境における顔認証では、光環境の変化や加齢による顔の変化、顔の角度といった不確かな要素をどのように補正するかという面で難しさがあり、顔認証の精度だけでなくその精度を阻害するさまざまな要因をどのようにディープラーニングによって解決するかが大きなポイントなのです。
--ディープラーニングのような先進的な仕組みだと、企業に説明しても最初は理解してもらうのに苦労するのではないでしょうか。
岡田氏:確かに、機械学習やディープラーニングの考え方を理解してもらうのは非常に難しいですね。その中であっても、先進的な取り組みに挑戦したいという企業がいくつか手を挙げてくださり、その結果として成功事例を積み重ねられました。特に今回の導入は、百貨店というリアルで力を入れている企業が先端テクノロジを活用して大きな成果を挙げたという事例となり、市場に大きな盛り上がりが生まれるのではないかと期待しています。
--ディープラーニングの技術は他の分野にも応用していくのでしょうか。今後の事業展開について教えてください。
岡田氏:私たちの技術は小売店・サービス店舗の領域では大手の大規模小売店からフランチャイズ店、小規模小売店まで活用できるものなので、企業の規模を問わずに導入を拡大していきたいと考えています。また、このディープラーニング技術は小売店・サービス店舗だけでなく業種・業態を問わず幅広い分野に活用できると思っています。また、マーケティング分野以外の領域でも応用できるので、このテクノロジを活用できるビジネスチャンスや社会にインパクトを与える領域があればどんどん拡げていきたいと考えています。
--最後に、将来の目標についてお聞かせください。
岡田氏:現在はあまり業績にはこだわっておらず、赤字を出してでも技術開発を進めて導入事例の蓄積と可能性のある市場を開拓していきたいと考えていますが、最終的には株式の公開(IPO)を目指していきます。また、海外展開は既に視野に入れていて、シンガポールとサンフランシスコでの展開について具体的なアクションプランを練っているところです。
私たちのビジネスには、継続的に研究開発をしながらその成果を社会に還元していくという思いが根本にあります。そのためには、企業としての独立性を担保しながら時代のニーズに即した技術を開発して、プロダクトとして形にしていくという事業を継続していきたいと考えています。
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