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電子書籍ビジネスの真相

Kindle価格の謎を解く--ジョブズの伝記はなぜ値上がりし、また値下がりしたのか  - (page 2)

林 智彦(朝日新聞社デジタル本部)2012年10月30日 13時32分
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Kindle価格を論じるための条件(1) 価格決定権

 電子書籍の価格についての語り方の条件の第一は「価格決定権は誰にあるのか」である。紙の書籍の価格については、日本、ドイツ、フランスなどが「再販売価格維持制度(再販制度)」を採り、出版社が商品の最終価格(小売価格)を決めていいことになっている(著作物再販適用除外)。その他のほとんどの国では、そのような制度はなく、書籍の価格は、書店が自由に決めることになっている(非再販)。

 2007年、米国で電子書籍サービスを開始した当初、Amazonは電子書籍も紙の書籍と同様、非再販の契約(取次=ホールセール契約と呼ばれる)で出版社から本を仕入れた。価格決定権はAmazonにあり、Amazonは新刊書を大幅値引きして販売した。「ニューヨーク・タイムズベストセラーが9.99ドルで買える」という施策が、消費者に対する大きなセールスポイントになった。AppleのiTunes Storeが「一曲0.99ドル」という分かりやすい価格設定で成功したことにならった。

 電子書籍の販売額が急拡大するにつれ、大手出版社は、紙本の売上への影響を深刻に受け止めるようになった。そこに救いの手を差し伸べたのが、Appleのスティーブ・ジョブズである。2009年、翌年のiPad発売を控えたジョブズは、Appleの電子書籍ストア「iBookstore」向けの電子書籍の提供を受けるために、大手出版社6社(ランダムハウス、アシェット、サイモン&シュスター、ハーパーコリンズ、マクミラン、ペンギン。「ビッグ6」と呼称される)に価格決定権を渡す形の契約を提案した。小売価格を出版社が決め、売上の3割をコミッション(手数料)としてAppleが受け取る、という条件である(実際には紙の本の価格から、Appleが決めた価格帯で自動的に小売価格が決められる仕組みではあるが)。

 Appleが「合気道ムーブ」と呼んだこの提案には、最終的にランダムハウスを除く5社が応じた(ランダムハウスは約1年後に契約)。先の「ホールセール契約」に対し、「委託販売=エージェンシー契約」と呼ばれるこの契約には、「他のストアでの価格がiBookstoreを下回らない」(最恵国待遇条項 Most Favored Nation=MFN Clause)が含まれており、 その結果、契約を締結した大手5社(エージェンシー5)の電子書籍は、Kindle ストアを含む他の電子書籍ストアとも、エージェンシー契約を結ぶことになった(そうしないとAppleとの契約違反になってしまう)。エージェンシー5の電子書籍の価格は、他のストアでもiBookstoreの水準に合わせて、値上げされた。

 しかし、2011年末になって、先にEU、ついで米国の司法省が、独禁法違反の疑いでAppleと5社を調査開始、並行してテキサス州、コネチカット州など全米の多数の州の調査も始まった。12年4月には米司法省がAppleと5社を提訴、マクミランとペンギン以外は裁判所の提示した和解案に応じた。この和解案により、アシェット、サイモン&シュスター、ハーパーコリンズはAppleとの契約を結び直すこととなった。

 他方、欧州ではAppleと5社は欧州委員会に対して和解案を提示、エージェンシー契約を破棄し、新たな契約を結ぶことを約束した。これらとは別に、全米49の州・地域による訴訟があり、和解に応じた先の3社は、総額6900万ドルを消費者に返金することに合意した。これとは別に、消費者による集団訴訟も進行中だ。

 米司法省対Apple+和解に応じなかった出版2社の本裁判は2013年6月に予定されており、今後どうなるか行方が注目される。ポイントは2つある。これらのいずれの裁判も、エージェンシー契約自体を否定したのではなく、実質的に同一の契約を結ぶためにAppleと出版社5社が共謀した、ということについてのものだということ、そしてもう1つは、海外への配信については触れられていない、ということである。

海外配信には触れられず

 この2点が日本の電子書籍市場において持つ意味は大きい。

 第一に、日本の電子書籍の価格決定のあり方に対するインパクトが挙げられる。日本の公正取引委員会は、電子書籍は再販制度の対象にならないとの見解を明らかにしている。しかし、Amazonをはじめとした米国の電子書籍ストアでは、ホールセール契約もエージェンシー契約も併用されている。実際、25日にオープンした日本のKindle ストアでも、講談社、小学館、集英社、文藝春秋の大手4社のKindle本の価格には「出版社により設定された価格です。」の一言が付されており、業界関係者の間では、「エージェンシー契約を結んだのでは」という推測がされている。

 第二のインパクトは、「海外の消費者は、高い洋書電子書籍を買わされる恐れがある」ということだ。エージェンシー契約自体が不法ではなく、海外の消費者には米国内で裁判を起こすことが容易ではないことを考えると、こちらも、第一点に負けず劣らず重要だ。

 紙の本であれば、安い書店、取次から仕入れたりすることもできるが、電子書籍で出版社による価格指定が行き渡れば、それは不可能になる。今後学術書や専門書を中心に、紙の本が電子本に置き換えられれば、そうした本を海外から購入する場合の費用は、高くなる恐れがある。そうした分厚く、高い本ほど電子化による恩恵が大きいと考えられるのに、その恩恵が相殺される結果につながりかねないのだ。

 話が多少それたが「電子書籍の価格が高い・低い」を論じる前提として、「その価格は誰が決めたのか」についての考察が必要だろう。表1を見ると、前述の訴訟和解にも関わらず、米国Kindle ストアの「スティーブ・ジョブズ」の価格は、出版社であるサイモン&シュスターが決めていることがわかる(日本の大手出版社のケースと同様に、This price is set by the publisher.という表記がされている)。従って、価格の上げ下げがサイモン&シュスターによってなされたのか、あるいはAmazonによってなされたのかを確かめない限り、正確な論評はできないことになる。出版社の決定による価格についてストアであるAmazonを非難したり、あるいはその逆をしたりすることは建設的な議論には結びつかない。

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