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解説:経営者が「いつも同じことを言う」ことの意味

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 企業の経営者にとって、いつも同じことを繰り返し語るのは、かなり勇気がいることのようだ。

 特に年度初めに行う方針説明で、前年と同じことを繰り返すと新鮮味が薄れ、社内から「また同じことを言っている」と言われかねない。そればかりか、対外的な発言でも、新たな方針を期待するマスコミ関係者から落胆の声があがり、それが悪い形で記事になる可能性もある。ある経営企画部門の担当者は、「経営トップは、新たなメッセージを投げ続けることに腐心しているのが実態」と語る。変化の激しい時代において、その中核に身を置くIT関連企業、デジタル家電関連企業ならば、なおさらそうしたプレッシャーが強いはずだ。

 だが、それにも関わらず、毎年、同じ方針を掲げる企業がいくつかある。

 日本IBMで社長を務める橋本孝之氏は、社長就任前に、「同じことを繰り返し語るには、自分の言っていることに自信がないと無理。経営者には、同じことでも繰り返し語っていく勇気が必要だ」と話していたのを思い出す。

 大塚商会社長の大塚裕司氏も同じスタンスをとる。

 大塚氏が社長に就任以来、毎年掲げるテーマは、一見、間違い探しができるのではないかと思えるほどに変化がない。例えば、同社による2011年の年頭スローガンは、「お客さまの信頼に応え、ITでオフィスを元気にする」。それに対して2010年のスローガンは「ITでお客さまの信頼に応え、オフィスを元気にする」であった。さらに2009年にさかのぼってみても「ITでオフィスを元気にし、お客さまの信頼に応える」である。

 大塚氏は、「顧客目線で経営をするという姿勢は、これからも変化がない。そこに大塚商会の強みがある」とし、「それに基づく年頭スローガンは、変化がなくて当たり前」と言い切る。

 パナソニック会長の中村邦夫氏は、社長時代の2003年度に、「一人ひとりが創業者」という言葉を掲げ、その後もサブスローガンとしてこの言葉をふたたび使った経緯がある。

 「一人ひとりが創業者」という言葉には、松下幸之助氏自身が語った「衆知による経営」という意味が盛り込まれている。かつて幸之助氏は、「この会社は松下幸之助個人の経営でもなければ、誰の経営でもない。全員が集まって経営するということよりほかにない。みんなの知恵で経営するのだ。だから、みんな一人ひとりが、自ら発意する経営者だ」と語っていた。この言葉を言い換えたのが「一人ひとりが創業者」という意味だった。

 当時は、「中村改革」と呼ばれた「破壊と創造」のまっただ中。筆者が、この言葉をスローガンに使った理由を中村氏に質問すると、「創業するという言葉は、後がないという状況と同じ。その意識を持って取り組んでほしいという意味を込めた」と語っていた。

 また、後任の社長である大坪文雄氏も、社長就任1年目の2007年度から3年間に渡って、「打って出る」という言葉をスローガンに使い続けた。

 当時、大坪社長に3年連続で同じ言葉をスローガンに使った理由を聞いたことがある。それに対して大坪社長は、「初年度に、グローバルエクセレンスと呼ばれるような会社になるための挑戦権を獲得するという方針を掲げた。それには『打って出る』という言葉が最適だった。ただ、これは1年だけで簡単にできるものではない。もっと打って出なくてはならない。2年目には松下電器産業からパナソニックへの社名変更、3年目には大変な難局に直面し、こういう時こそ、大きな成長を遂げるために経営の足腰を鍛える好機と捉え、グループ社員全員がこの想いを共有して、結束し挑んでいくことが必要と判断した。そこで継続して、『打って出る』という言葉を使った」とする。

 こうしてみると、経営者が勇気を持って同じ言葉で繰り返し語ることは、自らの経営への思いを社員に浸透させることにつながるようだ。先の震災を受け、日本の経済環境はこの先、これまで以上に大きく変わっていくことになる。当然、経営の舵取りも変化するだろう。しかし、経営への強い思いと信念を持つ経営者が、その思いを伝えるために語る言葉は、変わらないはずだ。

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