絵文字が開いてしまった「パンドラの箱」第5回--絵文字と日本マンガの親密な関係 - (page 5)

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日本のマンガとピクトグラムとの違い

 では、そうした汎用的なピクトグラム風の絵柄に問題はないのでしょうか? そこで取り上げるのは、最も絵文字らしい絵文字と言える顔文字のレパートリです。顔文字とは表情で感情をあらわしたものですが、その表現方法の多くはマンガから借りてきたものです。たとえば下の図をご覧ください。

  • 図9 上段『包丁人味平』(出典:集英社ジャンプコミックス、第20巻、1977年、p.105)、下段:ショックをあらわすソフトバンクとKDDIの絵文字(出典:前掲『Emoji Symbols: Background Data』)

 「ガーン」と言えば『巨人の星』(1966〜1971年連載)ですが、手元にないので比較的発表年が近い作品をお見せしましょう。これは『包丁人味平』(原作・牛次郎、マンガ・ビッグ錠、週刊少年ジャンプ1973〜1977年連載)の1コマです。このコマと下段のキャリア原規格との間には、顔の上半分につける陰影、茫然自失を表す焦点の合わない目、そして丸く開いた口の描き方に明らかな共通点を見出すことができるでしょう。キャリア原規格の絵文字は、こうしたマンガ表現を借用してきたわけです。

 ただし、こういう表現は子供の頃からマンガに馴染んできたきた人には違和感がなくても、そうでない人には「なに、これ?」かもしれませんね。つまり、この表現には受け手を選ぶところがあります。一方でピクトグラムはマンガとは正反対の表現方法です。これを規格化したJIS Z 8210『案内用図記号』では、ピクトグラムを「言語から独立して情報を伝える、一つの意味を持つ、視覚的に知覚される図形」と定義しています。

 言語というものは民族や地域で大きく違うのはもちろん、ときには性別や年齢によってさえも変化します。ピクトグラムはそうした言語に依存しない、つまり特定の文化によらないで、世界中のどんな人が見ても分かることを目指すものなのです(このあたり、家辺勝文さんの『勉誠通信』第4号、pp.8-10「emojiとインターネット(PDF)」が参考になります)。

 顔文字でもアイルランド・ドイツ提案はデザインを大きく変更しています。どのように変更したのか分かるよう、おもな顔文字についてキャリア原規格、Google提案、アイルランド・ドイツ提案を並べた図を作ってみました。

  • (*1)図10 アイルランド・ドイツ提案で文字の形を変更されたもの(顔文字編)。左からキャリア原規格、Google提案、アイルランド・ドイツ提案の比較(一部)(出典:図7と同)

 よく見ると、おや? おかしなことになってますよ。これについて鋭い指摘をしたのが直井靖さんのブログにおける「ケータイ絵文字の涙と汗」というエントリです。

 図10赤枠内の絵文字にご注目ください。これら3つが流している水滴は、一見するとすべて「涙」のようですが、じつは左側のキャリア原規格やGoogle提案を参照すると、もともとは上から順に「涙」「鼻ちょうちん」「汗」として表現されていたものなのです。つまりアイルランド・ドイツ提案では、見事にそれらの描き分けを失敗してしまっています。

 アイルランド・ドイツ提案が失敗しているのは、直井さんが挙げた3文字だけではありません。丹念にキャリア原規格/Google提案と比較していくと、その多くが大きすぎる変更を加えていることが分かります。たとえば図10の1F611は口が大きすぎ、1F612は目のつぶり方が違う、1F619は目の色が違う(*1)等々。マンガを読み馴れた者からすれば、これらは文字の意味が変わったと思えるほどの違いです。明らかにアイルランド・ドイツは意味を取り違えているのです。

 どうして彼等はこのような失敗をしたのでしょう? 先に顔文字は表現方法をマンガから借りてきたと書きました。キャリア原規格/Google提案とアイルランド・ドイツ提案を分けるもの、それは、マンガのリテラシーの有無であるはずです。

日本の小学校6年生ができたことをアイルランド・ドイツ提案は失敗

 これを証明するため、ちょっとした実験をしてみました。被験者は我が家の、勉強しないでマンガばかり読んでいる小学校6年生のアホ娘です(1学期の成績を見て泣きたくなりました)。まず前述アイルランド・ドイツ提案の3文字から水滴を取り去ったものを用意します(図11)。子供にも分かりやすいよう絵文字の説明文も添えましょう。

  • 図11 アイルランド・ドイツ提案の1F617、1F620,1F622から水滴を取り去り、本来の意味を書き添えたもの(出典:前掲N3607(PDF)

 その上で「説明をよく読んで、それを満たすように水滴を一つだけ描き足しなさい。大きさは好きにしていいから」と命じます。普段は親の言うことを少しも聞かないくせに、「わかった」と言った途端、ほんの数秒で描いたのが下図の上段です。

  • 図12 上段:小学校6年生が前図に水滴だけを描き足したもの。中段:絵柄が比較的近いソフトバンクの絵文字(出典:前掲『Emoji Symbols: Background Data』)。下段:アイルランド・ドイツ提案の絵文字(出典:前掲N3607(PDF)

 まあ、「眠っている」だけは元の絵柄と重なって見づらいですが、少なくとも説明文の意味は伝えられていることは確認できます。中段はプロが描いたソフトバンクの絵文字ですが、これを実験では見せていないにも関わらず、期せずして水滴の置き方に共通性が見られることに注意してください。つまり両者は技法が同じなのです。

 その上で下段アイルランド・ドイツ提案を見ると、残念ながら日本の小学校6年生でもできた「意味を伝える」ことができていません。というより、ここでは形や大きさ、傾きに違いがなく、同じ水滴を機械的にコピペしているにすぎません。どうも描き分けの意図自体が理解できていないように感じられます。

 しかし、前に紹介した図8アイルランド・ドイツ提案での動物のピクトグラムを思い出してください。あんなに上手に動物を描けていたのに、ほとんどの日本人ができるであろう(と言ってよいでしょう、小学校6年生にできたのですから)涙、鼻ちょうちん、汗の描き分けに失敗しています。つまりこれは絵を描く技術以前の問題なのですね。おもしろいでしょ?

◎お詫びと訂正(8月13日11:41)

(*1)図10のうち、アイルランド・ドイツ提案1F619の絵文字が間違ったものを掲載していました。これを修正するとともに、本文を以下のように変更します。お詫びして訂正します。

・訂正前
1F619は目と口の形が違う

・訂正後
1F619は目の色が違う

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