初めて絵文字を携帯電話に搭載したのはNTTドコモのiモードです。その生みの親の一人として有名な松永真理が書いた『iモード事件』(角川書店、2000年)はベストセラーになりました。そこにサービス開始直前の開発風景の一つとして、絵文字誕生のエピソードが描かれています。
若手はさまざまな工夫を、どんどん付け加えていく。
次のアイデアは「絵文字」だった。
短いメールのなかで、いかに意味を凝縮させ気持ちを伝えるか。それが絵文字の発想だ。
かつてポケベル端末のなかでよく売れている機種があった。その理由を考えた結果、その端末だけに「ハートマーク」がつく機能があることが分かった。「ハートマーク」一つで売り上げが違ってくるのだ。
「これを取り入れよう」
ハートマークは言うに及ばず、「むかっ」「失恋」「るんるん」「わーい(嬉しい)」「もうやだ」といった、全部で二百ばかりのマークを、若手は次々と考案していった。(『iモード事件』松永真理、角川文庫、2001年、pp.159-160)
今からは想像もむずかしいですが、1999年にiモードが登場した頃、ほとんどの人にとって携帯電話の使い道は通話だけでした。そこにインターネット接続を可能にすることで、まったく新しいビジネスモデルを切り開いたのがiモードです。そしてその開発部隊が松永真理、夏野剛をはじめとする外部から呼ばれた人々と、社内の若手エンジニアでした。
つまり絵文字は、そうした若手エンジニアの「こんなのあったらいいな」という熱気が産んだものだったのです。この引用文から、その熱気は「親方日の丸」のNTTドコモとは正反対の、逆に言えば限りなくユーザーに近い「軽いノリ」をベースにしていたことが読み取れます。そんな絵文字が恣意的な集まりなのも当然の話です。それでもその「軽いノリ」こそが、我々ユーザーを絵文字に引きつけた秘密だったと言えないでしょうか。
ところが舞台が日本ローカルから国際規格に移ると話は変わってきます。アイルランドとドイツが嫌ったのは、この「軽いノリ」の結果としての恣意性でした。彼等はGoogleやAppleのように日本でのビジネス展開を考えているわけではありませんから、ソース分離が必要などとは思いません。こんな組み合わせでは、日本人はともかく我々が使えないじゃないか、という考え方です。
そこで再整理して「トランプカード」を新設しようという発想が生まれます。こうすれば日本人だけでなく、世界中にたくさんいるトランプ・ゲームを理解する人達が、これらの絵文字を使うことができます。つまり、恣意性を排除して汎用性を高めようとしたわけです。アイルランドとドイツがやろうとしたことは、一言でいうと「日本人以外にも使えるようにする=特定の文化への依存性を薄める」ということだったのです。
前述したようにアイルランド・ドイツ提案では文字の形の変更もされていますが、そこでもまったく同じ意図が見て取れます(図7)。たとえば一番分かりやすいのが「地球」です。Google提案では大西洋中心にアメリカ東海岸、南アメリカ、アフリカ、西ヨーロッパだけ入っていたのを、「ヨーロッパ・アフリカ」「アジア・オーストラリア」「南北アメリカ」の3文字に分離しています。つまりこうすることで地球を特定の地域だけに結びつけないようにし、これらの絵文字を世界中の人々が使えるように配慮しているわけです。
図7 アイルランド・ドイツ提案で文字の形を変更されたもの(出典:『Emoji Symbols: Background Data』、前掲N3607(PDF))
それでもよく見るとアイルランドへの偏向(ラグビー)、ヨーロッパへの偏向(郵便局、バス)などが指摘でき、結局はアイルランド・ドイツ提案だって自分達の文化に依存しているのも確かです。しかしそれも全体からすれば一部だと言ってあげてよいでしょう。たとえば図8をみてください。
おそらくデザイン変更によって一番見た目が変わったのは、この動物をあらわす一群です。N3607ではその理由として以下のように述べています。訳文は前と同じ師茂樹さんです。
N3583で示されている代表グリフは総じて「絵のよう」であり、ものによっては過剰に「かわいい」ので、汎用的な標準にはふさわしくない。PIGやBEARという〔一般的な〕名前のついた文字は、日本の携帯電話においては微笑んだ顔だけで表現されているとしても、ISO/IEC 10646では可能な限り汎用的な表現にすべきだと、我々は確信している。日本のアニメ調の絵も一部の環境においては適切であろうが、〔PIGのような〕汎用的な名前がついた文字には特殊すぎるのではないだろうか。
つまり、日本のアニメ調の絵を起源とするGoogle提案は、汎用的であるべきISO/IEC 10646にふさわしくないとしています。そこで採用したのが、ここにあるピクトグラム風の絵柄というわけです。興味深いのは、ここではアジアで広く用いられている十二支に対応可能にするため、一部の文字を追加していることです。
たとえば図8のうち、OX(雄牛)を追加することで「丑年」をあらわすことが可能になり、さらに「WATER BUFFALO」(水牛)と「GOAT」(ヤギ)を追加することでベトナムの十二支にも対応することができるというのです。同様に「CROCODILE」(ワニ)の追加によりペルシャの十二支に対応できます。他に「SNAIL」(カタツムリ)はカザフスタン、「WHALE」(クジラ)はペルシャ、「PIG」(ブタ)は日本を除くアジア、「ELEPHANT」(ゾウ)はタイの十二支に対応可能です。こうして汎用性をさらに高めようとしたわけです。
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