Intelよりも先にこの問題を予期していたAdvanced Micro Devices(AMD)は、Intelの失敗に乗じて「Opteron」プロセッサの販売を増やし、「後追い」の企業から重要なシリコンサプライヤーへ、そしてFortune 500に選ばれる企業にまで変貌した。
また、AMDが台頭してきたことによりIntelは、自社「Itanium」プロセッサへの期待を著しく小さなものにせざるを得なかった。以前は64ビット処理の演算を普及させると思わせたItaniumだが、現在では高性能サーバ市場のわずかなニッチを占めているにすぎない。サーバ顧客は、Itaniumで実行するためにソフトウェアを再開発することに関心が薄く、既存のソフトウェアと互換性のあるAMDのシンプルなアプローチが好まれた。
ところがIntelは、より電力効率の高いアーキテクチャを基盤とする一連の製品、そして、勝利目前で自滅するというAMDの驚くべき能力のおかげで、見事に回復した。Barrett氏の指揮の下で始まった、別の重要な決定も一役買った。
Barrett氏の指示で、Intelはチップセット、グラフィック、Wi-Fiチップ製造の事業により力を注ぐようになった。PCメーカーは製品の製造に必要なすべてのチップをIntelから入手できることを歓迎した。これによってPCメーカーは、さまざまなサードーパーティーコンポーネントを一緒に使用できるかについてのテストと検証に費やすコストも削減できるようになった。この戦略が最もよく表れているのが「Centrino」であり、このブランドは世界中の多くの人にとって「ワイヤレスノートPC」の代名詞となった。
しかし、Intelは事業の多角化のための活動からほとんど得るものがないまま2009年を迎えた。
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