ソニーはフツーの家電メーカーになるのか

 エレクトロニクス事業の復活を目指してソニーが中期経営方針を発表した。その内容はCNETでも報道している通りであり、それは驚くほどのものではなく、むしろ「新しい方向性に欠ける」といった意見が出るほどに手堅いものとして受け取られ、その手堅さゆえに「ソニーらしさに欠ける」という印象を与え、株価は低迷することとなった。しかし、その手堅さとはどれほどのものなのだろうか。

驚きがなければソニーじゃない

 中期経営方針の発表後、証券アナリストからは「テレビ事業への対策が十分に練られていない」といった、現行商品に対するアクションプランの軽さを指摘する一方、その内容を問わずにリストラのポジティブな影響を見越して「買い」とする証券会社もあったという(関連記事)。確かに、リストラをすればそれなりの効果が出るのは当たり前だが、多くの人は「ソニー」という企業に、あるいはそのブランドに、手堅さよりも「驚き」を求める傾向が強いためか、新鮮味にかけるといった不満のほうが全般的には多く現れているようだ。

 実際、方針の発表後には株価が下落している。そこには、「2000億円にもおよぶリストラ」といった他の(特に窮地に陥った)プレーヤーであれば確実に評価に値するであろうものであっても、「ソニーであれば不十分」という手厳しい心理が反映したに違いない。それは、逆に言えば、ソニーという「驚き」を提供し続けた企業に対する期待の大きさから生じているのではないか。

実際には、基本線を維持

 では、本当にソニーはかつての松下のような「V字回復」を目指した抜本的なリストラを実施するのであろうか? 僕にはどうもそうではなさそうな気がしてならない。もちろん、余剰資産の売却や非戦略領域の縮小などは行ってしかるべき策ではあるが、たとえば大型薄型テレビのように目先で売れる商品にのみ注力するといったアナリストが好む近視眼的な業績追求型のリストラとは違った印象を受けるからだ。

 7月末に「ソニーは本当にエレクトロニクス産業の負け組なのか」という文章をこのコーナーに掲げた。そこでは、他社が行うような手堅い策をとるよりも、夢を現実にするというビジョンを示し、それをやりぬくことこそがソニーにとって重要だという意見を述べた。

 それは、基本的にソニーが目指した方向性は必ずしも間違っていないことを前提としている。過去に、出井体制が掲げるビジョンが当初大きな期待を持って迎えられ、当の出井氏に「異常」とまで言わせしめた株価をつけたことがあったことからも明らかだろう。

 実際、今回の中期経営方針では、ソニー失速の原因は解の方向性ではなくカンパニー制とEVA導入による機構面から生じたもの=短期的な成果を独立した組織体が並列して追い求めた結果生じた弊害とし、事業部制の再導入と事業部間での相互連携の重視や、Cellなど成長のキーとなるテクノロジーへ全社レベルでサポートすることなどの手が打たれた。

 そして、ソニーは、金融も、エンターテインメントも、ゲームも、手放さなかった。

 すなわち、旧体制が打ち出した方向性=「ハードとサービス、ソフトの融合による新たな価値の創造」という他家電メーカーには真似のできない基本線は維持し、その実現のための方法論の変更を行うという選択だろう。そう、クオリアやQrioを捨てても、ソニーは出井体制が示したビジョンまでは捨て去ってはいないのだ。

したたかな手堅さを選択したと回顧されるために

 もちろん、「ビジョン」だけでは食べてはいけない。

 売れるテレビを作ることも重要だろう。しかし、いかに手堅い製品を作っていくかという計画を示したところで、いち早くリストラに着手し(正確に言えば、着手せざるを得なかっただけではあるが)、それなりの回復を実現した競合他社に追いつくだけだ。先行しているというプレーヤーを見ればその価値は明確になる。リストラには成功したものの、再度の方針転換を余儀なくされた家電メーカーがいくつあるといえばいいだろうか。

 むしろ、V字回復を狙ったリストラによって本質的な競争への体力を失ったライバルとは異なる土俵に勝負を持ち込むこと。それこそ「ソニーの名声を取り戻すこと」の早道であり、同時にハードとサービス、ソフトの融合による新たな価値という、先進諸国の優れた企業グループであっても成し遂げていない課題に正面から挑むという姿勢を明確にすることこそが「ソニーらしさ」ではないか。

 もちろん、これまでのような柔軟すぎる体制が結果的に生み出した迷路のような組織から、日本人にはむしろ馴染みやすい事業部制を採ることで、具体的な製品開発については注力しやすくなったに違いない。しかし、少なくともエレキについては、明確にライバルからは一歩も二歩も先んじた製品ビジョンを打ち出す強固なリーダーシップ、そしてそれを啓蒙しながら販売していくという優れたマーケティングスキルが伴わなければ、これまで通りの「家電製造業」でしかなく、「ソニーらしさ」はそこには伺えないものとなるだろう。

 「もしも」や「だれか」を思いはかるが故に、事業部門や製品ラインのリストラを断行できず、「総合」という名を捨て切れなかった家電メーカーは多い。しかし、2003年と今回のリストラの発表でその程度の生産効率の実現は達成しつつあるソニーにとっては、次なる成長の扉を開けるような製品やサービスと、それによって変わる世界のビジョンを示すことこそが求められているに違いない。

 ただ、それは多分にユーザーコンシャスではあっても、顕在的なユーザーニーズから生まれてくるものではないという気がするのだが。

 今回の発表がその布石となり、後にアナリストを失望させない程度に手の内をうまく隠した手堅い計画発表であったと評されることを期待したい。

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