6月に米国で開催されたWIREDのビジネス・セミナー「Disruptive by Design」でのアンダーソン氏の基調講演は、7月に刊行される自署『FREE』へのイントロ的な内容だけではなく、その応用編的な議論もなされていた。
具体的には、世界で最も成功しているリアル/ネットの新聞として知られるWall Street Journalの副編集主幹を務めるアラン・マレー氏によるネット上での情報メディアのビジネスモデルの5項目の必勝法が紹介されている。
うーむ。含蓄があるものの、その実践が可能なプレーヤーはWSJのようにきわめて多くの人々に認知されているメディアならではのものとも言えなくもなく、この必勝法に習った実践ができるのは、日本のネットメディアではいくつあるだろうか。朝日新聞グループとなるCNETは? いっそテレビ朝日までも連携したマルチ・モダリティ・ネット・サービスとなれば話は違うのかもしれない。
いずれにしても、前回のエントリでも少し触れたが、単なる速報(news)だけのメディアであれば、上記の条件をカバーできるものは少ないだろう。毎回、他紙を出し抜く特ダネばかりを集められる記者を擁するDaily Planetでない限りは不可能なことこの上ないだろう。長期的かつ綿密な取材に裏打ちされた分析記事(feature)をしっかりと作り込めるWSJのようなメディアは、リアル/ネットを問わず考えてみると日本にはいくつあると言えるのだろう……。
加えて、更に含蓄があるのが、アンダーソンの法則とも言える下記の5条だろう。(森の命名でしかありません)すなわち、「ユーザーが「心理的に自由(フリー)」になるためにカネを払う条件」である。
これらは、人間のモチベーションの構成要素として社会心理などで知られる「報酬(金銭・社会認知・自己実現)×実現時期(短期・長期)×上下動(可能性の増加・リスクの削減)」という方程式の具体化であり、その最も分かりやすい組み合わせであるのは明らかだろう。このことからもわかるように、FREEというのは、単に従来型の経済学では説明ができるものではなく、行動経済や心理経済学のように理不尽であっても人間の精神論理上の合理性を有することが優先されることがよくわかる。
冒頭で指摘したリアル社会におけるコンテンツ価値のゼロ化傾向=希釈化の進行がなぜ起こるかも、このアンダーソンの法則で説明ができる。コンテンツに関わるビジネスに身を置いていても、直接にクリエーターに接する機会がないビジネスマンであれば、コンテンツ価値の希釈化は深刻な問題ではない。彼らにとっては、コンテンツの価値とは常に多様(多価)であるという発想があり、それはコンテンツやメディアなどの業界の内部論理に縛られない自由な(しかし、近視眼的な)発想だからだ。
FREEの世界の底は深い。だが、同時に、その底なしの深みを覗き込む勇気をもったものには、表面上の悲劇を回避するための知恵=フリービジネスモデルが授けられるに違いない。そこで、次回もゼロ化とFREEという切り口から、僕らが生きるリアル+ネットの世界という、政局がどう動こうとも回避しがたい運命について議論をしていこうと思う。
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